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ヘタレ淫魔、ヤンデレ吸血鬼に粘着される

ヘタレ淫魔、ヤンデレ吸血鬼に粘着される(2)

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「ねえ? 子どもといるときに襲うのは幾ら何でもやり過ぎじゃあないかい? 僕のリケが見せかけよりも起点の聞く子だったから良いようなものを。あんまり卑怯だよ? ねえ? ねえ? ねえ?」
 夜、ソノオがちゃぶ台を人差し指の爪でタンタン、タンタンタン、と圧を感じさせる一定のリズムで叩きながらカシマをネチネチ問い詰める。
 カシマも背は高いが痩せているため、ソノオのほうが長身の上に体格も良くて、こうして向かい合って座っているとカシマが弱そうに見える。いい気味。
 
「ガキひとり犠牲にしてでもあのチビバカ淫魔が欲しかった、と言ったらどうする?」
 カシマがニヤリと笑う。ガキの頃からカシマはああして人を挑発するし、不敵な笑顔から覗く吸血鬼特有の長く鋭い犬歯も相俟って相手は大抵、怯む。
 しかし、ソノオはさすが、怯まなかった。
 
「君を殺す、かな」
 間髪入れずそう答えた。

 ソノオはスッ……と立ち上がり、ちゃぶ台の下に隠していたものを出した。

「君のリケへの感情は、好きな子をいじめちゃうとかそういうレベルではないよね? 過度に執着していて危ないよね?」

 それはソノオもでは? と思わせるほどの低く昏い声色だった。

「君たちは心臓を杭で貫けば死ぬんだったかい? 藁人形用の五寸釘でもイケるかねえ? 昔、自分より先に売れてる同年代のライバル作家がN賞をとった時に気がついたら購入していたんだ、結局使わなかったが、僕にとって漆黒の負の歴史でしかない。今、ここで晴れて騎士としてかわい子ちゃんを守るという光の目的で使ってしまおうか?」

 ソノオは淡々と言った。目が完全に据わっている。
 ソノオは人、及び人と同等の知能と情緒を持つ生き物を殺せる人なんだとおれは確信した。

「ソノオに殺しをしてほしくない……!」
 おれは慌てて抱きついて止めに入った。
 ソノオが正気を取り戻しかけたそのとき、黒曜石と黒ダイヤのような二人の美女が夜更けの暗い庭に文字どおり舞い降りた。
 
「おいおい、やめたげろよ、カシマ……みてえな雑魚相手にアンタみてえな色男が手を汚すなんてよ!」
「あら、今日は特にお口の悪さが冴えていらっしゃいますのね、ラナお姉様」

 おれの双子のおねーちゃんたちだ!
 二人とも顔は宝石級、スタイルも抜群の長身美女でチビのおれとは似ても似つかない。
 双子の姉のラナおねーちゃんは男勝りで口喧嘩が強い。
 妹のほうのレナおねーちゃんは淑やかだけど怒るとすごく怖く、こちらも口喧嘩が強い。

 二人は久しぶりに会うおれへの挨拶もそこそこにカシマに襲いかかる。が、低級悪魔である淫魔と純血の吸血鬼との魔力の差で太刀打ちできない。
 
「あら、無駄に強いのですわねぇ、カシマ。力の正しい使い方も知らないくせに」
「お、おれも助太刀する! おれの問題だしっ!」
「リケ! アンタはさっきガキ庇ったときに力出し切って消耗してんだから休んでな!」

 おねーちゃんたちは尋音とのことも空から見てくれていたらしい。

 二人はカシマに立ち向かうが、淫魔では本気を出した吸血鬼には勝てない。
 昔なら種族として淫魔のほうが力が下でもおねーちゃんたちがカシマに勝てていたが、それはカシマがガキだったからだ。
 久しぶりにおねーちゃんたちとバトっている今のカシマはもうガキじゃないから、おねーちゃんたちじゃ歯が立たない。

 と、隙を突いたソノオがカシマの股間を思いきり蹴り上げた……!?

「グハァッッ!?」

 カシマは地面に倒れ伏して、情けなくも股間を押さえたポーズでひいひい喘いでいる。

「ざまぁねえな」
「みっともない男ですのね」

 おねーちゃんたちが吐き捨てる。
 結局ソノオの物理が一番強いのだった……。


「失恋したわ。やっべえ、生きていけねえー。じゃあ、俺、陽の光浴びちまおっかなー?」
 カシマがわざとらしく言い出した。おれが言うのもだけど、ここまでカッコ悪いの畳み掛けておいてメンヘラムーブまでやめなよ……。
「やめたまえ。好きな子に罪悪感を負わせるほど重い罪はないよ」
 と、カシマは再びソノオに股間を蹴り上られ、ニンニクチューブを口に流し込まれた……。

「グアアアァッッッ!?」

(何この光景……)
 おれは引く。おねーちゃんたちも引いている。
 
 人心地を取り戻したカシマもソノオの雑さと見かけによらない粗暴さ加減に引いているようだった。


 ★

  
「そんじゃあな。アホらしくなったから魔界帰るわ。達者でな、アホのリケ」

 おれを「アホ」と言われたおねーちゃんたちが「殺すぞ/わよ」と低い声を出す。
 
「カシマ、酷い! すぐアホとかそういうこと言うんだ!」
 
「……お前にイかされたの悪くなかったぜ……」
 おれの抗議への返事ではない風に何かをボソッと呟かれる。
「え? なんて!?」
 よく聞こえなかった。


 カシマは諦めて魔界へ帰っていった。
「忘れた頃にまたいじめに来てやるから楽しみにしてろよ。そんじゃあな!」

 コウモリの姿で去っていくカシマに手を振っていたら「つくづくお人好しだねえ」とソノオに少し呆れられた。

  
「久しぶりじゃねえか、リケ。もっと帰ってきてくれよぉー! ねーちゃんたちは寂しいぜ?」
「リケなりに何か気が引けるのでしょう。でも、姉さんたちはいつでも待ってますからね?」

 ラナおねーちゃんとレナおねーちゃんがそれぞれ言ってくれる。
 
「ありがとう……。おれ、優秀な姉ちゃんたちやパパママたちとミソッカスな自分との差がつらくて、実家に帰ると現実が見えちゃうから……帰省せずに逃げて現実から目を背けてたんだ」
 おれは家族への劣等感を正直に打ち明けた。
「そうか。思い詰めてたんだな……気づいてやれなくてわりぃ……」
「リケはリケにしか無いものを持っている素敵な子ですわよ。自信を持って胸を張って?」 
「ありがとう、ラナおねーちゃん、レナおねーちゃん……」
 おれは涙ぐんで、そのまま泣き出してしまった。
 
「つかよ、お前、リケの初カレ?」
 ラナおねーちゃんがソノオに徐に聞く。
「そうだけれども?」
 と、ソノオが答える。
「リケのこと大事にしてくださいね。いじめたら半殺しでは済まず八割くらいは殺しますわよ?」
「腹裂いて内臓引きずり出して、もっかい腹に戻して縫い閉じるくらい、アタシらは平気でやるかんな?」
「おねーちゃんたちはほんとうにそれくらいやるんだ! ほんとうのほんとうのほんとうだぞ!」
 おれは、ソノオによぉぉぉーーく警告しておいた。
「はい、はい……家宝として丁重に扱います」
「まあ! 不遜な男ですわね! 少なくとも婿入りまでは我が家の家宝でしてよ?」
「あんまり幅利かせてっと殺すぞ!」
 二人とも治安が悪いよぉ……!
「やだなあ、お二人とも。冗談ですよ」
 とうのソノオは平気でいるけれども。


「やれやれ、一件落着かねえ。どうやら、カシマくんは君のことが好きだったんだねえ」
 おねーちゃんたちが帰ったあとでソノオが説明的に言う。
「カシマ自身も『失恋』とか言ってたけど……あの態度で? ……おれ、よくわかんねえ……」
「僕も君が好きだよ」
「し、知ってた……♡」

 それだけは知ってた。
 知ってたけど、おれは歓喜に打ち震えた。


(つづく)
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