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春日──33
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3月21日の午前0時の明日は、3月22日の午前0時だ。
3月22日、覚えている。
春人の家に、琉笑夢が連れてこられた日だ。
つまり、初めて春人が琉笑夢と、出会った日。
──どっと力が抜ける。
その拍子に液晶画面に触れてしまい、写真フォルダの中に春人の写真や動画が大量に保存されているのも見えてしまったが、そんなのもうどうでもよかった。
ぺたんとシーツに腕を落とし、そのままベッドに体が沈む。
腕の中にいる青年の顔が見られない、鼻の奥がつんとする。
いい大人がこんなことで感極まって泣くだなんて情けないとは思ったが、感情と理性は別物だった。鼻水が出そうになってぐずりと鼻をすする。
いいタイミングで、琉笑夢の腕が緩み拘束もわずかに解けた。
起こさぬようそっと腕をどかして、起き上がる。
散々酷使された体のあちこちが痛んで再びベッドに突っ伏しそうになったが、上体が崩れぬよう腕を伸ばして体を支えつつ、ベッドの淵を右足、左足で跨ぎ床に足の裏をつける。
背筋を伸ばしたことで腹に力が入り、緩んだ後孔からどろりと体液が漏れたが、気にしている暇はない。
軋む体でベッドの下の空間をのぞき込み、収納していたものをずずっと引きずり出す。
長い段ボールの箱の引き出しを開けて、並べられた薄いパッケージの中から一枚を手に取った。
淡く、柔らかな青色が溶けた水の中に、気泡を浮かべながら沈むタイトルの数字と瑞々しい黄金の林檎が一つ。
琉笑夢が描いたらしいこれはシンプルな絵柄だが、相変わらずかなり上手だ。
硬いパッケージをかちんと開くと、表紙と同じく青色のCDが収納されていた。歌詞カードも同じ色なのだが、その形は少々独特だった。
折りたたまれているものを開くと花の形になる。
春と名の付くタイトルからして桜がモチーフになりそうなのだが、これは表面とは異なりぱっと華やぐような濃い青色をしていた。花びらは五枚で、一体なんの花なのだろうとこれもファンの間で話題になっていた。
開いた歌詞カードを確認してみる。「春日」の最初と最後の一節。
『春の光が満ちる明日』
ぶわ、と、顔面に血が溜まる。
そのたった一文で、この曲に込められた想いというものを全て理解してしまった。
黙ったまま歌詞カードを戻し、勢いよくパッケージを閉じ、冷たい面を額に押し付けて、深く深く息を吸いこみ、吐く。
同時に、うあーと唸ってしまった。
きっと今の春人の顔は、耳まで、いや首まで真っ赤だろう。
「いや……マジか、マジかよ、あー……夏にい……」
この場にはいない兄の名を呼ぶ。
どうしよう、彼の言う通りこれは紛れもなくラブレターだった。
いるのか今時。ここまでの想いをこういったものに詰め込んでくれる人間が。
しかも何の臆面もなく、堂々と世に発表してしまえる人間が。
たぶん日付の意味はわからなくとも、春人以外にもこの簡単な繋がりに気が付いたファンも間違いなくいるだろう、だというのに。
「反則だろ、これ。恥ずかしいって……ダメだろ、うぅ」
恥ずかしい、かなり恥ずかしい。春人の勘違いではないであろう事実も、恥ずかしい。
頭を掻き毟りたいくらいだ。体中がむずむずするし、じれったい。
それでいて嬉しくて嬉しくて、とても言葉じゃ言い尽くせないほどの幸福感に満たされているのだから、もうどうしようもなかった。
重ねがさね、あれはもう13年も前の出来事だ。
当時14歳だった春人はともかく、琉笑夢はまだ6歳、それなのにしっかりと覚えていただなんて。
記憶力があるとかないとかそういう問題ではないのだろう。
琉笑夢にとって、その日がいかに大切な日であったのかをこんな形で知ることになろうとは。
3月22日、覚えている。
春人の家に、琉笑夢が連れてこられた日だ。
つまり、初めて春人が琉笑夢と、出会った日。
──どっと力が抜ける。
その拍子に液晶画面に触れてしまい、写真フォルダの中に春人の写真や動画が大量に保存されているのも見えてしまったが、そんなのもうどうでもよかった。
ぺたんとシーツに腕を落とし、そのままベッドに体が沈む。
腕の中にいる青年の顔が見られない、鼻の奥がつんとする。
いい大人がこんなことで感極まって泣くだなんて情けないとは思ったが、感情と理性は別物だった。鼻水が出そうになってぐずりと鼻をすする。
いいタイミングで、琉笑夢の腕が緩み拘束もわずかに解けた。
起こさぬようそっと腕をどかして、起き上がる。
散々酷使された体のあちこちが痛んで再びベッドに突っ伏しそうになったが、上体が崩れぬよう腕を伸ばして体を支えつつ、ベッドの淵を右足、左足で跨ぎ床に足の裏をつける。
背筋を伸ばしたことで腹に力が入り、緩んだ後孔からどろりと体液が漏れたが、気にしている暇はない。
軋む体でベッドの下の空間をのぞき込み、収納していたものをずずっと引きずり出す。
長い段ボールの箱の引き出しを開けて、並べられた薄いパッケージの中から一枚を手に取った。
淡く、柔らかな青色が溶けた水の中に、気泡を浮かべながら沈むタイトルの数字と瑞々しい黄金の林檎が一つ。
琉笑夢が描いたらしいこれはシンプルな絵柄だが、相変わらずかなり上手だ。
硬いパッケージをかちんと開くと、表紙と同じく青色のCDが収納されていた。歌詞カードも同じ色なのだが、その形は少々独特だった。
折りたたまれているものを開くと花の形になる。
春と名の付くタイトルからして桜がモチーフになりそうなのだが、これは表面とは異なりぱっと華やぐような濃い青色をしていた。花びらは五枚で、一体なんの花なのだろうとこれもファンの間で話題になっていた。
開いた歌詞カードを確認してみる。「春日」の最初と最後の一節。
『春の光が満ちる明日』
ぶわ、と、顔面に血が溜まる。
そのたった一文で、この曲に込められた想いというものを全て理解してしまった。
黙ったまま歌詞カードを戻し、勢いよくパッケージを閉じ、冷たい面を額に押し付けて、深く深く息を吸いこみ、吐く。
同時に、うあーと唸ってしまった。
きっと今の春人の顔は、耳まで、いや首まで真っ赤だろう。
「いや……マジか、マジかよ、あー……夏にい……」
この場にはいない兄の名を呼ぶ。
どうしよう、彼の言う通りこれは紛れもなくラブレターだった。
いるのか今時。ここまでの想いをこういったものに詰め込んでくれる人間が。
しかも何の臆面もなく、堂々と世に発表してしまえる人間が。
たぶん日付の意味はわからなくとも、春人以外にもこの簡単な繋がりに気が付いたファンも間違いなくいるだろう、だというのに。
「反則だろ、これ。恥ずかしいって……ダメだろ、うぅ」
恥ずかしい、かなり恥ずかしい。春人の勘違いではないであろう事実も、恥ずかしい。
頭を掻き毟りたいくらいだ。体中がむずむずするし、じれったい。
それでいて嬉しくて嬉しくて、とても言葉じゃ言い尽くせないほどの幸福感に満たされているのだから、もうどうしようもなかった。
重ねがさね、あれはもう13年も前の出来事だ。
当時14歳だった春人はともかく、琉笑夢はまだ6歳、それなのにしっかりと覚えていただなんて。
記憶力があるとかないとかそういう問題ではないのだろう。
琉笑夢にとって、その日がいかに大切な日であったのかをこんな形で知ることになろうとは。
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