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将来の約束──09

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 げほっげほっと咽ながら呆然と母親を見上げる。

「は…………」
「あの子ねえ、いつかあなたのこと手に入れるんだって言ってたの。どんな手を使ってでもって」
「どんな手、を……………」

 落ち着けアイツは6歳だ、6歳の子どもの言葉だと心の中で言い聞かせる。
 そりゃあ確かに、「春にいはおれのものだ」と頻繁に言われてはいたが。それにしたって。

「帰る時も、貴方のいないところでこうも言われたのよ? 春にコイビトができそうになったら教えてねって。躾直しに行くからって」

 アイツは6歳──って、躾直しって6歳児が使う言葉か。躾という言葉を先に言ったのは春人だが。
 琉笑夢が帰った日、やはり寂しくもあったがこれでやっと一人の時間が持てるとすっきりした気持ちで部屋へと戻り、戦慄した。
 琉笑夢に破かれないようにと隠してあったポスター類は全てびりびりにされ、雑誌も破かれていた。また同じく一カ所に集めて隠していたお気に入りのCDも丁寧にゴミ箱に突っ込まれていた。力任せに投げ捨てられたのだろう、何枚か割れていた。
 強盗でも押し入ったかのような惨状に、最後の最後でやられた……と半ば諦めのため息を零したのも記憶に新しい。

 しかも今母親は、自分に恋人が「できそうになったら」と言った。恋人ができたらではなくできそうになったら躾け直しに来るのだと。
 つまり、琉笑夢は春人に恋人ができないように春人を長らく躾けるつもりでいるということなのだろうか。いや十中八九、そうなのだろう。

「すごいわよねえ、愛が一途で。あんなに小さいのに」
「いや……でも……あの……」

 隣の県へと旅立っていった琉笑夢。もしかしたら長い休暇には春人に会いにくるのかもしれない。動画通話も頻繁に強行されそうだ。
 まだ人生経験の浅いごく普通の男子中学生である春人には、あの小さな体躯からぶつけられる重すぎる感情を対処し切れる自信がなかった。
 彼の進む道を、真っ当な道へと軌道修正させることは果たしてできるのだろうか。

「それに春、貴方琉笑夢くんと結婚するって約束しちゃったのよね?」
「でも、それはさあ!」
「子どもってね、大人との約束はちゃーんと覚えてるものなのよ? 春だって、小さい頃にお父さんに約束をすっぽかされたこと、いまだに忘れてないでしょう」

 ぐ、と言葉に詰まる。
 仕事で忙しかった父親と遊園地に行く約束をしていたのだが、その日も父親に仕事が入ってしまって父親は春人にひたすら謝りながら仕事場に行ってしまって、パパのウソツキとわんわん泣いたのだ。
 10年以上経った今でも、約束を反故にされたあの日のことはしっかりと覚えている。
 今なら仕方のないことだったと理解できるのだが、春人も幼かったのだ。

 もしも琉笑夢も、あの約束をずっと覚えていたとしたら。

 握りしめた手のひらが汗だくだった。
 春人はようやく気が付いた。琉笑夢のあれは、愛情表現が下手とかいう話ではなかったのかもしれないということに。
 仮に春人に対する歪んだ愛情が家族愛を履き違えたものだとしても、だ。

 やはり琉笑夢は病んでる。確実に病んでる。
 しかもヤンデレ科ヤンデレ属に属する、立派なヤンデレ予備軍だ。

 どうしたらいいだろう。やっぱりSNSで助けを求めるか。
 目立つように以前ちらっと考えたやつを捻って、


「諸事情により近所の金髪碧眼の美少年(6歳)を預かることになった俺だが懐かれた結果、金髪碧眼の美少年(6歳)がヤンデレ予備軍だったことが判明した件について」とかいうタイトルにして。


 いや違うな、ここはもっと詳細に、
「諸事情により近所の金髪碧眼の美少年(6歳)を預かることになった俺だが懐かれた結果、金髪碧眼の美少年(6歳)がヤンデレ科ヤンデレ属に属する立派なヤンデレだったことが判明した件について」
 とかにするべきか……いやダメだ、やっぱり絶対流行る気がしない。


 だらだらと汗を流す春人に。道子はからからと笑って、言った。


「将来が楽しみねぇ、春」
「母さん……それ洒落にならねえって」


 綺麗な母親の笑顔に、春人は天を仰いだ。

 いい天気だ。限りなく澄んだ空は琉笑夢の瞳みたいに、どこまでも青かった。
  


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