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19歳──20

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「それでも俺のこと構ってくれる」
「構わねえとおまえ機嫌悪くなるだろ」
「今みたいに、夜中に突撃してきたのに追い返さないで部屋に上げてくれるし」
「……ドアぶち壊すって脅してきたのはどこのどいつだ」

 それにどんなに見た目が大人っぽくなったって。
 例え春人よりも稼いでいたって煙草を吸っていたって、琉笑夢はまだ20歳前なのだ。
 未成年をこんな深夜に放り出すわけにはいかない。

「ゲーム機、水没させたし」
「……ああ、あったなあ」
「あれは酷かっただろ」

 琉笑夢がふと遠い目をした。
 ゲーム機は高かったので、構えと喚く琉笑夢と徹底的に無視をする春人の攻防戦が二か月続いた後に、琉笑夢がお年玉や小遣いを叩いて新しいものを買ってきた。
 相変わらず琉笑夢は絶対に謝ることはしなかったけど、バツの悪そうな顔に怒りが削がれた。

「酷かったじゃん。俺いつも酷えこと、春にしてる」

 琉笑夢との付き合いももう13年だ。
 いつもいつも些細なことで嫉妬の感情が振り切れてしまう琉笑夢が春人の私物をめちゃくちゃにしても、叱り飛ばして怒ってげんこつの一つくらいで許してしまうのは。
 懲りずに同じことを繰り返す琉笑夢のことをどうしても春人が嫌いになれないのは。

「周りが……見えなくなんだよ、春のことになると」

 ──知っているからだ。

「感情の抑えが効かない。俺にもわかんねえんだよ、なんでこんなに、春に……なんで」

 苦しそうに、噛みしめた唇の隙間から唸る琉笑夢。
 琉笑夢は他のことでは絶対に感情を爆発させない。基本的に誰に何を言われても鼻で笑い飛ばすだけで相手にもしない。
 春人を筆頭に、春人の家族、琉笑夢の肉親や数人の友人などを除いた人間に心を開くこともなければ、冷えた態度を崩すこともしない。

 昔から春人に関することだけだなのだ。どうしても感情が抑えきれず情緒が不安定になってしまうのは。

「琉笑夢……あのな、オレは」

 そんな琉笑夢の心に渦巻く矛盾を、春人はやっぱり抱き締めてやりたいと思うのだ。

「──まあ別に嫌がられても別にいいけど。監禁すればいいだけの話だし」
「……ん?」

 琉笑夢に向かって伸ばした手ががっちりと掴まれる。
 ゆるやかに細められていく琉笑夢の瞳を見ながら、あ、来るなと悟る。この顔はスイッチが切り替わる直前の顔だ。

「だいぶ金もたまったし俺もう春のこと養えるから。一生家の中にいろ、仕事も止めろ──つーか止めさせる」
「まてこら、勝手なこと言ってんな」
「ふうん、嫌なの?」
「嫌に決まってんだろが、監禁とか犯罪だからな」
「おまえの意見なんざ知るか、俺が法律」

 こうなった琉笑夢は何が何でも人の話を聞かない。
 とりあえず落ち着かせなければ。

「なあ琉笑夢、聞いてほしいことあんだけど」
「煩え。なあおまえ知ってるか? 足の腱は一度切ったら戻らないって」
「……治療しなかったらだろ」
「は、治療? させるかよ……二度と歩けなくさせてベッドに縛り付ける。外にも出させねえし俺以外にも会わせねえからな、絶対」
「おわっ」

 掴まれた手ごと、再びベッドに組み敷かれた。
 両手をひとまとめにされ片手で押さえ付けられる。

「──るえむ!」
「どうせ何しても許すんだろ、放り出さねえんだろ。俺は子どもで春お兄ちゃんの大事な大事な弟だもんな」

 青い瞳に底知れぬ昏さがのぞく。
 完全に弓なりに反った瞳から白目の部分が消えかける。逃げたらだめだからなと春人の首を絞めて歪に笑う、出会ったばかりの頃の琉笑夢がそこにはいた。
 この場合逃れようと躍起になればなるほど逆効果だ。

「まあ別に、弟としか見れてなくても俺のこと好きじゃなくてもいいけど。何であれ約束は約束だ。おまえは俺のものなんだよ」
「だ、から暴走すんなって……あのな、ルゥ。まずは人の話を聞けって。オレはお前の──」
「おまえは絶対、誰にもやらねえ。いいか──俺から逃げたら殺すぞ」

 地を這うようなおどろおどろしい声に、息をのむ。

「犯罪だろうがなんだろうがどうでもいいんだよ……俺以外をみたら目をつぶす、泣き叫んだら喉もつぶす、逃げようとしたら脚を切る抵抗したら腕を切る噛み付いて来たら舌を抜く、だるまにして犯し殺してやる」

 乾いた琉笑夢の目が血走り始める。それでも彼は瞬きをしない。
 春人の一挙一動を決して見逃さないようにするためだ。

「──春、どこ見てんの」

 伸びてきた右の手のひらが首に添えられ、そのままくっと絞め上げられた。
 力は強くないが弱くもない。息が堰き止められるほどでもないが、顎の下辺りに食い込んだ親指と人差し指のせいでじんわりと血管が圧迫され、血がどくどくと頭の中にたまっていき視界が歪む。

「ル、……」

 癇癪持ちで口も悪く、我儘を言ったり甘えたり病んだりと忙しない琉笑夢だが、彼の口から「殺す」という言葉が飛び出したのは今日が初めてだ。
 もう、限界なのだと思う。琉笑夢が彼自身の気持ちを抑え込むことが。
 じわじわと喉を圧迫する力が強まってくる。気道が狭まり息苦しくなってきた。このまま長時間絞め続けられれば頭に血がたまって意識が飛んでしまうだろう。

「誰のこと考えてんの。俺のこと見てよ、なあ」

 ──たぶん、追いつめていた。

 ならば春人自身も、どっちつかずだった自分の気持ちといい加減向き合わなければならない。

「考えてる、よ……」

 弟として可愛がってきたから琉笑夢を許してきたわけじゃない。首を絞められているから嘘を並べ立てているわけでもない。
 琉笑夢が春人にとって大事な人間だから、放り出さないのだと。

「オレ……ずっと、考えてる」

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