二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

文字の大きさ
上 下
40 / 43

四十話 時は来た

しおりを挟む
「母さまの交渉は破綻しています。本当に白峰さまの主を狙う真の敵がここにいるのは私にもわかります。でも、母さまは生物を操れると言ったではないですか。適当な名を出し後で怪しい行動をさせることで、自分の言葉を真実にできるのです」

 本当に当事者が起こしたことなのか。母が操って起こしたことなのか。

 白峰の主を殺そうとしている者がいても、母が存在するだけで悪事の責任は曖昧になってしまう。

「娘に救われたな、玉藻御前。お前が誰かの名を言っていたら私が斬っていたところだ」

 白峰も母の交渉の破綻には気づいていたようだった。

「白峰さま、少し私の……葛の話を聞いていただけないでしょうか?」

「母よりは娘の方が、まだ話す価値がありそうだ。言ってみろ」

 母の方を見ると頷き『任せました』と憑依で私だけに伝えてきた。おそらく母は、始めからこのつもりだったのだろう。自分が悪役を引き受け、私という和解を引き立てる。五年も時間があって、母が自らの交渉の破綻に気づかないとは思えなかった。

「君護さまの命を狙う者がいるのは事実です。ですが、それは心を読んで発見したことにすぎません。まだ、何も行動に移していないのです。思考の段階の悪事で誰かを裁くことは許されないと私は思います。心は生物に許された聖域だと私は考えます」

「お前たち妖狐が生きている限り、お前の言う生物に許された思考という聖域は踏みにじられるのではないか?」

 的確に問題点を挙げる白峰の表情は冷静だった。

 反論の余地はなかった。まさにその通りである。だが、その上で私は提案するしかなかった。和解という道を。

「その通りです。私たち妖狐が生きている限り、生物に心という聖域は意味を成さなくなります。それでも私たちは生まれてしまったのです。そこで提案をします。私たち妖狐を天狗の傘下に加えませんか? 聞けば白峰さまと君護さまは良き世を目指して奔走しているとのこと。私たち妖狐は密告をしません。ですが悪を成そうとする者をいち早く見つけ、実際に行動に移しても最小限の被害で抑える策を講じます。もう白峰さまが、敵を警戒することに神経をすり減らす必要はないのです」

 私は白峰の心象風景を思い出しながら話していた。あの光景が健全なものとは到底思えなかった。私の勝手な解釈であるのは理解している。それでも……あの光景を覆す何かを提示できないと私たち妖狐と白峰はわかりあえることはできないと思っていた。

「妖狐の力を世界の抑止力として使えとでも言うのか……?」

「そんな、大げさなものではないのです。君護さまを守るという手段にだけにお使いください。他のことにまでとは出過ぎた真似です」

「お前は、我が主の何を知っているのだ?」

 白峰は純粋な疑問の表情をしていた。私が知ったかぶりをしているわけではないと見抜いており、どこまで知っているのかを確かめようとしているのだとわかった。

「白峰さまが最初に予言を受けた、その時からです」

 白峰は眼を見開いて始めて驚いた素振りを見せた。そして、特大剣に手をかけた。

「主の心も踏みにじっているのか……万死に値するぞ」

 今にも私に斬りかかってきそうな白峰を心配して忍が私の前に出ようとしたが、それを手で制止して私は白峰に一歩近づいた。

「いいえ……白峰さま、これで対等ですよ。あなたは、私の父と忍の家族を殺したのです。私は白峰さまのことを許したわけはないですよ。でも、今後のために私は復讐の道を捨てて和解の道を選ぶのです。物事を進めるには理不尽を飲み込むことが必要なのです。私は父の犠牲に報いるために妖狐の自由を求めます」

 白峰は私の隣にいた忍の方を見た。

「おい、そこの少年。その女はこんなことを言っているぞ。お前は私を殺したくてたまらないのではないか? 家族を殺した私が憎くはないのかッ?」

 気持ちの高ぶる白峰と対称的に忍は冷静だった。忍は私の肩に手を置いて、一瞬私と目を合わせると白峰を見つめた。

「葛の言った理不尽を飲み込むしかないという言葉は俺の引用だ。俺もそう思っている。守れなかったものよりも、これから守れるかもしれないものに俺は命を懸けたい。葛だって守ってみせるし、葛が白峰の主を守りたいと言うなら、主だって守ってみせよう」

 動揺する白峰に畳みかけるべく私は、白峰の手首を掴むと特大剣を私の首元へ突きつけさせた。腕を振れば私の首を落とせる。そんな状況でも、私は斬られないという確信があった。だからこそ、一歩前へ踏み出せた。

「隠された悪意など気味が悪くありませんか? 私も忍も、悲劇の全てを飲み込んだ上で和解を提案しているのです。私がこの思いに至るまでを知れば必ず、白峰さまは納得できるはずです。理解できたなら、私たち妖狐と和解できる道を共に歩めるはずです」

 そのために私は記憶という巻物を準備してきたのだ。ついに時は来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...