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将来の約束──08
しおりを挟む「琉笑夢くん、本当に春に懐いてたわねぇ」
「いやあれは懐いてたっていうか、たまたまオレだったっていうかさ」
「あら、そうだったの?」
穏やかな日差しが差し込むベランダ。
のほほんとした母親に強制的に付き合わされる穏やかなティータイム。
そして袖をまくれば、いまだにしぶとく残っている数多の歯型。
しばらく長袖以外着れねえやとわざとらしく嘆いてみせれば、母親は笑いながら紅茶を飲んだ。
「だって歳が近いのオレだけだったじゃん。夏兄もいなかったし」
歳が近いと言っても8つも離れてはいるのだが。
それに春人の兄は春人なんかよりも優しくて面倒見がいい男だ。そして母親と同じくのほほんとしている。
もしも兄が家にいたのなら、琉笑夢は兄の方に懐いていたに違いない。
「あらぁ、でも琉笑夢くん春にだけだったのよ」
「なにが?」
「あのね、貴方が学校に行ってる間はずうっとお利口さんだったの」
「そ……うなんだ」
「ええそうよ。貴方がいない時に莉愛ちゃんとか近所のお兄ちゃんたちとかも遊びに来てくれてたんだけど、物を壊したり投げたりもしないし、お行儀もよかったの」
「へ、へえ」
「というか、あんまり表情が変わらないというか……春にだけよ、あんな風に可愛い笑顔を見せたりわがままを言って駄々をこねてたのは」
「………………へぇ」
たっぷり数秒をかけて母親の言葉を消化して、音を立てて紅茶ごと喉の奥に押し流した。
琉笑夢のあれはわがままなんて可愛いものではなかった気がする。そして笑顔も。なまじ顔が整っているだけに可愛いことは可愛いとは思うが、如何せん効果音がにこっ、ではなくにたっ、なのだ。
兄のような存在であったかもしれない春人にすらあれだ。将来あの執着心や独占欲を一身に浴びせられることになるであろう琉笑夢の恋人は大変だろう。
春人はまだ見ぬ琉笑夢の恋人に、心の中で十字を切った。
「私も琉笑夢くん抱っこしたけど、首に噛みつかれもしなかったわ」
母親の一言のせいで首を絞められた瞬間を思い出してしまって、ちりっと背筋が寒くなる。
慌てて擦って温めた。
「あのね、春。琉笑夢くんにどうして春が好きなの? って聞いたらね、綺麗だって言ってくれたから、って言ってたの」
「え、キレイって」
春人は手に持っていたカップから顔を上げた。
「ええ、髪と名前を褒めてくれた貴方を見上げたらキラキラして見えたんですって。だからこわくなかったって」
確かに琉笑夢を始めて風呂に入れた日、春人は琉笑夢の髪色と名前を褒めた。
「自分の髪の色と、名前が嫌いだって言ってたわ……だから、嬉しかったんでしょうねぇ」
琉笑夢が自分の髪や名前を嫌う理由は、彼の言動や態度を見ていればなんとなく察しが付く。
春人は自分の髪を手に取った。ありきたりな黒色のそれは琉笑夢とは真逆の色だ。輝きもしていない。そういえばあの時、琉笑夢は首を仰け反らせやけに眩しそうに春人を見上げていた気がする。
琉笑夢は春人を見上げるたびキラキラしていると思っていたのだろうか。琉笑夢の髪の方がずっとキラキラしているというのに。
それに、髪の色や名前を褒めるなんて誰にもできることだ。育てられ方がちょっとあれだっただけで、新しい環境下でも琉笑夢はきっとたくさんの人に褒められ、好かれるだろう。
春人にしたようなことを友達や好きになった子にしなければ。
けれども春人以外にはそういった異常な行動は一切とらなかったというのだから、やはり琉笑夢の悪行の数々は、兄という立場だった春人への甘えから来るものだったのかもしれない。
きっと家族愛というものが恋しかったのだ。
そうであるならばちょっとは自分のことを本当の兄だと思ってくれてたのかな……なんて感慨に浸りながら紅茶をすする。底が見えてきた。
「琉笑夢くんね、ずっと春の傍にいたいって言ってたのよ」
「琉笑夢が?」
「ええ。一緒に寝た時にね、春とずっと一緒に暮らしたいって。自分が春のことを養ってあげたい、大きくなったら今度は自分が春のことを抱きしめてあげるんだって」
「ルゥ……」
なんだか不可解な台詞が混じった気もするが、それ以外がじんと心に響いたので特段気に留めることもなく喜ぶ。
それは嬉しい、春人の方こそ我慢が効かなくて怒ったり叱りつけたり叩いたりしてしまったけど、そこまで懐いてくれていたなんて感無量だ。
「だからね聞いたの。じゃあうちの子になる? って。でも絶対嫌だって断られちゃった」
「えーなんでだよ」
クスクスと喉を震わした母親に春人は首を傾げた。
「なんでだと思う? 当ててみて」
「母さんってほんとクイズとか好きだよな」
逆に聞き返されて、春人は肩を竦めた。
「やっぱ叔母さんと一緒にいたかったんじゃねえの?」
何度か会ったことのある叔母を琉笑夢は自然に受け入れていた。
派手そうな毛皮のコートを着ている女性だったが、琉笑夢を見つめる視線は穏やかで、琉笑夢も叔母には怯えることもなく彼女の手をぎゅっと握りしめて嫌がる素振りさえ見せなかった。
だからやはり身内が一番安心するのだろうと思っていたのだけれど。
「ううん、違うの」
静かに首を振った母親は、穏やかな表情のまま空になった春人のコップに新しく紅茶を注いでくれた。
そういえばコップを投げつけられた時は大変だったな、なんて苦笑しながら再びそれに口をつける。
「春の弟になっちゃったら大きくなった時、春と結婚できなくなっちゃうだろ、ですって」
朗らかに言い切った道子に春人は勢いよく紅茶を噴き出した。
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