6 / 40
将来の約束──06
しおりを挟む
顔の筋肉を動かすことが苦手なのか確かに表情の乏しい子どもではあるが、春人からしてみれば機嫌が悪くなると眉間の皺が増えてむっとするし酷い時には何も喋らなくなるし、こうして暴れて駄々もこねる。
春人のこととなると非常にわかりやすいのだ、いわゆるお兄ちゃん子というやつなのかもしれない。
そういえば春人も幼い頃はお母さんと結婚するとよく言っていたらしい、微塵も覚えていないが。
「春にい、煩いっ」
「いて」
今だってそうだ、またかぷりと噛まれる。
天使のような美少年が可愛く怒っている。こういうところは子どもなんだよなあなんてしみじみとする。
「春にいがやだっていっても、ぜったいぜったいけっこんする」
「ええ……オレの意思は無視かよ」
が、それはちょっとどうかと思う。
「だって春にいは、おれのダーリンだから」
「ダーリンって」
顔をしかめる。
ダーリンというのは死語というやつなのではないだろうかと思いはしたが、琉笑夢の母親が、琉笑夢の父親をダーリンと言っていたらしいことを思い出す。
酔うと元旦那のことをそう呼び、顔が瓜二つらしい琉笑夢に当たり散らしていたらしい。
結婚、ダーリン。そんなの子どものふざけた戯言だと流しておけばいいのだろうが如何せん相手はこの琉笑夢だ。
幼いながらに恐ろしいほどの執着心を見せる子ども。
ほんの少しだけ、背中に薄ら寒いものが走る。
「あのな、春にい」
「……ん?」
「逃げたら、だめだからな」
そっと耳元でささやかれた子ども特有の甘く柔らかな声色には、まっすぐな無邪気ささえも滲んでいた。
恐ろしいことなど何もないはずなのに春人は固まってしまった。
「もし春にいが、おれから逃げたら」
琉笑夢が、ゆっくりと春人の首筋から顔を上げた。
幸か不幸か首から顔が離れる瞬間、噛み付かれた部分にぺろりと舌を這わされたのが見えてしまって、思わず琉笑夢を落としそうになってしまったが、耐える。
どこかに座りたくとも体が硬直し、足裏が床に縫い付けられてしまっていて動けない。冷や汗がぶわりと額に滲み、つうと頬を伝い顎から落ちた。
「……に」
なぜ自分はここまで怯えてしまっているのか、相手はまだ6歳の子どもだぞ。
しかも獰猛で残酷極まりない熊でも百獣の王であるライオンでもなければ、そもそも春人よりも屈強な成人男性でもなんでもない。
愛らしく天使のような顔をしている、華奢で細くて小さくて力が弱い普通の子どもだ。
コイツは人間、春人と同じただの人間、あれ、そういえば人間の定義ってなんだっけ、確か何かの授業で習った気がする。
そうだ、人間はヒト科ヒト属に属しているんだった。
つまりコイツはヒト科ヒト属に属するヒト、ただの人だ。
しかしそんな風に脳内でしっかりしろ自分と言い聞かせれば言い聞かせるほど。
「逃げ、たら?」
どうなるんだ、罰金とか? はは……なんて渇いた笑みを浮かべて3度ほど下がってしまったであろう部屋の温度を上げようとしたのだが、途中で声が途切れてしまった。
ひやりと、首に冷たいものが当たったからだ。
見なくともわかるほど慣れてしまった琉笑夢の手のひらだった。琉笑夢は子どものくせにわりと体温が低めだ。体はいわゆる子ども体温ではあるのだが、手や足といった末端がひんやりとしている。
だから夜は乾燥機やら湯たんぽやらで布団をふかふかと温かくしてから、しがみ付いてくる琉笑夢を冷やさないようにぎゅっと抱き締めて寝てあげていたのだが。
「る……」
琉笑夢を抱えているため、その紅葉のような丸い手から逃れることができない。目を逸らすことはおろか、瞬きすることも忘れた数秒だった。
至近距離にある琉笑夢のくりくりとした瞳がゆっくりと細められる。
そして首に添えられた小さな手のひらに、ほんのわずかな力が加えられて。
きゅっと、絞められた。
──ぞっと、一気に粟立つ肌。ひえっと飛び上がりかけた。
春人のこととなると非常にわかりやすいのだ、いわゆるお兄ちゃん子というやつなのかもしれない。
そういえば春人も幼い頃はお母さんと結婚するとよく言っていたらしい、微塵も覚えていないが。
「春にい、煩いっ」
「いて」
今だってそうだ、またかぷりと噛まれる。
天使のような美少年が可愛く怒っている。こういうところは子どもなんだよなあなんてしみじみとする。
「春にいがやだっていっても、ぜったいぜったいけっこんする」
「ええ……オレの意思は無視かよ」
が、それはちょっとどうかと思う。
「だって春にいは、おれのダーリンだから」
「ダーリンって」
顔をしかめる。
ダーリンというのは死語というやつなのではないだろうかと思いはしたが、琉笑夢の母親が、琉笑夢の父親をダーリンと言っていたらしいことを思い出す。
酔うと元旦那のことをそう呼び、顔が瓜二つらしい琉笑夢に当たり散らしていたらしい。
結婚、ダーリン。そんなの子どものふざけた戯言だと流しておけばいいのだろうが如何せん相手はこの琉笑夢だ。
幼いながらに恐ろしいほどの執着心を見せる子ども。
ほんの少しだけ、背中に薄ら寒いものが走る。
「あのな、春にい」
「……ん?」
「逃げたら、だめだからな」
そっと耳元でささやかれた子ども特有の甘く柔らかな声色には、まっすぐな無邪気ささえも滲んでいた。
恐ろしいことなど何もないはずなのに春人は固まってしまった。
「もし春にいが、おれから逃げたら」
琉笑夢が、ゆっくりと春人の首筋から顔を上げた。
幸か不幸か首から顔が離れる瞬間、噛み付かれた部分にぺろりと舌を這わされたのが見えてしまって、思わず琉笑夢を落としそうになってしまったが、耐える。
どこかに座りたくとも体が硬直し、足裏が床に縫い付けられてしまっていて動けない。冷や汗がぶわりと額に滲み、つうと頬を伝い顎から落ちた。
「……に」
なぜ自分はここまで怯えてしまっているのか、相手はまだ6歳の子どもだぞ。
しかも獰猛で残酷極まりない熊でも百獣の王であるライオンでもなければ、そもそも春人よりも屈強な成人男性でもなんでもない。
愛らしく天使のような顔をしている、華奢で細くて小さくて力が弱い普通の子どもだ。
コイツは人間、春人と同じただの人間、あれ、そういえば人間の定義ってなんだっけ、確か何かの授業で習った気がする。
そうだ、人間はヒト科ヒト属に属しているんだった。
つまりコイツはヒト科ヒト属に属するヒト、ただの人だ。
しかしそんな風に脳内でしっかりしろ自分と言い聞かせれば言い聞かせるほど。
「逃げ、たら?」
どうなるんだ、罰金とか? はは……なんて渇いた笑みを浮かべて3度ほど下がってしまったであろう部屋の温度を上げようとしたのだが、途中で声が途切れてしまった。
ひやりと、首に冷たいものが当たったからだ。
見なくともわかるほど慣れてしまった琉笑夢の手のひらだった。琉笑夢は子どものくせにわりと体温が低めだ。体はいわゆる子ども体温ではあるのだが、手や足といった末端がひんやりとしている。
だから夜は乾燥機やら湯たんぽやらで布団をふかふかと温かくしてから、しがみ付いてくる琉笑夢を冷やさないようにぎゅっと抱き締めて寝てあげていたのだが。
「る……」
琉笑夢を抱えているため、その紅葉のような丸い手から逃れることができない。目を逸らすことはおろか、瞬きすることも忘れた数秒だった。
至近距離にある琉笑夢のくりくりとした瞳がゆっくりと細められる。
そして首に添えられた小さな手のひらに、ほんのわずかな力が加えられて。
きゅっと、絞められた。
──ぞっと、一気に粟立つ肌。ひえっと飛び上がりかけた。
42
お気に入りに追加
1,219
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。


ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談?本気?二人の結末は?
美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる