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19歳──21
しおりを挟む狭まった気道で、できる限り息を吸い込み、声と共に吐き出す。
うまく飲み込めなかった唾液が気管に入り、けほりと咳き込んだが構わなかった。
伝えなければならない最後の一言を、琉笑夢にきちんと伝わるように静かに言い切る。
「毎日毎日……おまえのことばっか考えてるよ、オレは」
琉笑夢の瞳がほんの少しだけ見開かれた。厚い唇が微かに震える。
偽りのない想いを口にしていることが伝わったのだろう。ようやく手のひらの力が緩み、琉笑夢の目が二、三回だけ瞬いた。
頭に堰き止められていた血が、すうっと下に下がり始める。
「もうずっと、おまえのことばっか、だよ。昨日だってさ、駅でおまえのポスター見かけて一歩も足動かなくなったんだぞ……いい大人のくせに」
「……はる?」
「周りに変な目でじろじろ見られたけど、そんなのどうでもよくなるぐらい、おまえがかっこよくて綺麗で……だいぶ、見惚れた」
ぱちぱちと、琉笑夢が何度か瞬きを繰り返す。
一気にあどけなくなった表情に、ちょっと笑ってしまった。
「なあ、琉笑夢……おまえずっとオレのために我慢してくれてたんだよな。オレが自分の気持ちとちゃんと向き合えてなかったから、オレが昔言った条件に縋り付いちゃったんだよな」
春人が言葉を紡ぐ度に、徐々に首を押さえ付けていた手が離れていく。
「ごめんな、おまえの気持ちから目え逸らすばっかで、おまえのこと不安にさせて苦しめて……だから」
「春──……」
しかし、両手首はさすがにまだ抜き取れそうにない。
というわけで、力が完全に緩んだ瞬間を見計らいそのまま目の前の額に向かって頭を突き出し、重い一撃をお見舞いしてやった。
「だからって、脚の腱切るとか監禁するとか殺すとか物騒なこと言うな!」
ありったけの想いを込めて、がぁんと頭をぶつける。
結構な衝撃に頭蓋骨がじいんと響いたが、春人よりも琉笑夢の方が被害はでかかった。
こういった攻撃を食らうことは完全に予想外だったのだろう、珍しく「いッ」と痛みに呻いた琉笑夢が額を押さえ、下に沈む。
次いで手首も解放されたので、ぶんと振り払って抜き取る。
「……てェ」
「一人で自己完結すんなって昔から言ってんだろ! 人の話を聞けよ!」
「なに、しやがんだこの石頭っ……」
「は? おまえ今オレに仕出かしたこと胸に手当てて考えてみろよ、頭突きくらいするわ!」
取っ組み合いでは敵わないが頭の硬さなら誰にも負けない自信があったし、実際琉笑夢には何度か勝っている。
「ふ、ざけんな、いまの流れで頭突きとか……商売道具だぞこの顔は!」
「知るかバカ、おまえだってオレの首絞めてきただろうが。あのな、オレはおまえより年上なんだよ」
「ぽくねえし……フルチンで怒鳴んな、うざ」
「やかましい本当のこと言うな! パンツはおまえがずり降ろしたんだろうが!」
モデルの顔だとかそんなのはもうどうでもいい。
ついでに下げられているパンツも今はどうでもいい。
「わかるか? オレはおまえより年上なんだよ。8つもだぞ。だからおまえを世間一般から見てよろしくない道に引きずり込むとかしたくねえんだよ」
「よろしくない道? は、そんな赤の他人の価値観なんぞ俺の知ったことじゃ……」
「いいから、聞ーけ」
ばちん、と両手で琉笑夢の頬を挟んで黙らせる。
琉笑夢の顔が痛みに歪められたが、その瞳の色は先ほどに比べると雲泥の差だ。
琉笑夢から発せられていた澱んだ圧迫感もいつのまにか消えている──よかった。
「……落ち着いたな? 琉笑夢」
顔がよく見えるように下から覗き込む。たんこぶなどはできていないようだがしっかりと額も赤くなっていた。白い肌に赤色は酷く目立った。
ちょっとやり過ぎてしまったかもしれないが、どうせ春人の首にだって薄っすらと赤い圧迫痕がついているはずなので喧嘩両成敗だ。
少しでも痛みがやわらぐように、親指で赤らんだ額を撫でてやる。
「あのな、琉笑夢。おまえがどうでもいいのはわかってる。オレだってそういうのは個人で好きにすりゃいいじゃんって思ってるよ」
けれども世の中はそうもいかない。様々な価値観を持った人間がごろごろいるのだ。
「でもさ、スポンサーとか支えてくれてる事務所とかそういうのに否が応でも迷惑かかっちゃったりするだろ。誰かに見られる仕事してんだから、好感度も大事だろ?」
春人や琉笑夢のように好きにすればいいと思っている人もいれば好きにしてほしくないと望んでいる輩も一定数いる。つまり、自分にとって身近な存在である芸能人を、まるで自身の所有物であるかのように勘違いしてしまう人間のことだ。
前者だけを相手にすればいいのだろうが、様々な価値観を持った人間の前に出ていかなければならない芸能人である以上、後者を蔑ろにするわけにもいかない。
けれども、相手にすればするだけ自分が傷付くことになる。琉笑夢にそんな思いはさせたくない。
「だからおまえだって、色々隠してるわけだしさ」
周囲の目を考えおちおち外食もしていられない琉笑夢のために、こっそりケーキを買ってきてやったこともある。琉笑夢は頬を緩めながらそれを美味しそうに食べていた。その顔を見るだけで仕事の疲れが癒されたものだ。
本当は甘い物だって堂々と外で食べてほしいけど、琉笑夢が演じる「diDi」の設定上そうもいかない。
そんな琉笑夢が、春人はいつももどかしくて仕方がなかった。
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