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十四話 新しい日常の始まりだと思っていた

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 私は妖怪退治と大きく書かれた旗の下で丸太に座りながらも、心はそわそわと浮足立っていた。忍からの贈り物が楽しみだったのだ。幸い、退治の依頼はまだ来ていない。

 一人、若い商人の男が近づいてきた。昨日、味噌汁と焼き魚を差しれてくれた人だ。

「葛さんでしたっけ……忍さんはどちらにいますかね?」

「今日は買い物の用事があるみたいで……しばらくしたら来ると思います」

 すると商人の男は首を傾げて考えこんでしまった。

「そうですか……なら葛さん。少し時間をもらってもいいかな?」

「もちろんです。昨日はいただいた差し入れ、おいしかったですよ」

 若い商人は嬉しそうに微笑み、私は市場にある彼の区画へと案内された。



 野菜が吊るされていたり、壺には活きのいい魚が泳いでいた。

 商人の男は吊るされている野菜を集め始めると、私に包丁とともに野菜を渡してきたのだった。幸い調理については母から教わっていたので、知識だけはあった。

「今日、この町で祭りをやるんですけど、うちが炊き出しの担当でしてね。野菜を切るのを手伝ってもらっていいですか? 見ての通りなかなか量がありましてね」

「わかりました。お任せください」

「お、そうかい。すまないね。まずは、大根をいちょう切りにしておいてくれるかい」

 若い男の方は肉の方を調理し始めた。あれは豚肉だろうか。

「しっかし、あの一匹狼の忍さんが相棒を選ぶなんて意外で、商人の皆は驚いていたんだよ。それに別嬪の女剣士ときた。やはり葛さんも、そんな細い体で腕が立つんだろう?」

「そこらの雑魚妖怪には負けたりしませんよ。……そこらの雑魚には……ね」

 私は思わず大根を切る手に力が入りながら答えた。

「いやいや、大妖怪が襲いに現れるなんて滅多に聞かない。雑魚妖怪でも安心して任せられる忍さんや葛さんがいるだけで十分頼もしいよ」

(町民としては当然の認識か。大妖怪の退治を目的にしている退治屋なんて私くらいだ)

「忍さん、気難しそうに見えるけど悪い人じゃないんだよな。いろいろ経験してきたんだろうなって感じがするというか……」

 他者との壁が分厚いことは近くで見ていると、よくわかった。私にだけ、壁が薄いのは少しだけ独占欲を満たして気分がよかった。

「忍さんはここに来てどれくらいですか?」

「二年くらいかな。元は流離の退治屋だったらしいけど」

 そういえば、私は忍のことをまだまだ知らない。

 そもそも、何故ただの人間の家族を白峰は襲ったのだろうか。襲われたのは大太刀を手にしてからなのか、その後なのか。

 言葉を喋る大妖怪にもなると人を喰って力をつける必要が無くなる。もっと効率の良く力をつける方法を見つけるからだ。妖狐で言えば感情を向けられることなどだ。

「そういえば、忍さんは祭りがあるなんて言ってませんでした。やはり、参加したがらないのでしょうか?」

「あぁ、そうなんだ。準備なんかは手伝ってくれるから、皆は文句を言ったりしないけど……忍さんは寂しくないのかな?」

 私は大根を切りながら「どうでしょうね……」と呟くだけに留めておいた。

 ただの商人が忍と同じことをしようものなら村八分で追放されかねないが、実績を出しているからこそ忍は黙認されているのだろう。

「大根は切り終わりましたよ。次は何を切りますか?」

「そうだなぁ……次は……って、葛さん意外と不器用だね。まぁ、うん。少し皮を切りすぎだけどまぁ許容範囲かな」

「すっ、すみません。精進します」

 やはり、経験の伴わない知識だけでは未だにできないことも多い。



 そんな調子で朝から昼時まで、ずっと私は野菜を切り続けた。大きな鍋には具沢山の味噌煮込みが完成して、昼食として一杯をご馳走になった。

 人間の食に対する発明は関心するばかりだ。思わず味噌を最初に発明した人間には感謝を直接言いに行きたいくらい、私は味噌という存在を評価している。

 私が旗の下に戻るころには、忍が買い物を終えて先に戻っていたようだった。

「今日は祭りなんですね。言ってくれればよかったのに」

「参加する気がなかったから、すっかり言い忘れてたよ。祭りがあろうと無かろうと俺たちがやることは、あまり変わらない。ここに座って依頼を待つ、それだけだ」

 私も丸太に腰を下ろすと早速の依頼人が思しき人物が見えた。

「あぁ、ほんとうに……女の人が真っすぐこちらに向かってきますね」

 農家と思しき、土に汚れた着物のままの女性が私たちの前で立ち止まった。

「あの……あなたたちが忍さんと葛さんですか?」

「退治の依頼か? 町長の許可証はあるか?」

 農家の女性は怪しい微笑みを浮かべると口を開いた。

「そんなものないですよ。だって私はあなたたちとお話しをしに来ただけですから」

 妖気を感じて、刀に手を伸ばそうとしたが、私の体は一切動かなかった。それどころか視線を動かすことすらできなかった。視界の端では水を運んでいる商人の桶から波打った水が微動だにせず止まっていた。

 まさに時間が止まっていたのである。

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