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二十二話 運命と対峙した重み

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 父ならどうする? 母ならどうする? 相手は生物ではなく自然現象。それならば父の出番だ。つまり変化を使って場を治める方法があるはずだ。

 考えている間にも濁流は町へと迫っていく……。

 追い込まれた私は、唐突に冬場に見た光景を思い出した。寒さによって川の一部が凍り付き、その上を小動物たちが通っていった。

 思い立った瞬間に鷹の姿をしている私の体は真っすぐ濁流に向かって、急降下していた。濁流に突っ込むと、私は一度水に変化して川と一体化し、次に氷へと変化した。

 私の氷の体が広がるのを感じながら、力の続く限り氷の体を広げることを意識することにした。上流に向かって川を上るような光景を見た気がする。

 だが、急な眠気が襲ってきて、それに抗うことができなかった。恐らくは限界というやつなのだろう。

 私の意識は完全に途絶えた。



 私が目を開けると懸命に走る忍の姿を間近から見上げている光景がそこにはあった。忍の腕に抱かれ運ばれていたのである。

「私……寝てた?」

「おっ起きたか。なかなか大ムカデが現れないと思って見に来たら、洪水が川ごと凍っていた。葛がやったんだろう?」

「少し予定外のことがあって……」

「だろうな……皆の避難は済んでる。今は安心して運ばれておけ」

(私……出来たんだ……!)

 忍の言葉を聞いて心の底から安心した。間違いなく、今までで一番大規模な変化だったと言えるだろう。

 忍に抱きかかえられながら横目に見える川の水は、ちょろちょろと膝下くらいの水量しか流れていなかったのだから、洪水は完全に凍らせることができたのだろう。

 水量が少なくなり、ぴちぴちと川底で跳ねている魚には悪いことをした、と少しの反省をしつつも町を救えたことが誇らしかった。

 心地良い達成感があったが、空気すら重いと感じてしまうほどの大きな疲労感に私は、すぐに眠りに落ちてしまいそうだった。

 意図せず忍の腕に抱かれることになり、この状況を楽しみたい気持ちが私を眠らせなかった。力なく忍に体を預け、ただ町へ運ばれていくことにした。

 忍は歩く先を見て歩くばかりだった。私がじっと忍の顔を見ていると一瞬だけ目が合い、忍は慌てて目を逸らした。

「どうしたの?」

 我ながら意地の悪い質問だった。「別に……」と、はぐらかす忍が面白おかしかった。ぐっと私を支える手が力むのには思わず笑ってしまった。

「ねぇ忍……言い訳どうしようか?」

「氷関係の妖怪のせいにしておけばいいんじゃないか? 葛が戦闘中に洪水が迫ってきて、洪水を凍らせる隙を突いて倒すことに成功したが、葛も攻撃を受けてしまった、とかはどうだろうか?」

「氷関係……雪女しか知らないわ。まぁ、言い訳としては良いでしょうね」

 正直、今の私が雪女と戦って勝てるかは未知数だが、言い訳としては十分だった。誰も本当だと証明できる者はいないが、嘘だと証明できる者もいないはずだ。



 忍は長屋にある私の部屋に着くと、私を寝かせて、すぐ近くに座った。私に背を向けて入り口を見ていた。

 私は忍の手首を掴むと、忍の掌を私の額に押し付けた。

「……私、頑張ったと思うのだけど」

 忍は意図を理解したようで、ため息をついて「はいはい」と呆れながら私の額を撫でた。尻尾を出していたのなら、ゆさゆさと無意識に揺れてしまったことだろう。

「あまり……無理するな」

「伊世さんが川沿いを歩いていたの。だから計画を変更するしかなかった。町も伊世さんも助けるには、洪水を凍らせることしか思い付かなかったの」

 忍は「そうだな……」と呟き、それしか方法がなかったことを察したようだった。

「雪女の接近を口実に見回り強化を町長に具申しておいてくれるかしら……。見回りという名の『狩り』をするわ。周囲の妖怪を根こそぎ狩りつくして忍の身体能力を最大限強化するから」

「疲れている割には、たくましいな。……安心したよ」

 その時、私は忍が精神的に疲れていることに私は気付いた。途端に私の中で、罪悪感が広がり始めた。

「心配させて、ごめんなさい。横になって大分、楽になったから忍は町長に報告に行ってきて……。あと、伊世さんが町にいるか確認してもらえるかしら?」

「あぁ、わかった。行ってくるよ。昼寝でもして回復に専念しておいてくれ」

 忍は戸を開けると、一瞬だけこちらを見て微笑むと町長の所へ向かっていった。

 私は置いてあった櫛に手を伸ばすと、握りしめて眼を閉じた。ふと、この櫛をちゃんとした入れ物に入れておきたいと思った。床に置いておくにはもったいないという抵抗感がふつふつと湧いてきたのだ。

 しかし気が抜けたのか急な眠気に襲われ、抵抗することもせずに身を任せ心地良い眠りに落ちていった。



 慣れた手つきで頭を撫でられる感覚がして私は目を覚ました。

 と、思ったら夢を見ているのだと気がついた。それは母に膝枕をされていたからだ。忍のぎこちない撫で方でないと思ったら、よりにもよって母だった。

 しかし、母が出てくる夢の割には景色が佐倉町の長屋だった。五年前まで住んでいた山奥の小屋ではなかったのは意外だった。

「母さま……私、死ぬらしいです」

「どうかしら……葛は予言を変えられることを証明したのよ?」

 その時、私は全身に力がみなぎるのを感じた。鞍馬の予言を思い出したのだ。私は洪水を凍らせて町を守ったではないか。

『洪水により大きな被害が出ます』

 被害が出ると鞍馬は明言していたではないか。実際に洪水が起きたことから、鞍馬は本当に未来を知ることができるのだろう。

 だが、被害が出るという未来は、行動で変えることができた。

「未来を変えるには最善の、その先に道があるのかも。忘れないでね……葛」

 母は私の額を撫でながら呟いた。すると再び眠気が強くなり意識が遠のいていった。



 ふと体が痛くなり、私は目を覚ました。握りしめていたはずの櫛を手に取ると髪を梳いて戸を開けて外へと出た。日の位置はそんな変わっていないことから、あまり長く寝なかったと一瞬錯覚してしまった。

「やっと起きたか。でも、一日寝てただけあって元気そうだな」

 忍の言葉で日が一周してしまうほど、長く寝たことに気付いた。

「ちょっと長く寝すぎたかも……でも、元気になったわ」

 大きく伸びをしたくなってしまうほど、体が凝り固まった感じがするが昨日よりは全然調子が良いのは間違いない。

「そうだ、町長から見回りの強化を認めてもらった。あと伊世さんは町で会えた。葛に礼をしたいと言ってたから、時間のあるときに会ってあげてくれ」

「よかった……。今日はどうする予定?」

「町長としては、どっちかは旗の下にいてもらって依頼をこなして欲しいと言ってたから悪いんだが葛にお願いしても良いか?」

「わかった……。まぁ、町長としては妥当な判断ね。忍は、たくさん妖怪を狩ってきて」

 忍は「行ってくる」とだけ言うと町の外へと向かっていった。

 私は、旗の下に向かう前に伊世のところへ寄って顔を出していこうと思い、商店の方へと歩き始めた。歩きながら思考を巡らせていた。

 これが私と忍に刻限に備えて行える『最善』の準備である。しかし、夢での母の言葉が頭に引っ掛かっていた。

『未来を変えるには最善の、その先に道があるのかも』

 夢にしてはずいぶんと明確にやりとりを覚えている不思議な光景だった。しかし、常に最善を越えようとする意思が大事ということには同意できる。私には、まだできることがあるはずである。

 それが運命を乗り越えるために必要なのだ。
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