ヘタレ淫魔は変態小説家に偏愛される

須藤うどん

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ヘタレ淫魔と青少年の孤独

ヘタレ淫魔と青少年の孤独(1)

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 夏が来た。暑い。
 おれは帰ってからソノオと一緒に食べようとサプライズで箱アイスを買った帰り道、暑さに我慢できずに一本、食べながら歩いていた。
 その道中、通りがかった公園で少年が一人、泣いているのを見つける。
「どうしたんだ?」
 少年は首を横に振るだけで返事をしない。
「無理に答えなくてもいいけど、アイスやるから元気出せよ」 
 おれはアイスを一本あげて少年を元気づける。
「ふっ。食い物で釣るって……発想が何歳児だよ」
 少年はケッと笑った。何!? 元気になってほしかっただけなのに!
 
 以降、妙に目をつけられてしまい、この子どもはなぜか公園にいるおれを目ざとく見つけてきてはまとわりつき、「チビ」とか「頭悪そう」とか「いつもブランコ漕いでるの何歳児だよ」とか、散々、意地悪を言われた。善意で絡んだのにこんな粘着されるの意味わかんねえ! 恨まれる謂れがないもん!

 しかし、あるとき……

 少年にいつも以上に強い眼力で見つめられたかと思えば、おれは知らない女性の姿になっていた。
 こ、これってもしかして……!

 おれの変身能力!?
 羽や尻尾を隠す以外にろくに使いこなせていなかった、淫魔の誘惑ともう一つの代表的なスキルである変身能力だ。本来、誘惑する相手の好みの姿になって誘惑をより有利にするために使うのだが、これを使いこなせないせいもあり、おれはソノオに出会うまで腹ぺこ生活だったのだ。……言い訳かな?

「おかあさん……!」

 おかあさん?
 今まで生意気だった少年が素直そのものに抱きついてくる。その目には驚きと喜びがあった。

 おれはなぜか彼の子ども部屋に引っ張っていかれ、簡単に名前だけ名乗りあって、すぐにソレは始まった。
 おれは尋音〈ひろね〉という名の彼と、彼の母親の姿であるらしいこの女性の姿でヒロネを抱きしめるだけの至極、簡易なごっこ遊びをしてあげる事になった。

「リケはバカそうだから、下手に気を利かせて喋らなくていいからね。ボロが出るから」
「おれがバカって、なんでそういう今さらなこと、わざわざ言うの?」
 ヒロネはふっ、と子どもらしからぬ厭世的な笑い方をした。
「母さんはね、優しかったよ。それに美人で……僕とはあまり似てないけどね。その優しくて美しい母親は他の男と不倫して家を出ていった」
 そんな事情を子どもらしからぬ淡々とした口調でヒロネは語った。それほどの不幸に見舞われると、子どもは子どもであることを剥奪されてしまうのだろうか。そう思うと、おれが子どもっぽいのは魔界の実家で優しい両親とブラコンの双子のお姉ちゃんにぬくぬく囲まれて育ったからなのかも。
 母親の姿のおれに抱きついてただただ静かで安らかな呼吸を繰り返すヒロネを見ているとなんとなくブルーな気持ちになって溜息をつきたくなるが、堪えた。


「おい、尋音、テメエ、ふざけんなよ! 家に客上げんなっつってんだろが!」
 そのとき、髪が伸びきってボサボサの、目の下に隈があるジャージ姿の二十歳前後の男が子ども部屋に乱入してきた。
「誰!?」
「ごめん、リケ。この部屋、鍵がついてないんだ。兄貴の千尋〈ちひろ〉だよ」
 ヒロネが落ち着き払って言った。
「酔っ払って部屋を間違えたんだろうね。よくあることなんだ」
 チヒロは淡々としたヒロネとは対象的にナワバリ意識を剥き出しに獣のように息を荒らげて怒っていた。
 だが、おれの顔を不意にじっと見ると急に豹変した。
「お、俺はっ、ちょうど今、ずっと好きだった親友に告ったらフラれてズダボロなんだ、しかし、きみはなんて可愛いんだ……! 天使のようだ! 俺、今、すげえ死にたいけど死ぬにはまだ惜しい気がするから、どうか可愛いあなたの手で俺の人生しっちゃかめっちゃかにしてください!」
 おれは初対面の男に頭を下げて頼み込まれている。こんなことは数百年の人生でも初めてだった。
「え、えぇー……!?」
「で、デートしてください!」
 手を両手で包まれて恭しく頼み込まれる。
「えぇ!?」
「俺が何かを能動的にしたがるなんて、しかも、ここまでの執着を持つなんて、もう十年ぶりくらいだ。その十年ぶりのときめきをきみは裏切るのか?」
 圧が怖かったし、罪悪感に訴えかけられた。
「じゃ、じゃあ、デートするよ。けど、エロいのはナシだぞ?」
「ふっ。そんくらいわかってるっつの」
 チヒロが初めて笑った。ヒロネがケッ! と言ってゴミ箱を蹴り倒した。なんでそんなことをするのかおれにはわからなかったし、ヒロネはとても怖い目をしていた。


 炎天下。今日はブランコを漕ぐ気にもなれず、公園にある自販機でスポーツドリンクを買って歩きながら飲み、クーラーの効いた家までさっさと退散することにした。

 と、具合悪そうにうずくまっている子どもを見つけ、駆け寄る。
「おい、おまえ、大丈夫か!?」
 ゆらりと顔を上げた少年は……ヒロネだった。
「ひ、ヒロネ……?」
「探したよ、リケ」
 ヒロネは掠れた声を出した。
「会いたくてずっと探してた……」
「しっかりしろ!」
 おれは自分が口を付けたスポーツドリンクをヒロネに飲ませ、非力なので苦労して日陰に運んだ。そして、電話でソノオを呼んで、来てもらい、家までソノオをおぶって運んでもらった。ソノオはおれと違ってフィジカルが強いから大丈夫だ。

 涼しい室内でベッドに寝かされ、回復したヒロネは譫言のようにして言った。

「僕は多少、勉強ができるとはいえ、父さんは僕の成績しか見てくれないし、母さんは僕の何も見てくれなかった。僕に興味無いから僕を捨てれたんだ。でしょ? リケは僕を見てくれる? 見てほしいな」

 目をじっと覗き込まれる。おれは思わず視線を逸らしてしまう。

「ねえ、リケ。さっき、スポドリ飲ませてくれたとき、間接キスだったよね? 兄ちゃんも、父さんも、一応、リケも、大人なのに、なんで僕は大人じゃないんだろうね。子どもが大人と間接じゃないキスやその先をしてはいけないと自分から心得ている僕は精神的には子どもではないはずなのに」

 どう答えたらいいか分からなかった。
 それはおれよりずっと賢いはずのソノオも同じのようだった。

 
 ただ、ヒロネが帰ってから、
「君。あまり罪を重ねてはいけないよ」
 と言われた。なんのことだか、わからずにいると、
「ああ、君は何も悪くないのか。純粋無垢な君に罪を押し付ける僕ら、人間こそ罪作りだ」
 と言われた。なんのことだか、わからなかった。


(つづく) 

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