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『diDi』──12
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買い置きの飲料水を出してやるため冷蔵庫にかけていた手を止める。表示されているのは琉笑夢のSNSのアカウントだ。
自慢じゃないが春人はそういうのに疎い。色々面倒臭いなぁと思ってしまって暇な時にだーっと眺めはするのだが、自分から深く手は出せずにいる。
けれどもそんな春人であっても、よくわからないポーズを決めている洒落た琉笑夢の個人写真だとかポスターだとか食事風景だとか、そういうのにとんでもない数のいいねが付いていることはわかる。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……まで数えて止めた。残業の疲れも祟って目が疲れていた。
「見……ましたけど」
「何か気づいたこと全部。早く正解までたどり着けば」
そんなことを言われても。気付いたことは琉笑夢が褒めてほしいという顔をしているということだけだ。
他の人から見れば普段の表情と変わりはないのだろうが、こういう時の琉笑夢はホクロのある方の口許と目許の端がむふ、と緩む。
だが、肝心のどこを褒めればいいのかがわからない。
「えっ……と、いいねがたくさん?」
「当たり前」
「……ほぼ毎日更新してて、偉いな」
「あとは」
「身長、また伸びたか?」
「伸びてねーけど187.3cm」
「いやでか」
「次、早く」
せっつかれても見当も付かなくて段々と言葉に詰まってしまう。
「……一昨日の朝食オシャレだな、何語?」
琉笑夢の眉間の皺が増えた。
「あっなんだよピーマンあるじゃん。おまえピーマン食えるようになったのか」
眉間の皺がまたまた増えた、しかもかなり深い。
「その……あれか、おまえこのコーヒー絶対後から大量の砂糖ぶちこん」
「さっきからふざけてんの? 俺、気長くないの知らなかったっけ」
ついにびしりと琉笑夢の額に青筋が立ってしまった。琉笑夢の気が長くないことは十二分に理解しているが、困った。
ここまで来ても琉笑夢が気付いてほしがっているものがわからない。
しかしこれ以上間違えると、たぶん琉笑夢がキレる。
「えっと……まあ、あれだ。公式マークがついてる。琉笑夢はやっぱりすげえな」
切れ長の目を極限まで細めた琉笑夢に最後の回答も不発だったことを悟る。だがそんな顔をされてもわからないものはわからない。
昔なら頭の一つでも撫でてやればちょっとは機嫌もよくなったものだが、今じゃあ立ったままの琉笑夢の頭を撫でようとしたらつま先立ちになって手を高く上げるか琉笑夢に屈んでもらうかの二択しかない。
ふー、と呆れに満ちたため息が降って来て、煙臭さにげほ、と唸る。
「な、なんなんだよ。わかるように言えよ」
近くのテーブルにスマートフォンを置いた琉笑夢の手が伸びて来た。そのままぐっと胸ぐらを引き寄せられて、後ろ頭を大きな手のひらで鷲掴みにされる。
あっと言う間に小奇麗な顔が近づいて来て、思いきり唇を押し付けられる。
ぶつけられた唇は夜風のせいで乾いていたが、風呂上りで濡れていた春人の唇に直ぐに馴染んだ。
「ッ……む、ん──!」
最初から貪り喰うようなキスに付いていけない。
首を振って逃れようとするが身長差があるためなんなく押さえ込まれ、ぎゅっと引き結んでしまった唇を舌と歯で強引にわりさかれて、ねっとりとした舌を執拗に絡められる。
熱い呼気も注ぎ込まれ、溢れる唾液をすすられた。
煙草特有のじんわりとした苦みが舌を通して染み込んできてむせそうになる。苦い物が苦手なくせになんで煙草はすぱすぱ吸えるんだ。
ことあるごとにキスされるせいで、琉笑夢が愛用している煙草の味も覚えてしまった。
「はぁ、んっ……ぅ」
壁まで追い込まれながら隙間なく密着してくる体。喉の奥まで舌をねじ込まれ、あまりの息苦しさに顔をずらす。
舌の裏から歯茎、内頬、奥歯、上顎を順に舐られながら、初めて琉笑夢にキスされた日のことを思い出していた。
頻繁に体のあちこちをがじがじ噛まれてはいたけれど、頬にキスされたのは確か琉笑夢が中学校に上がってからだ。
しかしどう考えてもこれまでの噛みつき癖の延長線上の行為にしか思えなくて、俺にもちゅーしろと強請られてもはいはいと言いながら適当に頬や額に返していた。しなければしないで機嫌を損ね引っ付き虫になって後が大変だし。
だから、頬でも額でもなく唇を奪われた時は結構驚いた。
琉笑夢が14歳で春人が大学4年生だった。その頃には数ヶ月で一気に背が伸びていた琉笑夢に身長を4センチほど抜かれていた。
今に比べたらまだまだ舌の使い方も拙いものだった気がするけれども、喰らうような吸い付き方は変わっていない。
そんなことを思い出している間もキスは続き、息が乱れる。
今ではこの体格差だ。どうあがいても力じゃ敵わないことを知っているので琉笑夢の気が済むようにさせていると、視界の隅で赤く灯る煙草の先が見えた。
「……っ、ルゥ、ちょっ……待て」
「煩え」
拒否されたと思ったのかあからさまに拘束力が強まる。苛立つように後ろ髪を下に引っぱられてさらにキスが深くなって慌てた。
そうこうしているうちに、熱そうな煙草の先が琉笑夢の襟首と白くきめ細かな肌に近づいていってしまう。
なんとか逃れ、叫ぶ。
「んぅッ……ち、げーよ、煙草! 火傷したらどうすんだ、そういうのはちゃんと火い消してからやれって!」
結局注意している間にじ、と服の襟に煙草の先が付いてしまったのが見えて、「おまえな、危ねえだろ!」と喚きながら琉笑夢の服の襟に付いてしまった細かな灰や焦げ跡をはらう。
しかし、ぱんぱんと強めに叩いてもなかなか取れない。
どうして琉笑夢は一つのことに熱中すると直ぐに回りが見えなくなってしまうのだろう。そんな所も昔から変わっていない、図体ばかり大きくなっても全く世話が焼ける。
「ああぁ服が……跡ついちゃったじゃん、似合ってんだから大事に扱えって、全く……」
「……あのさぁ」
「なんだよ」
自慢じゃないが春人はそういうのに疎い。色々面倒臭いなぁと思ってしまって暇な時にだーっと眺めはするのだが、自分から深く手は出せずにいる。
けれどもそんな春人であっても、よくわからないポーズを決めている洒落た琉笑夢の個人写真だとかポスターだとか食事風景だとか、そういうのにとんでもない数のいいねが付いていることはわかる。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……まで数えて止めた。残業の疲れも祟って目が疲れていた。
「見……ましたけど」
「何か気づいたこと全部。早く正解までたどり着けば」
そんなことを言われても。気付いたことは琉笑夢が褒めてほしいという顔をしているということだけだ。
他の人から見れば普段の表情と変わりはないのだろうが、こういう時の琉笑夢はホクロのある方の口許と目許の端がむふ、と緩む。
だが、肝心のどこを褒めればいいのかがわからない。
「えっ……と、いいねがたくさん?」
「当たり前」
「……ほぼ毎日更新してて、偉いな」
「あとは」
「身長、また伸びたか?」
「伸びてねーけど187.3cm」
「いやでか」
「次、早く」
せっつかれても見当も付かなくて段々と言葉に詰まってしまう。
「……一昨日の朝食オシャレだな、何語?」
琉笑夢の眉間の皺が増えた。
「あっなんだよピーマンあるじゃん。おまえピーマン食えるようになったのか」
眉間の皺がまたまた増えた、しかもかなり深い。
「その……あれか、おまえこのコーヒー絶対後から大量の砂糖ぶちこん」
「さっきからふざけてんの? 俺、気長くないの知らなかったっけ」
ついにびしりと琉笑夢の額に青筋が立ってしまった。琉笑夢の気が長くないことは十二分に理解しているが、困った。
ここまで来ても琉笑夢が気付いてほしがっているものがわからない。
しかしこれ以上間違えると、たぶん琉笑夢がキレる。
「えっと……まあ、あれだ。公式マークがついてる。琉笑夢はやっぱりすげえな」
切れ長の目を極限まで細めた琉笑夢に最後の回答も不発だったことを悟る。だがそんな顔をされてもわからないものはわからない。
昔なら頭の一つでも撫でてやればちょっとは機嫌もよくなったものだが、今じゃあ立ったままの琉笑夢の頭を撫でようとしたらつま先立ちになって手を高く上げるか琉笑夢に屈んでもらうかの二択しかない。
ふー、と呆れに満ちたため息が降って来て、煙臭さにげほ、と唸る。
「な、なんなんだよ。わかるように言えよ」
近くのテーブルにスマートフォンを置いた琉笑夢の手が伸びて来た。そのままぐっと胸ぐらを引き寄せられて、後ろ頭を大きな手のひらで鷲掴みにされる。
あっと言う間に小奇麗な顔が近づいて来て、思いきり唇を押し付けられる。
ぶつけられた唇は夜風のせいで乾いていたが、風呂上りで濡れていた春人の唇に直ぐに馴染んだ。
「ッ……む、ん──!」
最初から貪り喰うようなキスに付いていけない。
首を振って逃れようとするが身長差があるためなんなく押さえ込まれ、ぎゅっと引き結んでしまった唇を舌と歯で強引にわりさかれて、ねっとりとした舌を執拗に絡められる。
熱い呼気も注ぎ込まれ、溢れる唾液をすすられた。
煙草特有のじんわりとした苦みが舌を通して染み込んできてむせそうになる。苦い物が苦手なくせになんで煙草はすぱすぱ吸えるんだ。
ことあるごとにキスされるせいで、琉笑夢が愛用している煙草の味も覚えてしまった。
「はぁ、んっ……ぅ」
壁まで追い込まれながら隙間なく密着してくる体。喉の奥まで舌をねじ込まれ、あまりの息苦しさに顔をずらす。
舌の裏から歯茎、内頬、奥歯、上顎を順に舐られながら、初めて琉笑夢にキスされた日のことを思い出していた。
頻繁に体のあちこちをがじがじ噛まれてはいたけれど、頬にキスされたのは確か琉笑夢が中学校に上がってからだ。
しかしどう考えてもこれまでの噛みつき癖の延長線上の行為にしか思えなくて、俺にもちゅーしろと強請られてもはいはいと言いながら適当に頬や額に返していた。しなければしないで機嫌を損ね引っ付き虫になって後が大変だし。
だから、頬でも額でもなく唇を奪われた時は結構驚いた。
琉笑夢が14歳で春人が大学4年生だった。その頃には数ヶ月で一気に背が伸びていた琉笑夢に身長を4センチほど抜かれていた。
今に比べたらまだまだ舌の使い方も拙いものだった気がするけれども、喰らうような吸い付き方は変わっていない。
そんなことを思い出している間もキスは続き、息が乱れる。
今ではこの体格差だ。どうあがいても力じゃ敵わないことを知っているので琉笑夢の気が済むようにさせていると、視界の隅で赤く灯る煙草の先が見えた。
「……っ、ルゥ、ちょっ……待て」
「煩え」
拒否されたと思ったのかあからさまに拘束力が強まる。苛立つように後ろ髪を下に引っぱられてさらにキスが深くなって慌てた。
そうこうしているうちに、熱そうな煙草の先が琉笑夢の襟首と白くきめ細かな肌に近づいていってしまう。
なんとか逃れ、叫ぶ。
「んぅッ……ち、げーよ、煙草! 火傷したらどうすんだ、そういうのはちゃんと火い消してからやれって!」
結局注意している間にじ、と服の襟に煙草の先が付いてしまったのが見えて、「おまえな、危ねえだろ!」と喚きながら琉笑夢の服の襟に付いてしまった細かな灰や焦げ跡をはらう。
しかし、ぱんぱんと強めに叩いてもなかなか取れない。
どうして琉笑夢は一つのことに熱中すると直ぐに回りが見えなくなってしまうのだろう。そんな所も昔から変わっていない、図体ばかり大きくなっても全く世話が焼ける。
「ああぁ服が……跡ついちゃったじゃん、似合ってんだから大事に扱えって、全く……」
「……あのさぁ」
「なんだよ」
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