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十七話 理解した因縁
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しかし私が、忍の過去を第三者として見ることで思うところがあった。
白峰が言った『奴』とは恐らくは鞍馬のことを指している。『お前も』と口にしたことから、白峰もまた鞍馬のお気に入りである。
この二点の仮説は天狗の関係性を考察する上で大きな手がかりになりそうな糸口になる手応えがあった。
しかし、まだ忍は大太刀を手にしていない。その場面を確認するまでは記憶の探索は終えられない。私は時間を進めた。
忍はぼろ雑巾のようなみすぼらしい格好で放浪しており、頬がこけるほど痩せ細っていた。手には脇差が握られている。
そこへ忍の背丈と変わらないくらいの大きさをした猪の妖怪と遭遇してしまったのだ。十五歳の忍が万全な状態でも倒すことが難しそうな妖怪である。それなのに今の忍は戦う力すら持ち合わせてすらいなかった。
だが、忍と猪の間に突如として大太刀が天から地面に突き刺さったのだ。
忍の身の丈と同じくらいのある刃渡りを持つ大太刀は、武器として使おうという発想を持つことすら困難に思えた。それでも、吸い寄せられるように忍は大太刀の柄を握ると、途端に精気溢れる顔つきに変貌して大太刀を抜刀した。同時に突進してきた猪の妖怪に向かって唐竹に振るうと猪は左右に分かたれた。
(大太刀を手にしたのは両親を失ってからだったのね……でも、このあとは……また、忍が苦しむことになる……)
退治屋という道を選び仲間を失うという、さらなる悲劇が待ち構えているのだ。
こんな人生を送る人物がお気に入りだという鞍馬とか言う天狗も、すでに私は嫌いになり始めていた。
だが……ふと私は白峰のことも、鞍馬のお気に入りである可能性を思い出した。
(白峰も悲劇に満ちた人生を送ってきているのか?)
私は一瞬、同情しかけたが改めて考えなおすと鼻で笑ってしまった。むしろ逆ではないかと思ってしまったのだ。
(奴は悲劇を振り撒く存在だ。同情などする価値など断じてない)
もう十分だと感じ、私は記憶の探索を切上げた。
「ふぅ……見てきました」
「すごいな、一瞬だったが必要な情報は得られたか?」
よくはわからないが、記憶を見ている間は現在の時間は進まない。何度か試したが共通していたことから、そういうものなのだろう。生きていれば母に聞いてみたいものだ。
「私の父と忍さんの父は交友関係にあったようです。でも……それが原因で忍さんの両親は白峰に目をつけられたとも言えます。何と言ったらいいか……」
「そうか。無条件に受け入れられる話では……ない、な」
流石の忍も俯いて悔しさを滲ませている。
「一応、仮説ですが伝えておきます。忍さんが白峰に殺されそうになった時、制止したのは恐らく鞍馬です」
「そうだった……あの時も俺は、お気に入りと間接的に言われていたんだったな。そう言われてみれば、白峰も自分が鞍馬に気に入られていることを匂わせる言い方をしていた気がする。お前も……なんとかと言っていたしな」
「そうです。そして白峰は鞍馬のことを悪趣味な奴と評しました。それでも忍さんを見逃せという、天狗の意向にも反することに同意した……。やはり、鞍馬は独断で動いていることを補強する判断材料が多いです」
鞍馬の時間に干渉する能力は、妖狐の憑依など霞んでしまうほど驚異的な能力である。それを隠し通すことで八大天狗の地位にいるのだろう。
「私たち妖狐も鞍馬のように能力を隠し通したら他の妖怪に迫害されなかったのですかね……?」
「隠している間は迫害されなかったんだろうな。でも、どこかで自衛の限界が来て、使うしかない状況になってしまったんじゃないか?」
そんなことだろうとは思いつつも私は聞くしかなかった。むしろ、他の妖怪を敵にしながら、よく千年生きたものだと両親を認めなくてはいけないのだろう。
「鞍馬のことは正直、手に負えないと俺は思う。あの白峰の方がまだ勝ち筋があると思ってしまうほど、時間への干渉は絶対的な力だった」
忍は肩を落としため息交じりに呟いた。私も「そうですね」と同意するしかなかった。
「……鞍馬の力は絶対的かもしれないけど、運命までは絶対ではないと俺は信じたい」
「いくら弱小三尾妖狐の私でも簡単に死ぬつもりはありません。全力で抗ってみせます」
私の前向きなのか、後ろ向きなのかわからない言葉に忍は苦笑いを浮かべたが、何かに気付いたように目を丸くした。
「白峰も俺と同じなんだろうか……例えば親しい誰かの死を鞍馬から予言されているとか……」
「それはありえるかもしれません。白峰は何かと『安定』という言葉を使っていました。安定した状況を目指すことで誰かの死の運命を回避しようとしているのでしょうか?」
「だとしたら、白峰は強敵だ。守るものがある奴は必死になれる」
白峰の必死さと言ったら、私の両親を殺しに来た時に感じたではないか。徹底的に妖狐を研究して対策を講じてきていた。強さもさることながら、勤勉さも恐ろしい。
私を十日後に殺す者が本当にいるとしたら間違いなく、それは白峰だ。数多の血をすすった岩塊のような特大剣が私の首を落とすのか、はたまた袈裟切りにされるのか。
急に怖くなってきた。
(覚悟していたはずなのに、想像していたはずなのに)
白峰が言った『奴』とは恐らくは鞍馬のことを指している。『お前も』と口にしたことから、白峰もまた鞍馬のお気に入りである。
この二点の仮説は天狗の関係性を考察する上で大きな手がかりになりそうな糸口になる手応えがあった。
しかし、まだ忍は大太刀を手にしていない。その場面を確認するまでは記憶の探索は終えられない。私は時間を進めた。
忍はぼろ雑巾のようなみすぼらしい格好で放浪しており、頬がこけるほど痩せ細っていた。手には脇差が握られている。
そこへ忍の背丈と変わらないくらいの大きさをした猪の妖怪と遭遇してしまったのだ。十五歳の忍が万全な状態でも倒すことが難しそうな妖怪である。それなのに今の忍は戦う力すら持ち合わせてすらいなかった。
だが、忍と猪の間に突如として大太刀が天から地面に突き刺さったのだ。
忍の身の丈と同じくらいのある刃渡りを持つ大太刀は、武器として使おうという発想を持つことすら困難に思えた。それでも、吸い寄せられるように忍は大太刀の柄を握ると、途端に精気溢れる顔つきに変貌して大太刀を抜刀した。同時に突進してきた猪の妖怪に向かって唐竹に振るうと猪は左右に分かたれた。
(大太刀を手にしたのは両親を失ってからだったのね……でも、このあとは……また、忍が苦しむことになる……)
退治屋という道を選び仲間を失うという、さらなる悲劇が待ち構えているのだ。
こんな人生を送る人物がお気に入りだという鞍馬とか言う天狗も、すでに私は嫌いになり始めていた。
だが……ふと私は白峰のことも、鞍馬のお気に入りである可能性を思い出した。
(白峰も悲劇に満ちた人生を送ってきているのか?)
私は一瞬、同情しかけたが改めて考えなおすと鼻で笑ってしまった。むしろ逆ではないかと思ってしまったのだ。
(奴は悲劇を振り撒く存在だ。同情などする価値など断じてない)
もう十分だと感じ、私は記憶の探索を切上げた。
「ふぅ……見てきました」
「すごいな、一瞬だったが必要な情報は得られたか?」
よくはわからないが、記憶を見ている間は現在の時間は進まない。何度か試したが共通していたことから、そういうものなのだろう。生きていれば母に聞いてみたいものだ。
「私の父と忍さんの父は交友関係にあったようです。でも……それが原因で忍さんの両親は白峰に目をつけられたとも言えます。何と言ったらいいか……」
「そうか。無条件に受け入れられる話では……ない、な」
流石の忍も俯いて悔しさを滲ませている。
「一応、仮説ですが伝えておきます。忍さんが白峰に殺されそうになった時、制止したのは恐らく鞍馬です」
「そうだった……あの時も俺は、お気に入りと間接的に言われていたんだったな。そう言われてみれば、白峰も自分が鞍馬に気に入られていることを匂わせる言い方をしていた気がする。お前も……なんとかと言っていたしな」
「そうです。そして白峰は鞍馬のことを悪趣味な奴と評しました。それでも忍さんを見逃せという、天狗の意向にも反することに同意した……。やはり、鞍馬は独断で動いていることを補強する判断材料が多いです」
鞍馬の時間に干渉する能力は、妖狐の憑依など霞んでしまうほど驚異的な能力である。それを隠し通すことで八大天狗の地位にいるのだろう。
「私たち妖狐も鞍馬のように能力を隠し通したら他の妖怪に迫害されなかったのですかね……?」
「隠している間は迫害されなかったんだろうな。でも、どこかで自衛の限界が来て、使うしかない状況になってしまったんじゃないか?」
そんなことだろうとは思いつつも私は聞くしかなかった。むしろ、他の妖怪を敵にしながら、よく千年生きたものだと両親を認めなくてはいけないのだろう。
「鞍馬のことは正直、手に負えないと俺は思う。あの白峰の方がまだ勝ち筋があると思ってしまうほど、時間への干渉は絶対的な力だった」
忍は肩を落としため息交じりに呟いた。私も「そうですね」と同意するしかなかった。
「……鞍馬の力は絶対的かもしれないけど、運命までは絶対ではないと俺は信じたい」
「いくら弱小三尾妖狐の私でも簡単に死ぬつもりはありません。全力で抗ってみせます」
私の前向きなのか、後ろ向きなのかわからない言葉に忍は苦笑いを浮かべたが、何かに気付いたように目を丸くした。
「白峰も俺と同じなんだろうか……例えば親しい誰かの死を鞍馬から予言されているとか……」
「それはありえるかもしれません。白峰は何かと『安定』という言葉を使っていました。安定した状況を目指すことで誰かの死の運命を回避しようとしているのでしょうか?」
「だとしたら、白峰は強敵だ。守るものがある奴は必死になれる」
白峰の必死さと言ったら、私の両親を殺しに来た時に感じたではないか。徹底的に妖狐を研究して対策を講じてきていた。強さもさることながら、勤勉さも恐ろしい。
私を十日後に殺す者が本当にいるとしたら間違いなく、それは白峰だ。数多の血をすすった岩塊のような特大剣が私の首を落とすのか、はたまた袈裟切りにされるのか。
急に怖くなってきた。
(覚悟していたはずなのに、想像していたはずなのに)
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