おじいさんの電車

たくp

文字の大きさ
上 下
3 / 4

車庫で

しおりを挟む
 雪が谷大塚駅にはそこそこの大きい車庫があった。
 そこには池上線で運用される車両が多数停車していた。
 多くの電車は旧型電車で、戦前生まれが大半の状態であった。
 その中にはおじいさんの電車も混じっていた。
 おじいさんの電車は改造されているようだが大正時代に生まれた、言ってしまえば、電車の長老のような存在だ。
 1956年の暑い夏の日だった。
 あの終戦の夏のような暑さだ。
 おじいさんの電車は、パンタグラフを下げたまま動くことはなかった。
 僕はどうしてか分からないが、雪が谷大塚から電車に乗ることが多くなり、車庫でずっと停車したままのおじいさんの電車をよく目にする。
 おじいさんの電車は朝から晩までほとんど動かなかった。
 別の日、おじいさんの電車は全然動かなかった。
 おじいさんの電車は秋を迎える日も動くどころかパンタグラフも上昇させることなく、ただ車庫で停車していただけだった。
 僕はたまたま、旧海軍の技術者で鉄道技師になった同期とコンタクトが取れた。
 実はそのために海軍の連絡網を便りに土方に連絡し、土方を経由して、国鉄で鉄道技師をしている水島技師と出会った。
 そこでおじいさんの電車のことを知った。
 水島技師の話によれば、あの電車がどこの鉄道の車両かも不明で、国鉄が戦後の混乱期に発見し、その後は池上線のピンチヒッターとして導入されたとか。
 東京大空襲、人だけでなく建物までも焼け、列車もかなりの数の車両が被災し、中には全焼してしまった車両もいるようだ。
 おじいさんの電車は大正時代に造られた謎の電車で、止む無く車体とあり合わせの台車・モーター・電装機器などを組み合わせて、稼働できない電車の代打として導入された複雑な経緯があるようだ。
 しかし元が木造の電車に金属の板を貼り付けた、『応急処置電車』で長期の使用を見越していなかったようだ。
 水島技師によれば、あの車両はどこかで解体されるだろうとのことだった。
 ついにか。
 引退、そして解体、電車は役目を終えたら保存されるか解体されるかしかない。
 おじいさんの電車は、もういなくなってしまうんだ。
 水島技師の話は本当になり、冬を迎える日、ついに雪が谷大塚の車庫から電車が消えてしまった。
 胸が締め付けられそうだ。
 寂しさで景色が何もかも灰色になりそうだ。
 残念な思いを抱いた僕は、その日はそのまま職場へと向かう。
 おじいさんの電車がいなくなって2日後に、土方が面会したいとのことだったので、銀座のレストランで落ち合うことになった。
 土方は家庭に恵まれ、あの敗戦の屈辱で涙した土方とは違う、優しい男性の印象へと変わった。
 土方は僕を見て「相変わらずだな」と笑った。
 安心した。
 彼が元気でいて安心できた。
 土方から奇妙なことを質問された。
 「大日本帝国は、連合国軍に無条件降伏したが、そんな中でお前は何に出会った?」
 突然だった。
 僕は数秒迷った。
 深くは考えていなかったので、「おじいさんの電車に出会った」と答えた。
 「なんだそれは?」と彼は笑いながら質問する。
 実家のある雪が谷を通る池上線の電車のことを話した。
 土方は水島技師を頼ったのはその電車のことを知るためだったのかと驚いた。
 土方との時間は楽しかった。
 まだおじいさんの電車の別れは気がかりだが、土方のおかげで少し安心感を感じた。
 この日は、新しい線路を歩もうとする自分たちを確認して別れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...