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19歳──19

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「……へえ、おまえがそれ言う? じゃあどうやったら春、俺のこと見んの」

 そんな、痛みを堪えるような顔でまた同じ台詞をぶつけられることになるなんて。

 この一件があってから、琉笑夢は逃げるように父親の元へ行ってしまった。しかも3年という長い間だ。
 2年前こっちに戻って来た時は、琉笑夢はすっかり青年の体付きになっていた。そして海外にいた頃からじわじわと始めていたらしい芸能活動を日本に移し、そこからとんとん拍子にモデル、タレント、歌手とキャリアを積み重ね──そして今は俳優の道へと。

「別に……大根演技だって叩かれようが炎上しようがどうでもいいんだよ。ファンが減るのも別に関係ない、『俳優』って肩書きが付くことが目的だから」

 久しぶりに再会した時、立派な青年へと成長していた琉笑夢に驚いた。

 けれども琉笑夢は芸能界という華々しい世界に飛び込んで有名となりせっせと稼いでいるくせに、以前と変わらぬ態度で一人暮らしをしている春人の元へ足繁く通った。
 そして以前と同じように春人にべたべたくっき、時々キレた。
 図体ばかり大きくなっても中身はまだまだ子どもだなと、春人の方も彼を変わらぬ態度で迎え入れた。

 変わったことと言えば、ふいに唇を奪われるようになったことだ。拒めなくて好きにさせている。
 そして、これまでは華奢な琉笑夢を足の間に座らせていたけれども、今では後ろから抱き締められるのは春人の方だった。

 それに海外から帰って来てから、琉笑夢は春人のことを「春にい」とは呼ばなくなっていた。

「本当は18歳になったら言うつもりだった。19に、なっちまったけど」

 18歳という年齢にこだわっている理由は直ぐにわかった。
 この国で男性が結婚できる年齢は、琉笑夢が迎えにくるといった18歳だ。

「おまえの提示した条件全部満たした。だから」

 あんなもの何も考えずに適当に発した台詞だ。子どもの戯言を躱すために口にしただけに過ぎず、深い意味なんてない。
 それを琉笑夢は、春人が提示した条件だと言う。
 その条件を満たせば春人と一緒になれると、本気で考えていたのだろうか。
 フォロワーが500万人を超えた瞬間、仕事で疲れているのにもかかわらず春人の元に駆け付けた琉笑夢。
 そんなの一言メッセージを送ってくれればすむことだというのに、それでも彼はこんな夜中にわざわざ春人に会いに来た。

 琉笑夢との仲は不可思議だった。
 琉笑夢が海外に行っている間も頻繁に連絡は取っていたのだけれども、5年前の出来事を話題に出そうとすれば躱されて、現在に至るまで話し合えていない。
 彼にとってあの日のことは忘れたいほど嫌な思い出なのかもしれないと思い、春人もいつのまにかその件を持ち出すことはしなくなっていた。

 彼と家族になりたいと思った、愛に飢えたこの子の、兄になりたいと思った。
 琉笑夢は結婚できなくなるから弟にはなりたくないと言っていたらしいが、それは家族愛をはき違えているのだと強引に結論づけていた。
 成長して視野が広くなれば彼の世界も変わり、春人のような年上の男などではなく年の近い綺麗な誰かと恋におちるのだと、そう思い込もうとしていた。

 春人は無意識の内に、琉笑夢と兄弟以外の別の名前が付く関係にならないように避けていたのかもしれない。
 だから執拗なまでに、弟に手を焼かされる兄のような態度を取ってしまっていたのだろう。

 自覚した途端、とんでもない羞恥に見舞われた。
 春人は鈍感な天然野郎なんかじゃない。ただ琉笑夢から逃げていただけだ。

 5年前のことがあっても何も変わらない曖昧な関係を求めていたのは、きっと春人の方だ。
 そんな春人の気持ちを十二分に理解していたからこそ、琉笑夢も春人の望むどっちつかずの関係を維持してきたのだろう。
 全部全部、春人の都合に合わせるために。
 春人に拒まれないように──嫌われないように。


「俺と結婚しろ。約束したからな、言っとくけど拒否権ねえから」


 射抜くようなまっすぐな視線は、小さい頃から何も変わっていない。
 凪いだ海のような琉笑夢の瞳はいつだって春人だけを映していた。

「だ、から。日本では結婚はできねえって……」
「知るかよ。約束は守れ」

 それなのに5年前のあの日は、春人の方から目を逸らしてしまった。自分を求める琉笑夢を見ていられなくて。

 あの日の拒絶は、琉笑夢の心に一体どれほどの傷を残してしまったのだろう。

「知るかじゃなくて、無理なんだって」
「まだ、だろ。だから今は形だけでいい」
「形って、どういう」
「おまえと一緒に暮らす。新しい部屋の目星もつけてる」

 芸能人、モデル、俳優、歌手、SNSでフォロワー500万人越えの有名人になること。春人より背が高くて手足が長くてかっこいい人になること。
 琉笑夢が目指し確立した今の姿が全て、他でもない春人に捧げるために形作られたものだなんて。

「おまえ……そんなことの、ために」
「そんなこと、ね」

 口に出してから後悔した。また傷つけた。

「春にいにとっちゃ、いつまで経っても『そんなこと』なんだろうな」

 どんな意味で、今彼に「春にい」と呼ばれたのかがわかってしまって心が痛くなった。

「なんでおまえ、そんなに……」

 オレのことを。
 どうして琉笑夢が春人にここまでの好意を抱いてくれるのかがわからない。
 だって8つも年が離れているのだ。それに春人には何の特技もないし、春人よりも可愛い子もかっこいい子も世の中にはたくさんいる。
 6歳だった琉笑夢の名前と髪を褒めたことが理由の一つだと言うのなら、彼がこれまで生きて来た中で対象となる人物はごろごろといたはずだ。
 琉笑夢はその美しい容姿から校内でも有名で、男子女子問わず毎日のように告白されていた。
 全てのことにおいて興味が薄い琉笑夢になんとか好意を持ってもらおうと、彼の名を褒める人間なんて星の数ほどいたはずだ。
 それに今じゃあ琉笑夢の髪を褒めるどころか、崇め奉る人間だって世の中にたくさん溢れているはずなのに。

「好きかって? 知るかよ……でもまあ強いて上げるなら、お人よしなとこ」
「オレ別にお人よしでもねえと思うんだけど……」
「どの口が。俺がポスターとか雑誌とか破いてもCDぶっ壊しても馬鹿みてえに許すじゃん」
「馬鹿っておまえな、いつもめちゃくちゃ怒ってるぞ」

 母親直伝の締め技もしたぐらいだ。あれは結構本気でやった。

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