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第三十一話 死への恐怖

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「——ちょっと宜しいかな?」

 背後を向くとそこには支配人が立っていた。
 いつもの柔らかい雰囲気とは違う、空気がズシリと重い。
 俺は違和感を感じながらも返答する。

「こんばんは、どうかされましたか?」
「……いや何でもありません、気にしないでください」

 支配人はスタスタとその場を去った。
 不思議な人だ、みんなの前ではあんなに朗らかな人なのに、時々殺気の様なものを感じる。
 いや、俺が疲れているからそういう風に感じるのかもしれない。
 フェラルの恩人だ、悪い人ではないんだろう。

 俺はそのまま風呂に入り就寝した。

 **********************

 俺は目覚め、現実世界に戻る。
 今日は休日みたいなので、特にすることもない。
 フェラルの話を聞いた後なので、両親にはなるべく優しく接した。

 俺は一日中ネット配信のアニメを見て就寝した。

 **********************


「起きろ! お寝坊さんかよ!!」

 またフェラルの声が聞こえる。
 そうか、俺は清掃の仕事をしてるんだった。
 すぐに着替え、俺とフェラルは朝礼に向かった。

 朝礼ではその日の注意事項や従業員が感じた気になる点が共有される。
 今日の朝礼では、宿泊者の情報と庭の花々が野生動物に荒らされた話が共有された。
 話が終わると各々持ち場につく。

 俺とフェラルは昨日と同じく館内の清掃を始める。
 昨日の俺の働きを見たのか、今日は最初から個別行動だ。
 それが終わったら次は客室の清掃だが、これも手分けすることになった。

「じゃあアタイは西側から清掃していくから、レンは東側からな!」
「アイアイサー」

 俺は部屋の清掃に取り掛かる。
 やはり客のマナーがいいのか部屋はあまり汚れていない。
 これだと仕事をしている気がしないので、もっと丹念に清掃をしてみることにする。
 まずはカーテンレールの上、次は洗面所の配管周辺、最後にベッドの下だ。
 順調に清掃を進め、最後はベッドの下だ。
 俺は重いベッドを動かすと、思いの外大きなシミが現れた。

「これこれ、これでこそ清掃した気分になるってもんよ」

 大きなシミに近づく。
 黒いシミかと思っていたが、よく見るとどこか赤黒い。
 もしかしてこれって…… 血!?

「うわぁ!!」

 俺は思わず大きな声を出してしまう。
 それを聞いたのかフェラルが部屋に駆けつけた。

「どうした! 虫でもいたのか!」
「いや、ベッドの下に血痕が……」
「えっ」

 フェラルはベッドの下を見つめる。
 それが血と理解した瞬間、フェラルも悲鳴をあげた。

「何でこんなところに血が!?」
「俺も分からない、ベッドの下を掃除しようとしたらこんなものが……」
「とりあえず支配人に伝えよう……」

 フェラルは震えながらその場を去った。
 数十秒後、フェラルに連れられ支配人が現れた。
 ベッドの下の血痕を見て支配人は首をかしげた。

「おや、本当に血痕ですねぇ…… 最初に見つけたのはどちらですか?」
「あ、俺が…… ベッドの下を掃除しようとして……」
「なるほど、この血痕を見るに大分時間が経っている様ですし、清掃するのは難しそうですね」
「そうですね……」
「じゃあもうこれはこのままにしておきましょう、ベッドを元の位置に戻しておいてください」
「元の位置に…… ですか?」
「はい、頼みますよ」

 そう言って支配人は部屋を後にした。

「こんな血痕があるなんて知ったらみんな泊まりたがらないよな……」
「でも支配人がこのままって言ってたし、ベッドを戻すしかないんじゃねぇか?」
「そうだな、よっこいしょっと」

 俺はベッドを押して元の位置に戻した。
 よく考えたら支配人の反応はあっさりしていたが、もっと驚いてもいいんじゃないだろうか。
 普通自分の宿にこんな血痕があるなんて知ったらもう少し驚くと思うが。
 まさかここに血痕がある事を知っていたのか?
 ——考えすぎか。

 衝撃的な出来事があったものの、俺とフェラルは今日も無事に仕事を終えた。

「明日あの部屋清掃したくないな、何か怖いわ……」
「そうだな、でも東の方はレンの担当だ、明日も頼むぜ!」
「あっ、ちょっと待て!」
「言うの忘れてた、俺と一緒に行動してるやつが料理できるらしいんだ。 シェフの仕事にも前向きなんだけどどうかな?」
「本当か、そいつはいい知らせだ! あの大きい方のねーちゃんか?」

 フェラルの中では多分大きい方のねーちゃんはレナで、小さい方がセリカなんだろう。

「ああ、その大きい方だ」
「分かった! 早速一緒に支配人のところに行こう!」
「部屋にいるかちょっと見てくる」

 俺はレナとセリカの部屋に向かった。

「レナいるか?」

 木製の扉が開く。

「どうされました?」
「昨日の話の続きをしたくて」
「シェフの話ですか?」
「ああ、いきなりなんだけど支配人に話をしに行かないか?」
「分かりました」
「よし。 あれ、セリカは?」
「ハウエル様のところにお手伝いに行ってます」

 ちゃんとハウエルに仕事の話をしてたのか、偉いぞセリカ。
 レナを連れ、俺たちは支配人の部屋に向かった。

「支配人! 今度こそシェフ候補連れてきたぜ!」
「そうですか、入ってください」

 俺たちは扉を開き部屋に入る。
 支配人は窓のそばに立ち外を見つめていた。

「レン君の隣の彼女がシェフに?」
「ああ、料理もできるって話だぜ」
「なるほど即戦力ですな、まずはお試しで今日の夜厨房に立ってみませんか? 給料は1日銀貨1枚です」
「はい」
「じゃあそう言う事で、話は通しておくから夕方には厨房に向かってください」
「分かりました」

 レナは相変わらず淡々とした受け答えだ。
 お試しではあるもののレナは無事仕事を得た。

 俺は一度部屋に戻り、荷物を準備してハウエルの所に向かった。
 ハウエルの店を覗くとセリカがエプロンをつけて会計係をしていた。
 会計なんてした事ないのが遠目でもわかる、お釣りの渡し方だけでなく営業スマイルまでもがぎこちない。

「セリカ、まさか今日から働いてるとは思わなかったぞ」
「あ、いらっしゃいませ……! 昨日の帰りにお話したらすぐオッケーいただきまして」

昨日の事があったからか、視線が合わない。
セリカはエプロンの裾をモジモジと擦っている。

「セリカちゃん頑張ってるわよォ、アンタも今くらい頑張って修行してくれればいいんだけどねェ」
「こっちは毎回死にかけてますよ!!」
「そんなんじゃまだまだね、今日は本気出して殺しちゃおうかしらね」

 ハウエルは冗談で言ってるんだろうが、それが簡単にできるんだろうから笑えない。
 俺たちはいつも通り訓練所に移動して模擬戦を始めた。

「さっき言った事、本当よ」
「え?」
「覚悟しなさい」

 ハウエルの声色が変わる。
 これまでとは放つ殺気の質が違う。
 冷や汗が止まらない、足が震える、思考が纏まらない。
 俺はハウエルの言葉の意味を理解した。
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