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六話 私は怒っていた

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 小屋で過ごした、あの慎ましくも穏やかな時間は、今や五年前の出来事だった。

 季節は春と夏の間くらいだろうか。段々と暑い日が多くなり始めていた。

 両親の優しさを思い出して私は支えられ、白峰という天狗の姿を思い出しては、怒りを糧に前に進む力を捻り出していた。

 しかし、五年経った今でも父の使っていた大太刀は見つけることができていなかった。あれから、私はほぼ人間として振る舞い、妖怪退治屋として生計を立てて暮らしながら大太刀を探していた。人間社会では、戦乱による死者、飢餓きがや病の蔓延により小妖怪の発生が多発して妖怪退治屋という職業の需要が増えていた。女の身でも結果さえ出せれば生活には困らなかったので都合がよかった。

 今、目の前にいる小鬼二体は今日の退治依頼だ。

 赤黒い表皮をして、手には脇差を握りしめて威嚇するような唸り声を上げていた。

「ゥウーッ」

「はぁ……」

 思わずため息が出る。多くの依頼がこのような理性も持たない有象無象の小妖怪が対象だった。幸い大妖怪の中でも上位に君臨した両親の血を受け継いだこの体の身体能力は、いつも退治するような小妖怪相手には圧倒的とも言える能力差を見せつけた。

 これから斬る相手で、私は憑依ひょういの訓練をするのが日課だった。

「ゥアアァッ」

 憑依の一側面である読心を使って思考を読み、脇差で襲いくる小鬼の攻撃を躱した。思考の読み取りは難なく出来るようになったので、今日は新たな挑戦をしようと思っていた。憑依の基本である他者の体を操ることである。

 木々がまばらに立つ山中の草原だったので、私は太めの木の枝に飛び乗った。私を見上げる二体の小鬼は哀れにもピョンピョン飛び跳ねて悔しそうな声を上げていた。

 一体の小鬼に意識を集中させ、憑依を試みた。

 母曰く、憑依とは相手の心の姿を見て、その世界に自分を投げ込むというのがコツだと母の死後、私の記憶に刻みつけられていることに気がついた。この言葉を聞かなければ、年単位で憑依の習得が遅れていたことだろう。

 小鬼の心象風景しんしょうふうけいは草木も生えない荒野であった。そんな荒野に私は降り立った。侵食するように私が踏みしめた場所から赤熱していき溶岩のようにとろけていき、見渡す限りの灼熱地獄と化したのと同時に私の視点は小鬼の目線になっていた。

 手に持った脇差を見つめ、次にもう一体の鬼へと視線を移した。突如として姿を消した私に困惑しているようだった。完全に油断した横顔へと思い切り脇差を突き刺した。倒れた小鬼を見て、不思議と高揚感が湧くのを体感した。小鬼など、大抵は刀の一振りで死んでしまう矮小な妖怪だ。だが、今回は妖狐らしい憑依を使った倒し方をすることができたことに、自分が妖狐の血を引いていると実感できたからだ。

 ふと、疑問が生まれた。

(この状態で傷を負ったらどうなるのだろう?)

 確認するべく左の掌を軽く脇差で切ってみた。痛みは感じなかったが、小鬼の傷からは血が滴り落ちた。憑依を解いて自分の掌を見ると傷はなかった。

 掌を見つめ呆然としていた小鬼の首を、白鞘の太刀で斬り飛ばし介錯をすると思考が巡り、いろいろなことに納得がいく答えを見つけられた。

 憑依している際は、妖狐の体は霊体化していると母は言っていた。霊体化しているからこそ”普通”の脇差では傷が付かなかったのだろう。

 しかし、五年前のあの日、母は父の体ごと斬られた。見当もつかないが、あの特大剣には霊体化した存在をも斬る仕掛けが施されていたのだろう。

 わからないことは、ひとまず置いておき、退治屋の仕事を完遂することにした。退治した証明に、小鬼の右腕を二体からそれぞれ切り取った。



 依頼主は近くの村の村長で、髭を蓄えた白髪交じりの男性だった。村の規模としては並程度だろうか。村内である程度自給自足ができて、時々作物を他の村落へ物々交換をすることもできる。日々の農作業などの労働は必須だが、屋根の下で暮らしてはゆける。

 依頼主に報告する頃には夕暮れ時になっていた。

「依頼の通り、小鬼二体の討伐完了いたしました」

 小鬼の腕二本を村長へ見せると、一瞬驚いた素振りをしたが、大きく頷いた。

「ご苦労だった。しっかし、そんな細い体でよく退治屋なんてやってられるなぁ。正直、帰ってこられるか心配していたのだよ」

「細くて小さい分、すばしっこいですからね」

 笑う村長だったが、どこか半信半疑だ。女の退治屋は少ないが弓矢を使うことが殆どで私のように刀で直接斬りにいこうなどという者は少ないからだろう。

「おいおい、それは本当に小鬼の腕なのか? 困るんだよ……そういう偽の討伐証明で依頼人を騙したりされるのは、俺たちの信用に関わるんでな」

 横から口を挟んできたのは、妖怪退治屋と見られる筋骨隆々の若い男性だった。依頼を受けた朝にはいなかったが、移動の途中なのだろうか。

「死体ならここから南に行った山中の草原にありますよ。そんなに怪しいなら、全身を持ってきましょうか?」

 私の態度が気に食わなかったのか、男の退治屋は私に近付き顔を近付け睨みつけてきた。妖狐の私にとって鼻の曲がりそうな体臭で思わずため息が出そうだった。

「どっかのお姫さまだったのかぁ? まぶたに紅までさして、色気づきやがって。髪も長いし、この世界はそんな甘かねぇぞ」

「触るな下衆がッ」

 私の髪を触ろうとした手を跳ね除けると、男の退治屋は衝動的に怒りが頂点に達したようで私の顔に向かって拳を振りかぶった。私は相手の勢いをそのままに、拳を腕で絡み取ると背負い投げで、地面に叩きつけた。あまりの出来事に筋骨隆々の退治屋は口をぱくぱくと呆然としていた。

「はぁ……本当に私、ついてない……依頼主様も証明に疑いがありますか?」

 依頼主の男性はぼーっと、倒れた男の退治屋見つめていたが、思い出したようにこちらを向き直った。

「……いやいや疑いはないとも。報酬は大根三本だったね……保管場所まで案内しよう」



 大根三本を荷車に乗せ、私は村を後にした。報酬以上に有用な情報を得ることができたことに私の歩みは軽やかだ。

 因縁をつけてきた男の退治屋を背負い投げした瞬間に、憑依の一側面である記憶の読み取りを試みた結果、興味深い噂を知ることができたからだ。

 それは、妖刀を使う凄腕の退治屋の噂であった。

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