つじつまあわせはいつかのために

明智

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第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”

04  『カオスってレベルじゃないです』

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 翌朝。
 出発の準備に馬車を預けていた厩舎に行くと、既に御者達が俺の馬まで世話をしてくれていた。コイツ等の仕事はあくまでも勇者の馬車の管理なのだから、俺の馬車は放っていたとしても文句はない。だというのに律儀に俺の馬まで櫛を当てていてくれるのだから、感謝の念がわかない方がどうかしてる。
 性分だから気にしないで欲しいと照れながら謙遜された。いやはや、こういう男が報われる世の中にしたいものだ。


 荷物の整理をしているところで、全員が集合。今日もすこぶる良い天気だ。これなら予定通り進むだろう。
 さて……と、御者席に乗り込み皆に声をかける。

「皆、準備は問題ないな? 出発するぞ」

「はい! れっつらごーですよ」

 すぐ真後ろから返事が返ってきた。よろしい。手綱を軽く振るい、馬を歩かせ始める。
 一応は宿場町といえ、王都からさほど離れていない集落の住民はその殆どが農民だ。その朝は早い。妙なトラブルが起こらぬようゆっくりと進んでいく。
 御者達の丹念な世話を受けた俺の馬は、すぐにでも走り出したいとこちらを向く。だがどうせここを出れば速度は上がるんだ。少しだけ我慢してもらうとしよう。

 さて、それじゃあスルーした問題のほうをどうにかするとするか。



「……で? なんだってお前がここにいる。お前の席はあっちだろうが」

「えへへ。きちゃった」

「お前さ。自分がそれ言って許されると思ってんの?」

 そいつは美少女幼馴染あたりでないと使いこなせん上級テクだぞ。分を知れ、分を。

 出発のどさくさに紛れて、俺の馬車に上がりこんだのは確認していた。別にコイツが同乗してくるのは問題があるわけじゃないから放っておいたが、真意は聞いておきたい。

「何しに来やがったんだよ。急ぎの相談事も無いだろうが」

「そんなこと言わずにここに置いてくださいよぅ。あっちすっげぇ居辛いんです」

「ハブられてんのか?」

「ド直球っすね、ハインツさん。……別に無視されてるとかじゃないですよ? 話し相手がいないわけじゃありませんもん」

「そいや百合沢とは仲良くなったんだったな。ならアイツとお喋りしてりゃあ良かろうよ。それにあっちは箱馬車だぞ。そんな風に立ち乗りしてるよりずっと楽だろ」

 現在の絹川は、俺と洞窟に行った時同様、俺の真後ろに立っている。そりゃそのスタイルならケツが痛くなることはないだろうが、立ちっぱってのも辛いだろうに。


「そういうんじゃなくてですね。あっちの馬車、中の空気が最悪なんです。
 ほら。あっちって、和泉君たち3人の他にメイドさんたちも乗り込んでるでしょ?」

「そうだが別に狭くはないだろう? 大型8人乗りだぞあっちは。」

「いえいえ、スペースの問題じゃねーんです。実は私も昨日知ったんですけど……。あのメイドさんたちって、全員和泉君のお手つきらしいんですよ」

「…………ぅわあ」

「でしょ? しかもそこに宇佐美さんまで投下されてんです。カオスってレベルじゃないですよ」

「風紀委員長はどうしてんだよ。百合沢はなんも言わんのか?」

「いつ就任したんすか、そんなん。
 まぁでも、どうにも百合沢さんって、和泉君にご執心ってワケじゃないみたいなんですよね。大事なのは宇佐美さんの方で、彼女が和泉君と居たがるから自分も一緒に居るって感じです。
 前にちょろっと聞いたんですけど、百合沢さんと宇佐美さんは幼馴染で、和泉君とは中学からの仲なんですって。嫌いなわけじゃないけれど、特別な感情はないって言ってました。ありゃ嘘だとは思えません」

「ほぅ。君は誰とな三角関係じゃなかったんだな」

 いや、それはそれで別の形のトライアングルなのか? …………うん、止そう。考えちゃいけない。
 なんにせよ、やはり外側からじゃ良くわからんもんだな。人間関係というヤツは。かといってヤツラの中に割って入る気にはならんのだが。


「ですから、私が見てる限りじゃ百合沢さんは傍観です。
 多分アレです。和泉君のだらしない所を見せて、宇佐美さんが失望しちゃえば良いって位は考えちゃってるんじゃないですかねぇ。百合沢さんの宇佐美さんのかまい方って、かなりべったべたでしたから。
 と言っても宇佐美さんは宇佐美さんで、和泉君が女の子はべらしてても動じてないんですよ。正妻の余裕って感じです」

「ヘドロの底みたいな人間関係だな。
 ……しかし、それならそれで安定してるんじゃないのか? 歪極まりないが一応の形は出来てるんだし」

「いえいえ。問題はその3人じゃなくって、連れて来たメイドさんの方なんです。
 ……あのメイド3人娘はヤバイです。誰が1番気に入られるかって、牽制し合い足の引っ張り合い。他2人をディスりつつ媚を売る手管とか、ある意味感動モノのテクが飛び交ってますよ」

「おっかなすぎる。泣きそうだ」

「ホンとですよ。和泉君は私のこと居ない物扱いですからまだ大丈夫なんですけど、立ち回りうっかりするとこっちまで火花が飛んできちゃいそうで。女3人の殺気のこもった目線浴びせられるんじゃ生きてる気がしませんもん。
 ってことで、お願いですから私も一緒させてくださいよぅ」

 俺の頭をぐりぐりしながら頼み込まれた。それは人にナニカを頼むときのやり方じゃない。
 だがまぁ、こいつが居て邪魔になるわけじゃないからな。不問にしといてやろう。俺としても、話し相手が馬だけってのは退屈なもんだ。


 なんだかんだと俺たちの前じゃ失態続きの和泉だが、やはり勇者ブランドは侮れんものがあるんだろう。王宮内での女性人気も衰えるところを知らんようだ。
 しっかしこんな所までハーレム引っ張ってくるとは、呆れ通り越して感心する。羨ましいとは毛ほども思わんが、旅の邪魔になるようなら何とかしなきゃならんかもしれん。
 心に留めておくとしよう。



 常歩で進む馬車はのんびりと街道を進む。
 勇者達の人間関係なんて面白くも無い話題を続けるのはゴメンだが、黙っているとうっかりうたた寝してしまいそうな陽気である。

 この眠気を撃退するには、後ろで鼻歌歌っている小娘に何とかさせるのが賢明だ。何でも良いから話を続けろと催促した。
 無茶振りするなと文句をたれているが、乗車賃だと思えば安い物だろうよ。


「……それじゃ、本当にどうでも良い話しますよ? 良いですね」

「振ったのは俺だからな。かまわず続けてみろ」

「んじゃ……。コレ、私が常々思ってたことなんですけど。
 たまに誰かが『超ウケるんですけど~』とかって言ってるの、聞いたことありません?」

「まぁなんだ。素直に頷きたくはないが、そういう言い回しもあるだろうな」

「ですです。けどハインツさん。それ言ってる人たちって、本当に”超ウケて”ました?」

「どういう事だよ」

「だから。超、ウケてるんですよ? 通常の面白かった~とかじゃなくて、誰が見てもそれとわかるくらい大ウケしてましたかってことです」

「そういわれると……。確かに、そんな言い回ししてるヤツが大爆笑してるのはなかなか見ないな。せいぜいが、ややウケくらいだ」

「でしょ。超ウケるっていったら、それこそ抱腹絶倒、お腹よじれてのた打ち回るくらい大笑いしてしかるべきじゃないですか。
 なのに、あの人たちはさほど面白くも無い事柄に対しても、超ウケるって言ってんですよ」

「そりゃアレだろ。若者の言葉が崩れてるってことなんじゃないのか? 意味が形骸化してるというか……」

「いえいえハインツさん。例えそれまでの意味にそぐわなかったとしても、簡単に若者文化だからだって切り捨てちゃうのは良くないです。
 そゆとこから老化は始まってくんですから、気をつけてくださいな」

「果てしなく余計なお世話だと言っておこう」

「ま、それはそれとして。私、気付いたんです。あの発言は、もしかすると真に文字通りの意味なのではないかと。超ウケるって言ってる人たちは、本当に言葉通りの気持ちでいるってわかったんです」

「どういう意味だ。ウケてないんだろ? お前の論調じゃ、見るからに大笑いしてなきゃおかしい筈だろうよ」

「そこです。私たちは、根本的なところで勘違いをしていたんです。
 あの言葉の『ウケる』とは、笑っちゃう~のウケるじゃ無く、ボールを受けとめるとかの『受ける』だったんですよ!」

「お、おう」

 ……どうしよう。コイツ、本当にどうでも良い話してきやがった。


「超、ウケる。つまりは超受け止める。アナタがしてきたくだらない話すらも、私は受け止めています。受け止めて、会話として成立させてますよっていう、言わば意志表明だったんです。
 だからあの発言をする人たちは、どこか気だるげに、それでいて面白くもなんとも無い発言に対してまで『超ウケるんだけど』を連発しているんですよ。そうすることでコミュニケーションが断絶してしまうことを防いでいるんです。
 これは見ようによってはとっても素晴らしい文化だと思いませんか? 乾燥した社会に潤いを与える、人間社会の潤滑油ともなりうる名言なんです。
 どうでしょうハインツさん。アナタもそうは思いませんか?」


 話しているうちに興がのってきたのか、後ろからガクガク俺の肩を揺らしながら話してくる。このまま返事を返さなければ、いずれ馬車の運行に差支え出るくらいの大揺れになってしまうだろう。

 少し離れた後ろの馬車からは、キャイキャイと黄色い声があがっている。
 どうせ和泉がなんかしたんだろうなぁ。あっちはメイドさんとキャッキャウフフしてて、俺はこの意味不明な会話の相手なのか。
 少しだけだが虚しくなる。だが、コレも俺の選んだ道なのだろう。


 何時にないほどキラキラした目で、「ねぇねぇ、どです?」俺の反応を窺う絹川。
 そんなコイツに、俺は万感の思いを込めて答えた。

「超、ウケるんですけど」
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