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将来の約束──05

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「だっこして」

 もう一つ、ため息をつく。
 春人は諦めて腕を広げた。

「……ほら」

 必死に抱きついてきた琉笑夢を受け止め、春人からしても軽い体をひょいっと抱え上げる。

「春、春にい」
「はいはい」

 もぞもぞと定位置に落ち着き、細い腕を痛いほど首に回してきた琉笑夢。
 コアラのように抱きつかれて、ふわふわの金髪が鼻を掠めてきてくすぐったかった。
 一日ぶりの抱っこに琉笑夢は至極ご満悦の様子だった。むふ、と唇の端が目に見えて緩んでいる。
 こうやって暴力的にならず素直に懐いてくれるのであれば、春人だって嫌な気はしないのに。

 すりすりと鼻を首筋に擦り付けられてつい笑ってしまった。まるで犬のマーキングだ。

 琉笑夢のことを少々ヤンデレ気質の子どもだと思っていたのだが、もしかしたらコイツは愛情表現がただ下手くそなだけの子どもなのかもしれない。
 そう考えればなんだか昨晩のコップ投げ付け事件も許してあげられるような気がした。
 CDを割られたこともポスターを剥がされたこともまあ子どものいたずらの範囲だ。過激ではあるがとりあえず莉愛には当たらなかったし自分以外に実害はなかったわけだし……いや、そう思ってしまうこと自体が甘やかしなのだろうか。
 この愛に飢えた小さな子にほだされている自覚は、ある。

「おまえってほんと、甘えん坊だよなぁ」

 ずり落ちそうになる子どもをしっかりと抱え上げてから髪を撫でてやる。
 よしよしと動かしている手のひらは琉笑夢の頭、そしてもう片方の腕は小さな体を抱えるために。つまる所、今の春人は両手がふさがっておりかなり無防備な状態で、油断していた。

「──ッい」

 だから、いつものようにあぐ、と首を噛まれても直ぐに引きはがすことができなかった。

「いって、いてぇっつーの」

 痛いとは言っても子どもの力だからさして痛くはないが、こうも何度もがじがじと噛まれれば自然と痕が付いてしまう。
 琉笑夢はよく春人の体に何かしらの痕を残したがった。
 最初は抓るというまだ可愛げのある(?)行動だったのだが今では完全にエスカレートして噛み付くという最終形態にまで至っている。
 それは鼻の頭だったり頬だったり腕だったり腹だったりと様々だが、最近では首筋が多い。
 今朝鏡を見たら該当箇所が赤く変色していたのであと数日もすれば青くなってしまうのかもしれない。犬のマーキングよりも酷い気がする。

「だから、いい加減噛みつくのやめろって……痣になんだよ、ルゥ、こら!」

 さすがにぐい~っと引き剥がそうとしても頑なに離れない。餅みたいに自分の肌が伸びる、琉笑夢はさしずめ粘着テープだろうか。
 この謎の噛み付き癖がこの先どこに行く着くのかは、あまり考えたくはなかった。

「いやだ」
「噛むなら降ろすからな」
「春にいはおれと結婚するから、あとつけても問題ない」

 事あるごとに言われるその台詞に何度目かわからないため息。

「だぁから、前から言ってるだろ、日本では同性婚はできないんだってば」
「知らない」
「……オレは女の人と結婚したいの」

 多様性がうたわれている現代だが、春人の恋愛対象はたぶん女性だと思う。
 まだ恋愛の経験がないのではっきりと断言はできないが、アイドルにだってときめくし。

「だめだ、春にいはおれとけっこんするんだ」

 それでも、女の人がいいという春人の抗議が受け入れてもらえないのなら。

「……結婚するならオレはオレより背がデカくて手足が長くてかっこいい人がいいな」

 ぴくりと琉笑夢が動いた。
 春人より背が低くて華奢で手足が短くて可愛い可愛い琉笑夢にこの台詞はかなり効果がありそうだ。

「そうだなーあとは、芸能人とか? モデルとか俳優とか歌手とか、SNSでの人気も凄くて500万人くらいフォロワーがいるとかそういうすっげー有名で一般人のオレなんかじゃ到底手が届かないような人じゃないと結婚したくねえかなー」

 ちらっと聞こえていたクラスの女子の会話を思い出しながら適当なことをべらべらと並べる。
 ものの見事に機嫌を損ねたらしい琉笑夢が腕の中でじたばたと暴れ出した。
 
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