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二十六話 明かされた正体

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 私は露店の方へと向かっていくと、本当に天狗の姿が見えてきた。
 女の天狗で白峰でないことはすぐにわかった。だが、面をしていなかったことから大天狗と理解して私の緊張感は一気に高まった。
 鞍馬とも違う女の大天狗は私を見つけると心底機嫌悪そうに睨みつけた。前髪を水平に切り揃えた武家の姫のような髪型に典型的な山伏姿の天狗の姿をしていた。
「わたしは清水坊愛宕纏しみずぼうあたごまとい。あなたが玉藻の娘?」
「そうです。私になんの用事があって来たのですか?」
 もうここで私の正体が、ばらされることをなんとなく覚悟していた。そうなった時にどうなるのか考えたくもなかった。
「水はね……わたしの領域なの。勝手に凍らせたりしないでくれる?」
 愛宕は目を瞑り、パチンと指を弾いた。すると地響きとともに、凍っていたはずの洪水が一気に流れ出した。昨日まで露店があった区画はあっという間に濁流に飲み込まれた。
「町を壊しに来たのですか?」
 私の問いに愛宕はため息をついて答えた。
「水をあるべき姿に戻しただけ。本当の目的はあなたに独りになってもらうこと。妖怪は妖怪らしく生きろ。それがわたしたち天狗の決定。この群衆の前で、これだけ言えば十分でしょう。じゃあね」
 愛宕は黒い双翼で大きく羽ばたくとあっという間に見えないところまで飛び去ってしまった。
 たしかに愛宕の言う通りだった。
 町民は私を警戒の眼差しで見つめ、距離をとりはじめていた。そこへ一人の商人の男が叫んだ。
「誰か、忍さんを呼び戻せ! こいつは妖怪だ!」
 四方に人が数人、走り出したのと同時に、近くにあった鍬などの農具を町民は手に持ち私に向けた。その表情は皆、恐怖や不安に満ちたものだった。
 私は腰に差していた刀を地面におくと、両手を挙げて敵対の意思が無いことを示した。
「おまえは何者なのだ!」
 町民の一人が必死の形相で私に鍬を突きつけながら問いただした。
「私は妖狐です。人間に紛れて暮らしたかった、それだけです」
 変化を解き、耳と三本の尾を出して本当の姿を見せると、どよめきが広がった。
「この町を出ていきますので、ご心配なく。最後に忍に挨拶させてください」
 もう、町を出ていくしか道はないと思った。
「なんだと! 忍さんを誑かしているのかッ。そんなことさせないぞ」
 そこへ伊世の声が群衆の奥から聞こえてきた。
「天狗が飛んでいったと思って見に来たらとんでもないことになってるねぇ」
 伊世はこの状況で、どう振る舞うのかわからなかった。でも、私の味方をして孤立することだけはして欲しくなかった。
「伊世婆様! 実は葛の正体は妖狐でした。危険です近付かないでくださいッ」
 町民のそんな警告も無視して伊世は私の目の前に立った。
「あの天狗に正体をばらされたとか、そんなあたりじゃろう?」
 私は頷くしかなかった。
「伊世婆様、もしかして正体を知っていたのですか?」
 困惑する町民は伊世に詰め寄った。
 冷静さを欠いた町民を一睨みしてひるませると伊世は町民の一人から鍬を奪い取り地面に投げ捨てた。
「散々世話になっておいて、人間じゃないとわかった”くらい”でなんじゃッ。清兵衛! 洪水が起きた日に私が川沿いを歩くのを見ておるな?」
 清兵衛と呼ばれた商人は「はい……」と頷き、すかさず伊世は続けた。
「なら何故、私は生きておると思う? 葛さんに助けられたからじゃ。そのまま川沿いを歩いていたら間違いなく死んでおったじゃろう」
「伊世さん……だめです。このままでは町の人を敵に回してしまいます」
 私に微笑み、肩を叩くと伊世は再び聴衆へ向いた。
「川を凍らせたのは、雪女じゃない。葛さんじゃ。一日寝込むほどの力を使い、町を救ったのじゃ。私たちには葛さんへ恩がある。それでも、追放を望む声が多いのなら私は仕方がないと思う。だが、議論は尽くさねばならぬ」
 伊世の力強い演説に町民は気圧され始めていた。
「今宵この場所に町民全員を集めよ。葛さんの追放について是非を問う議論を行う」
 町の開拓に尽力した影響力がある人物にしかできない演説だった。
 この場にいる商人たちは、伊世夫妻に恩義を感じる者がほとんどであった。だからこそ、一概に伊世を妖怪の味方をした老婆として軽んじることができなかったようだ。
 伊世の演説を聞いて、町民の呟きが聞こえてきた。
「いや、それでも妖怪は妖怪だ、やはり危険なのではないか……」
「だが洪水が起きた日、佐倉町はただの曇りだった。洪水の危険など、誰も考えていなかった。あのまま洪水に襲われていたら何人死んだか、わかないぞ。本当に恩人かもな」
 町民の声からは賛否に分かれた様々な意見があるようだった。
 しかし伊世がしてくれた演説は私のために自分の信頼を投げ捨てるようなものだった。
「伊世さん……ありがとうございます」
「構わぬよ。恩人を守るのは当たり前のことじゃ」
 そこへ忍が現れ、事態を飲み込めずにきょろきょろと様子を見ていると、伊世は手を振って忍のことを呼んだ。
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