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墓場まで──36
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「笑うなよ! オレだって結構知ってんだぞ。やばたにえんとかぴえんとかマジ卍とか」
「なんでぴえんだけそこに混じってんだよ……」
「え……ぴえんって古いのか」
「逆。いやぴえんも古いっちゃ古いけど」
ぴえんが古いのならば、やばたにえんやマジ卍はもう古代の言葉に分類されてしまうのではないだろうか。もしかしてあげみざわも?
「マジか」
「マジ、ぴえん以外はタピオカだと思え」
「お、おう」
なるほど、その例え方なら少しはわかりやすい。
流行りはしたけれどもここ数年で下火になってきて、今でも好んでいる人はいるもののSNSでもめっきり姿を見かけなくなりつつある微妙な立ち位置のあれだ。
それでも正直、タピオカも春人の中では新しい飲み物のイメージだった。
若者に分類されるであろう琉笑夢と頻繁に会話をしていてもこれなのだから、もう春人は時代の流れについていけないのかもしれない。
「──んな顔すんな、春はそのままでいいから」
目許をくしゃりと緩めた琉笑夢に、汗で張り付いていた前髪を梳かれた。ついでに足もしっとりと絡められる。
なんだかいつもと立場が逆転している気がする。珍しいこともあるものだ。
あまり寝ていない上に数分前にキレかけたというのに、朝から肩を震わせて笑うほどこんなに上機嫌な琉笑夢を見るのは久しぶりだった。
互いに細部まで溶け合うことができた朝だからだろうか。
いや、それは春人の自惚れか。
「おまえ、テンション高すぎだろ」
「なんか、夢見てる気分で」
「……ゆめ?」
「そ、夢。春がこんなに、光ってるから」
大きな手のひらに、頬をそっと包み込まれる。
さらりと、綺麗な金の絹糸のような髪が窓から差し込んだ日差しに濡れ光って、あまりの眩しさに目が逸らせなくなった。
「あの春にいとセックスして、春にいに好きって言ってもらえて。春にいが今、俺の腕の中にいる。恋人なんだよな。俺のものになったんだよな、ほんとに」
ゆったりと細められた碧眼は、まさに陶酔という言葉が似合いそうだった。
どうやら自惚れなどではなかったらしい。光を集めて揺れる水面のような美しい瞳は春人だけを見つめている。
彼の世界の中心はいつも春人で、春人しかいないのだろう。
春人の方こそ、それはとても夢のようなことに思えた。
「……なんだよ、恋人でいいのか?」
「え?」
「夫婦、なんだろ」
春人なんかよりも、目を瞬かせた琉笑夢の方がよっぽど光り輝いている。
「あ、ちげえか。男同士だから夫婦じゃなくて夫夫? いやでもどっちでもいいか」
「……はる」
「指輪もなんも、用意してねえけどさ」
震えた眦を隠すためか、琉笑夢にぎゅうっと抱きしめられた。今まで以上に強い力で骨がみしみしと軋むが、嬉しさのあまりこんな抱き締め方をしてしまうのが琉笑夢なのであれば。
多少痛いが、嫌なわけでは、ない。
「春、春にい、春……」
「はいはい」
「指輪、買ってやるよ」
「折半な、金たまるまでちょっとまっとけ」
「──監禁せずにすんでよかった」
「だから、怖いっつーの」
「そうだよな夫婦なんだもんな。夫婦なんだから、脚の腱切らなくともどっか行ったりしねえもんな……」
ただ、こういう言動だけはやはり改めさせたほうがいいのかもしれない。
「なあ、ダーリン。俺、いい男だろ。ちょっと時々……暴走する時もあるけど」
時々か? と心の中で突っ込んでしまったが、口に出すなんて野暮なことはしない。適当にうなずいてやる。
「はいはい、そうだなダーリン」
「ついでに料理もできる、お買い得だろ。おまえの胃袋掴むために鍛えたんだからな」
SNSに掲載されていた琉笑夢の手作りの食事風景は、どれも色鮮やかで思わず食欲がそそられそうになる見た目だった。
琉笑夢こと「diDi」が料理系男子であることは広く知られており、頻繁に雑誌でも取り上げられていたことも知っている。
何度か作ってもらったこともあるのだが、かなりの美味しさだった。
春人はなんでも美味しいと感じる人間ではあるが、それでも琉笑夢の作ってくれた料理は絶品だと思った。ただのパスタだったのに不思議だ。
会ったことはないのだが、どうやら琉笑夢の父親が料理を専門とする職業についていたらしい。そういえば海外に住んでいた頃も毎日のように料理の写真が送られて来てたっけ。
そんな春人自身は実は料理が苦手だ。
レシピ通りに作ろうと思っても作れない人種の筆頭である。母親と同じで辛うじて味が整うのは野菜炒めぐらいだった。
前に琉笑夢が、腹減った春にいの手料理食いたい作れ作れと煩かったので仕方がなく作ってやったのだが、一口食べただけで有無を言わさず流し台に捨てられそうになった。
おまえが我儘言ったんだろうが食べ物を粗末に扱うな意地でも食えと叱りつけたのも、今となってはいい思い出である。
「なんでぴえんだけそこに混じってんだよ……」
「え……ぴえんって古いのか」
「逆。いやぴえんも古いっちゃ古いけど」
ぴえんが古いのならば、やばたにえんやマジ卍はもう古代の言葉に分類されてしまうのではないだろうか。もしかしてあげみざわも?
「マジか」
「マジ、ぴえん以外はタピオカだと思え」
「お、おう」
なるほど、その例え方なら少しはわかりやすい。
流行りはしたけれどもここ数年で下火になってきて、今でも好んでいる人はいるもののSNSでもめっきり姿を見かけなくなりつつある微妙な立ち位置のあれだ。
それでも正直、タピオカも春人の中では新しい飲み物のイメージだった。
若者に分類されるであろう琉笑夢と頻繁に会話をしていてもこれなのだから、もう春人は時代の流れについていけないのかもしれない。
「──んな顔すんな、春はそのままでいいから」
目許をくしゃりと緩めた琉笑夢に、汗で張り付いていた前髪を梳かれた。ついでに足もしっとりと絡められる。
なんだかいつもと立場が逆転している気がする。珍しいこともあるものだ。
あまり寝ていない上に数分前にキレかけたというのに、朝から肩を震わせて笑うほどこんなに上機嫌な琉笑夢を見るのは久しぶりだった。
互いに細部まで溶け合うことができた朝だからだろうか。
いや、それは春人の自惚れか。
「おまえ、テンション高すぎだろ」
「なんか、夢見てる気分で」
「……ゆめ?」
「そ、夢。春がこんなに、光ってるから」
大きな手のひらに、頬をそっと包み込まれる。
さらりと、綺麗な金の絹糸のような髪が窓から差し込んだ日差しに濡れ光って、あまりの眩しさに目が逸らせなくなった。
「あの春にいとセックスして、春にいに好きって言ってもらえて。春にいが今、俺の腕の中にいる。恋人なんだよな。俺のものになったんだよな、ほんとに」
ゆったりと細められた碧眼は、まさに陶酔という言葉が似合いそうだった。
どうやら自惚れなどではなかったらしい。光を集めて揺れる水面のような美しい瞳は春人だけを見つめている。
彼の世界の中心はいつも春人で、春人しかいないのだろう。
春人の方こそ、それはとても夢のようなことに思えた。
「……なんだよ、恋人でいいのか?」
「え?」
「夫婦、なんだろ」
春人なんかよりも、目を瞬かせた琉笑夢の方がよっぽど光り輝いている。
「あ、ちげえか。男同士だから夫婦じゃなくて夫夫? いやでもどっちでもいいか」
「……はる」
「指輪もなんも、用意してねえけどさ」
震えた眦を隠すためか、琉笑夢にぎゅうっと抱きしめられた。今まで以上に強い力で骨がみしみしと軋むが、嬉しさのあまりこんな抱き締め方をしてしまうのが琉笑夢なのであれば。
多少痛いが、嫌なわけでは、ない。
「春、春にい、春……」
「はいはい」
「指輪、買ってやるよ」
「折半な、金たまるまでちょっとまっとけ」
「──監禁せずにすんでよかった」
「だから、怖いっつーの」
「そうだよな夫婦なんだもんな。夫婦なんだから、脚の腱切らなくともどっか行ったりしねえもんな……」
ただ、こういう言動だけはやはり改めさせたほうがいいのかもしれない。
「なあ、ダーリン。俺、いい男だろ。ちょっと時々……暴走する時もあるけど」
時々か? と心の中で突っ込んでしまったが、口に出すなんて野暮なことはしない。適当にうなずいてやる。
「はいはい、そうだなダーリン」
「ついでに料理もできる、お買い得だろ。おまえの胃袋掴むために鍛えたんだからな」
SNSに掲載されていた琉笑夢の手作りの食事風景は、どれも色鮮やかで思わず食欲がそそられそうになる見た目だった。
琉笑夢こと「diDi」が料理系男子であることは広く知られており、頻繁に雑誌でも取り上げられていたことも知っている。
何度か作ってもらったこともあるのだが、かなりの美味しさだった。
春人はなんでも美味しいと感じる人間ではあるが、それでも琉笑夢の作ってくれた料理は絶品だと思った。ただのパスタだったのに不思議だ。
会ったことはないのだが、どうやら琉笑夢の父親が料理を専門とする職業についていたらしい。そういえば海外に住んでいた頃も毎日のように料理の写真が送られて来てたっけ。
そんな春人自身は実は料理が苦手だ。
レシピ通りに作ろうと思っても作れない人種の筆頭である。母親と同じで辛うじて味が整うのは野菜炒めぐらいだった。
前に琉笑夢が、腹減った春にいの手料理食いたい作れ作れと煩かったので仕方がなく作ってやったのだが、一口食べただけで有無を言わさず流し台に捨てられそうになった。
おまえが我儘言ったんだろうが食べ物を粗末に扱うな意地でも食えと叱りつけたのも、今となってはいい思い出である。
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