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2.荒野

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 1919年、未曾有の世界大戦である第一次世界大戦は、ロシア革命やアメリカの参戦、キール軍港での水兵反乱、ドイツ革命など、複雑かつ極端な歴史の変化を経て、休戦へと至った。
 そして1月18日、パリ講和会議、その後のヴェルサイユ宮殿での『ヴェルサイユ条約』締結と歴史は流転していく。
 戦争で勝利したフランスは戦勝国としてアルザス・ロレーヌ返還や新兵器開発の推進、軍拡などで飛躍を遂げた。
 一方、敵対関係にあったドイツは敗戦国として、海外領土の返還や一方的な軍備縮小、戦争責任の追及に加えて破格の賠償金支払いなど、ドイツはもう生活もかなり大変という言葉では片づけられない混乱の時代に突入する。
 黒い鷹は翼も牙ももがれてしまい、もう立ち上がれないであろう。
 身勝手、傲慢、どんな批判があっても、戦争に勝利した国は世界の覇者となった一方、戦争に負けた国は弱体化し、戦争に参加しない国は鳩時計を作ることしかできなかったと言われる。
 フランスは世界のライオンになった。
 果たしてライオンの子供たちは、この戦争でプライドを取り戻すことができたのだろうか。
 または、その子供でさえ、傲慢になってしまうのではないか。
 その答えの終点は誰にも分からない。
 そして3月のフランス、旧西部戦線の荒野、戦争で荒れ果てた大地、爪痕はあちらこちらへと残っていた。
 道なき道を1台のバイクが爆音で通過する。
 金髪の青年、フランス軍軍服、ボロボロの防弾マント、側車には布で包まれた長い荷物があった。
 この青年の名前を知っている。
 アラン・バイエル
 20歳になって間もない青年は、荒野を駆け抜ける。
 かつて、この荒れ果てた地で、戦争があった。
 軍民に多数の被害者を出し、物資不足でフランスだけでなく、ヨーロッパの戦火に巻き込まれた多くの国が苦しんだ。
 この地面の下には自分と同じ兵士の魂がある。
 アランは複雑な思いを胸に、感情を押し殺して、荒野を通過する。
 バイクはフルスロットルで加速していた。
 アランは、不穏な前後の揺れを感じる。
 「この揺れ、地震なんかじゃないぞ!」
 そのアランの嫌な予感は見事に的中する。
 予感から間もなく、地面が蒸発した。
 蒸発した地面からせり上がるように、タコのような異形の機械が姿を表し、アランの乗っているバイクを襲う。
 アランはすぐさま、長い布に包まれた物を取り出し、それを手にして、側溝のような溝に飛び込んだ。
 バイクは跡形もなく蒸発してしまう。
 アランの飛び込んだ溝、彼はそれを知っていた。
 「これは塹壕か!」
 土の地面に壁、第一次世界大戦の名残、兵士を苦しめた簡易シェルター、アランはこの戦争の傷跡に逃げ込むことができた。
 粘土のようなやわらかい地面の感触は不快だった。
 彼はすぐさま長い布に包まれた物のベールを脱いだ。
 その正体は、対戦車用ライフルであった。
 『Mk.5型対戦車ライフル』
 対戦車用の徹甲弾や特殊榴弾を装填可能なライフルで、戦車に対して強力な打撃を与えることが可能である。
 反動が大きく、取り扱いにはクセが強い。
 アランは戦争が終わった後の世界で、どうして戦争の産物を手にしているのか。
 彼は塹壕から覗く。
 あのタコのような機械は何処だろうか?
 殺風景な荒野ばかりが広がる。
 アランはあの機械を知っていた。
 『機械人形(マシンドール)』
 それは、フランスが第一次大戦の戦局を覆すための切り札であった。
 第一次大戦では、戦車・飛行艇・戦艦・機関銃・マスタードガスをはじめとする毒ガスなど、ありとあらゆる新兵器が投入された。
 しかし、戦車では不整地走破や搭載できる武装にも限界があり、戦車に変わる新兵器の開発が検討される。
 そして試験的に機械人形が製造された。
 古代における騎馬兵の役割を延長した機械人形は、戦車をスケールアップしつつも、戦車以上の機動力、武装の充実化などを通じて、戦争の常識を覆す兵器であった。
 しかし、機械人形は強奪された。
 フランス・ソンムの前線基地に配備されていた試作型機械人形3機が強奪され、その翌年にもシャンパーニュ地方で後期製造の試作機が強奪されている。
 これは後に『ソンムショック』と軍内部で噂されたが、真相は今も闇色だ。
 機械人形は誰がどんな目的で強奪したかは、今でも不明のままである。
 アランはずっと機械人形を追いかけている。
 誰がどんな目的で強奪したのか?
 少なくとも、ドイツや他国による仕業ではないだろうし、過激的なアナーキスト(無政府主義者)であろう。
 アランはしばらく、フランス国内で奇妙な機械を目撃したという情報を仕入れていた。
 特にタコ・クモ・ゴリラの形をした機械を見たという妙な噂を各地で聞きつけたアランは、フランスのあらゆる地域を転々として、機械人形の目撃情報・出没情報を仕入れていた。
 そして、ついにタコ型が今、自分と同じフィールドにいる。
 しかし、機械人形の姿はなかった。
 全長16mはあるあの巨体の姿がない。
 アランは敢えて塹壕から身を出して、殺風景な荒野に姿を現した。
 もう逃げ去ってしまったのだろうか。
 そんな時、またしても上下左右の振動がアランを襲う。
 「まさか!」
 地面からタコ型機械人形がせり上がってきた。
 見た目は赤く塗装された二足歩行タイプの機械人形で、頭と胴体の形状はタコそのもので、6本の両腕は金属の鞭になっていた。
 アランはその機体を知っていた。
 タコ型機械人形『フォルティシモ』
 最初期に製造された機械人形の試作機で、戦車との格闘戦を想定して設計された機体のため、機体の6本の腕がアイアンロッドと呼ばれる鞭になっており、戦車・車両に打撃を与えることが可能である。
 『フォルティシモ』のコックピットが開いた。
 そこから出てきたのは、信じられないことに人間ではない。
 姿を現した人物、それは見た目がタコの形をした怪人だった。
 マントと2本足を除けば確かにタコは人の形をした見た目の人物であった。
 「何だお前は?このラムジン様に対して見上げたような顔をしやがって!」
 夢なのか?
 いや、間違いなくラムジンと称するタコの怪人であった。
 「どうしてそれに乗っている!?」
 アランの問いに対して嘲笑を浮かべる。
 「てめえにそんなこと教えるかよ!」
 ラムジンはコックピットに乗り込み、ハッチを閉めた。
 「ハハハ!ミンチにしてやるさ!」
 ラムジンの皮肉な笑いが無線越しに響く。
 アランはすぐさま、ライフルを構え、トリガーを迷わず引く。
 大きな発射音と激しい反動、対戦車ライフルから放たれた対戦車用榴弾は『フォルティシモ』の頑丈な金属装甲に命中し爆散する。
 アランは薬莢を排莢させながら、黒煙に包まれた『フォルティシモ』の様子を伺う。
 黒煙から姿を現す『フォルティシモ』は無傷だった。
 「徹甲弾、使えるか?」
 アランは徹甲弾を装填しようとした時、『フォルティシモ』が跳躍する。
 「オラオラオラァ!」
 ラムジンの威勢とともに、『フォルティシモ』がアランを襲う。
 アランは咄嗟の判断で、『フォルティシモ』の上空からの一撃を回避した。
 重い鉄の塊が踏みつぶされるものならミンチは避けられなかった。
 アランは体勢を立て直し、銃口を『フォルティシモ』に向ける。
 対戦車ライフルから、徹甲弾が発射される。
 「くそっ!」
 ラムジンの判断も早く、『フォルティシモ』の腕で徹甲弾をはじき返した。
 機械人形の前では、対戦車ライフルの一撃もマッチの火程度の火力かもしれない。
 「どうしたらいい?」
 アランは『フォルティシモ』に背を向けて、逃げながら考えた。
 彼の脳裏に塹壕が思い浮かんだ。
 何かできないか?
 アランは塹壕に沿うように『フォルティシモ』から逃げる。
 「ハハハハハ!バカめが!逃げたところでどうにもなんねえのによ!」
 ラムジンは『フォルティシモ』でアランを追う。
 アイアンロッドで金髪の軽装歩兵をミンチにできる。
 しかし、アランはライフルを捨て、身体に装備していた円盤のような物を地面に落とした。
 「何だ?」
 ラムジンはその金属の円盤を知らなかった。
 しかし、『フォルティシモ』がその円盤を踏んだ瞬間、地面が蒸発し、『フォルティシモ』は塹壕へと落下してしまう。
 地雷だった。
 アランは隠し持っていた対戦車地雷をセットして、『フォルティシモ』に踏ませたのだ。
 『フォルティシモ』は地面が崩れると同時に塹壕に落下する。
 機械人形にとっては浅い溝に落ちるだけでも、身動きは取れなくなる。
 アランはその数秒を許さなかった。
 彼の手には手りゅう弾があった。
 「これで、終わりだああああああ!」
 安全ピンを抜いたアランは、手りゅう弾を『フォルティシモ』めがけて投擲する。
 『フォルティシモ』は蒸発した。
 黒煙に包まれた塹壕、『フォルティシモ』を撃破できたのだろうか。
 黒煙から亀裂があちらこちらに散見される『フォルティシモ』が姿を現した。
 「金髪の軽装歩兵め!」
 ラムジンは捨て台詞を吐くと、『フォルティシモ』を全力で走らせ、アランから逃走する。
 時速50km以上、アランの足では追いつかなかった。
 逃げる『フォルティシモ』を無言で眺めるアランは、両手を強く握りしめた。
 「あれが、こんなところにあったなんて・・・・・・」
 冷たい涙雨が降り始めた。
 この雨はとても冷たかった。
 降り注ぐ雨に動じることないアランの表情は鬼となっていた。

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