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2話 僕の笑み
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机の上の真ん中から、紙が浮き出る。無情は紙に軽く手を添えて、スッと目の前で止めた。
「では、こちらが契約書になります。あなたの血液が一滴でも触れれば成立します」
1. 取引した感情は受け取れません。
2. 取引した感情は取り除けません。
3. 取引した感情は取り戻せません。
4. 期間終了後は感想を答えてもらいます。
期間内に死亡された際は、4は無効となります。
この4つに同意をして下さい。
「感想…ですか?」
「そうです。取引して良かったのか? 悪かったのか? が私は知りたいのです。その時が来たら、またお声掛けさせて貰いますので」
彼はきっと人間では無い。しかし、彼の笑みは温かい。人を安心させるような気持ちにさせる。この契約を何も考えずに同意してしまう程に。
「同意しましたら、こちらに専用の器具がございます。痛みを感じさせないように細く短くしております。指に押し当てて、そこのボタンを押すだけで大丈夫ですよ」
胸ポケットから、小さな器具を僕の手元に置く。器具を手に取ると小さな器具とは思えない程の重さを感じた。この取引をそれ程までに重たいモノと無自覚に認識しているのだろうか。
親指に針が刺さった感覚はあったが、痛みは無い。傷口から小さく血が滲み出す。器具の重さが無くなった。
血が出たのを確認した無情は手の平を表にして、契約書にどうぞと指し示す。
拇印で契約書に軽く押し当てると紙の色が黒く変色して、親指から離れるように無情の元へ行く。不思議と身体が軽くなった気がする。
「これで契約成立となります。では、こちらをお水とご一緒にどうぞ」
小さな拍手をした後、改めてカプセルをお水と一緒に差し出す。僕は心の準備がまだ出来ておらず、カプセルを見つめていたら無情が深く頭を下げた。
「いやー、配慮が足りませんでした。すみません。お好きなお飲み物でも大丈夫ですよ? お水じゃ味気ないですよね」
「あ…えっと。まだ心の準備が出来ていなくて」
「なるほど。しかし、ご安心下さい。先にも申し上げた通り、この空間では現実の時間は進みません。落ち着けるようにアロマを焚きましょう。何かご要望があれば、こちらのベルを鳴らして下さい。お一人で考えたいこともあるでしょう」
机の真ん中から次はアロマが出てきて、勝手に火が灯る。ベルを押して、無情はスッと煙のように消えてしまった。
_____________
______
_
用意された不思議な空間で、 僕は一人でカプセルと睨めっこだ。綾香さんと一年を過ごした後、僕は一人になり独りとなる。想像も出来ない日々がこれからを襲うのだろう。残酷なモノなのか、平凡なモノになるのか…。
綾香さんの死をどんな形で噛み締めることやら…。彼女には沢山の思い出を僕にくれた。あの出会いが無ければ、とっくに僕は独りきりの日々を早く歩んでいたはずだ。
僕の全てとも言える彼女に出来ることは、カプセルを飲んで最高の一年にしてあげること。
カプセルを摘む。唇に触れ、舌先に触れ、水と一緒に喉へ通った。
「あなたに会えた運命に私は感謝します」
カプセルを飲み終えると彼の声が耳の奥に響く。その声は、とても心地良いものだった。
_____________
______
_
目を開けると彼から声を掛けられた道端に僕は居た。
コンビニで買った旅行雑誌を目にしたら、勝手に笑みが溢れる。これがカプセルの効果だろうか。最高の一年にする為に早速、家に帰って旅行の計画を立てよう。
綾香さんは、どこに行きたいと言っていただろうか。好物の産地へ行ったら、どんな顔を見せてくれるだろうか。テレビを観ながら話した時、何を体験したいと言っていただろうか。
嗚呼、僕の顔はこんなにも笑顔が生きていたんだ。
「では、こちらが契約書になります。あなたの血液が一滴でも触れれば成立します」
1. 取引した感情は受け取れません。
2. 取引した感情は取り除けません。
3. 取引した感情は取り戻せません。
4. 期間終了後は感想を答えてもらいます。
期間内に死亡された際は、4は無効となります。
この4つに同意をして下さい。
「感想…ですか?」
「そうです。取引して良かったのか? 悪かったのか? が私は知りたいのです。その時が来たら、またお声掛けさせて貰いますので」
彼はきっと人間では無い。しかし、彼の笑みは温かい。人を安心させるような気持ちにさせる。この契約を何も考えずに同意してしまう程に。
「同意しましたら、こちらに専用の器具がございます。痛みを感じさせないように細く短くしております。指に押し当てて、そこのボタンを押すだけで大丈夫ですよ」
胸ポケットから、小さな器具を僕の手元に置く。器具を手に取ると小さな器具とは思えない程の重さを感じた。この取引をそれ程までに重たいモノと無自覚に認識しているのだろうか。
親指に針が刺さった感覚はあったが、痛みは無い。傷口から小さく血が滲み出す。器具の重さが無くなった。
血が出たのを確認した無情は手の平を表にして、契約書にどうぞと指し示す。
拇印で契約書に軽く押し当てると紙の色が黒く変色して、親指から離れるように無情の元へ行く。不思議と身体が軽くなった気がする。
「これで契約成立となります。では、こちらをお水とご一緒にどうぞ」
小さな拍手をした後、改めてカプセルをお水と一緒に差し出す。僕は心の準備がまだ出来ておらず、カプセルを見つめていたら無情が深く頭を下げた。
「いやー、配慮が足りませんでした。すみません。お好きなお飲み物でも大丈夫ですよ? お水じゃ味気ないですよね」
「あ…えっと。まだ心の準備が出来ていなくて」
「なるほど。しかし、ご安心下さい。先にも申し上げた通り、この空間では現実の時間は進みません。落ち着けるようにアロマを焚きましょう。何かご要望があれば、こちらのベルを鳴らして下さい。お一人で考えたいこともあるでしょう」
机の真ん中から次はアロマが出てきて、勝手に火が灯る。ベルを押して、無情はスッと煙のように消えてしまった。
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用意された不思議な空間で、 僕は一人でカプセルと睨めっこだ。綾香さんと一年を過ごした後、僕は一人になり独りとなる。想像も出来ない日々がこれからを襲うのだろう。残酷なモノなのか、平凡なモノになるのか…。
綾香さんの死をどんな形で噛み締めることやら…。彼女には沢山の思い出を僕にくれた。あの出会いが無ければ、とっくに僕は独りきりの日々を早く歩んでいたはずだ。
僕の全てとも言える彼女に出来ることは、カプセルを飲んで最高の一年にしてあげること。
カプセルを摘む。唇に触れ、舌先に触れ、水と一緒に喉へ通った。
「あなたに会えた運命に私は感謝します」
カプセルを飲み終えると彼の声が耳の奥に響く。その声は、とても心地良いものだった。
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目を開けると彼から声を掛けられた道端に僕は居た。
コンビニで買った旅行雑誌を目にしたら、勝手に笑みが溢れる。これがカプセルの効果だろうか。最高の一年にする為に早速、家に帰って旅行の計画を立てよう。
綾香さんは、どこに行きたいと言っていただろうか。好物の産地へ行ったら、どんな顔を見せてくれるだろうか。テレビを観ながら話した時、何を体験したいと言っていただろうか。
嗚呼、僕の顔はこんなにも笑顔が生きていたんだ。
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