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出会い──03

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 どうしてそういう思考回路になるのかな。理解することができなくてただただ唸る。

「……るえむぅ」
「だって春にいは、おれのものだもん」

 オレは物じゃないぞなんて台詞は喉の奥で止まってしまった。
 不貞腐れるでもなく、迷いなくかつしっかりと言い切った子どもに春人は天井を仰いだ。

 どうしてコイツはこうなんだろう。
 琉笑夢を預かってからもう直ぐで二か月になる。
 透明度が高く大きくてつぶらな青い瞳に、光に反射して輝く金色の髪。
 そして陶器のようになめらかで白い肌に、淡い桜色をしたぷっくりとした唇。その横にちょん、とついている小さなホクロが更に愛らしさを際立たせている。

 誰が見ても十中八九可愛らしい天使だ、将来有望だモデル一択だと口をそろえて言うであろうコイツは、近所の家に住んでいた飛鳥間あすま・ディディエ・琉笑夢だ。

 初めて名前を聞いた時は口には出さないものの脳内で色々と突っ込んでしまった。
 正直呪文かと思ったし、字を見てもやっぱり呪文だとしか思えなかった。
 どうやら琉笑夢の母親は日本人で父親が外国の人らしく、飛鳥間という名字も珍しければ日本人にはないミドルネームというやつも珍しいしその上名前も珍しいし当て字も珍しいしで、とにかく「珍しい」が大渋滞している子どもだった。字面を見ているだけで腹がいっぱいになりそうだ。
 そんな琉笑夢は、ネームも含めて様々な意味でキラッキラしているし、当の本人もその類まれなる容姿でキラッキラしていた。

 詳しい事情は知らないが、琉笑夢の母親が家を留守にするというので春人の母親が預かってきた。
 近所の家とはいえ琉笑夢は裏手のアパートで暮らしていたため全く交流がなかったので琉笑夢を見るのは初めてだったのが、第一印象はやけに細っこくて汚れているなというものだった。
 真っ先に風呂に入れてかいがいしく世話を焼けばすぐに懐いてくれた。
 だから可愛がっていたのに、今じゃすっかり春人は琉笑夢が苦手になっていた。

 もちろん春人も、最初の頃は純粋に懐いてきてくれる子どもに嫌な気分はせず優しくしていたのだが、どうやら琉笑夢はかなり嫉妬心の強い子らしく、常に春人を独占したがった。

 それが子どもらしいちょっとばかりの独占欲であればまだいいのだが、春人から見れば琉笑夢のそれはかなり常軌を逸脱していた。

 昨日の莉愛との一件もそうだったが、春人がトイレへ行こうとすれば中までついてこようとするし、風呂は春人以外とは絶対に入らないし、ずっと引っ付いてくるし、春人がちょっとでも琉笑夢から目を離せばすぐに機嫌を損ね、蹴ってきたり殴ってきたり物を投げてきたりもする。
 おかげで、ここしばらく学校帰りに友達と遊ぶこともほとんどできていない。

 一か月前は、春人がここ最近気に入っているバンドのポスターを破かれた。

 きっかけは些細なことだった。
 「これなに」と問われたから、「んー? 最近好きなバンド」と答えただけだ。
 それだけだったというのに、次の瞬間部屋の壁からそれを勢いよくべりべり剥がされて唖然とした。あっと言う間に斜めに引き裂かれ、ポスターは無残な状態になってしまった。
 だが、相手は子どもなのだからと己を律して怒鳴り散らさないように理由を問えば、平然とした顔の琉笑夢に、「春にいはおれ以外すきになっちゃダメだから」と返された。結局叱りつけた。
 ちなみに凝り性の春人が一生懸命集めた手持ちのCDも何枚か割られた。これは、「おれ以外の声きいちゃダメだから」だそうだ。
 現物以外にもダウンロードしたデータもあるし聞く分にはなんら問題はなかったのだが、そういうことではない。
 形として手元に残るという事実に満足していたのに、これは少々堪えた。

 また琉笑夢の前では軽々しく「好き」という言葉を使えなくなったし、何かのはずみで携帯本体をぶっ壊される危険性を考え琉笑夢の前では絶対に取り出さなくなった。

 正直ドン引きだ、独占欲が強いのにも程がある。
 そうして苛々ゲージが上昇してついに爆発した春人が叱れば、また口許を嫌な感じに歪めてこちらを見上げてくるのだ。
 子どもの可愛い嫉妬なのだからしょうがない、と簡単に済ませることもできなくなってしまうくらい、その行動は過激かつ異常なものだった。

「──春にい、どこ見てんの」

 ぐっと袖を引かれ、いつものように自分から目を逸らすなと言外に責められる。

「なにかんがえてんの、ダメ。おれのことみて?」

 また頭を抱えそうになる。
 コイツにはもう何を言ってもダメなのかもしれない。このままでは春人の視線の先にあるものを全てぶっ壊しながら歩きかねない。
 今は子どもだからまだいい。被害も最小限(と言えるのだろうか)で済ませることができているからだ。けれどもこれが大人になったら一体どうなるのだろうか。
 考えただけでもひやりとする、末恐ろしい子どもだ。

「春にい、だっこ」

 すっと、精一杯伸ばされたか細い腕。
 この手を叩き落とせば、琉笑夢はどんな顔をするだろうか。

「だっこして、春にい……」

 それでも前よりは肉付きのよくなった白い腕。
 ここに来たばかりの頃は棒のようだった。

 確か、肌寒さも落ち着いた3月22日の、春だった。
 台所に飾られてあったどっかの保険会社から送られてくる大き目のカレンダーに、「春はお家(在)」とでかでかと書かれた母親の字を覚えている。
 家にいたら何かあるのかと思ったものだが、何かも何か、その日は春人にとって大きな転機だった。

 母親には何も言われていない。
 ただその日、突然家に見知らぬ子どもが連れてこられて、「琉笑夢くんよ、しばらく預かることになったの。お世話してあげてね」と母親に紹介されただけだ。
 けれどもブカブカの服を着て、光のない青い瞳をぼんやりと彷徨わせながら母親に手を引かれている子どもは、全くといっていいほど生気も覇気もなかった。

 まるで死人のようだと、痛ましげなその姿に息をのんだ春人に母親はただ静かに頷いた。



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