賢者様が大好きだからお役に立ちたい〜俺の探査スキルが割と便利だった〜

柴花李

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第六十四話 再会

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「さて、ではダンジョンに入る前に、各自、変化中の名前を再度確認しますよ。まず私がフェリチェノ、商店街生まれで孤児院育ちの補助魔法使いという設定です。そしてアルはアドルフォ、リックはリカイドレイ、シェスカはヴァシェザカリアです。それから私とリックとリンドの三人パーティ『猫の足音』もお忘れなく」
 森と門前広場の境目で一度立ち止まったエウフェリオは振り返って念押しをした。
「おう!伯爵家の…えーと…ろく!六男な!」
「リカイドレイ、リカイドレイ…。あー、グラプトベリアの駅市通り生まれ孤児院育ちの盾職。よし」
「でもってあたしが商店街生まれの孤児院育ち。お裁縫の腕を買われて雇われたアルちゃん家のメイド、って体の愛人ね!」
 それぞれ自分の偽名と仮の生い立ちを軽く確認しあい頷く中、エウフェリオはふとオリンドがもじもじしていることに気付いて首を傾げ、ああ、と思い至る。
「リンド。全員の偽名は大丈夫そうですか?」
「…う…ん。…ええと…いや…、ごめん…」
 正直なところ四人分の名前を一度に叩き込まれ、その上パーティ名までとなるとオリンドには厳しかった。しかし間違えればこの計画がご破産になってしまう。せっかく彼らが、いや、色んな人が、自分のためにここまで動いてくれているのだ。できないことはできないと言わねばなるまいと、彼は腹を据えて首を横に振った。
「では、アルのことだけ気を付けてアレグリニ卿と呼んでください。私のことはいつも通りフェリで、リックたちもリックとシェスカと呼べば大丈夫ですよ。そのためのそう呼べる偽名なんですから」
「あっ、…そ、そっか…!うん、わかった!」
 エウフェリオに柔らかく微笑まれ、光明が見えた心地でオリンドは頷いた。それなら間違えることも無い。適当に付けたとはいえその辺りは抜かり無いカロジェロに感謝し、益々尊敬の念を深めたオリンドはグラプトベリアの方角に輝く眼差しを向ける。
 その後ろでイドリックとウェンシェスランがエウフェリオとがっつり握手を交わしていたこと、アレグが大木の幹を悔しげに殴り付けていたことは割愛するとして、さておきディッキアダンジョンである。
 流石は評議会員、しっかり事前登録済みの内部監査用身分に冒険者タグをカテナチオは持っていた。ならばと中で落ち合うことを決め、一行は門前の入洞管理所への列に並んだ。
 前方の様子を注視していると、以前にオリンドが溢した言葉からエウフェリオが推察した通り、常連と思しき数組のパーティが素通りの様相で門に入っていくことがわかる。
 めきめきと黒い何かを発するティツィアーナを無言で宥め、彼女を筆頭に門番へタグを見せると、アレグとウェンシェスランの纏ういかにも高級な装備を値踏みする目で眺めてから、アロガンゾから承っておりますなどと貼り付けた笑みで確認もそこそこに通された。
 貴様、入出洞管理を何と心得る。
 ティツィアーナは目の前が真っ暗になる思いだった。
 入出洞管理とは冒険者の身元把握だけでなく、人数やランクのバランスを把握し時には誘導することで冒険者同士の余計な争いを避け、また持ち運びきれず捨て置かれる討伐魔物の解体清掃売却あるいは卸にかかる予測立てなど洞窟ダンジョンそのものの維持管理への活用、非常時危急時の周辺住民への協力要請に際してどの職を何人派遣してもらうかの検討立て、そこから派生するコミュニティの円滑な運営、ギルドや冒険者の起こす多少の無理無謀な物事の許容願い、その他諸々、本当に多岐に渡るその他諸々のための、基盤となる管理ぞ。
 奥歯が割れそうなほど噛み締めるティツィアーナの背をアレグたちは忍び難い思いで押して足早に通り抜けさせた。今にも鼻を啜り上げそうなオリンドの案内で入ってすぐの窪んだ壁面に身を寄せる。
「落ち着いてティナちゃんほんと落ち着いて。辛いと思うけど、お願い。ね。あとで甘いものたくさん買ったげる」
「あ、あ、あ、あま、甘いもの、好きなの?そし、そしたらっ、そしたら、この辺、たくさんあるよっ。俺、案内できるよ。か、買ったことない、けど、美味しいって、評判のとこ、いっぱい知ってる!」
 片や気持ちはわかるが計画に支障があっては困ると、片や自分の知識でこの怒りが収まるならと、必死に宥める二人と、それからあわあわと両手を彷徨わせるアレグたちに、ティツィアーナは一度大きく息を吸い込んでゆるゆると吐き出した。
「…すみません、でした。今は抑えなければと、わかってはいるのですが、どうにも…」
「滅相も無い。貴女ほど職務に対し真摯な人が、あの状態を目の当たりにしては腹に据えかねることでしょう。むしろ、よくぞ耐えていただきました」
「ありがとうございます。…もう大丈夫です、お手間をお掛けいたしました。みなさまにおかれましても、…オリンドさんこそ、よくぞ耐えてくださっていますのに…」
 エウフェリオの労りの言葉も受け、どうやらようやく落ち着いたらしいと見て取った一行は胸を撫で下ろすと明るく頷き、それからひときわ大きな石灰石柱を目指した。カテナチオとの待ち合わせ場所だ。
 ほどなく合流した彼もやはり顔を真っ赤にして怒りを抑えていたが、アレグたちの顔を順番に見て、それからオリンドの両肩に手を置くと一転して申し訳なさそうに頭を垂れた。
「…すまない。報告を受けてはいたが、入出洞の管理責任者までもがまさかあの有様とは……。この分では報告書で見る以上に、他の職員もさぞかし職務を疎かにしていることと思う。…我々が至らないばかりに、君には随分と苦しく辛い思いをさせたことだろう」
「へあっ!?…う、ううん!きに、気にしないで…!あのっ、そのおかげで俺、スキルとか、すご、すごく強化、されたし、だから、みんなのなか、仲間、に、なれたし!これから、直ってけば、それでいいから…!」
 遠慮ばかりでは無い、本心からそう思っているオリンドの言葉にカテナチオは胸打たれた。
 今回の件について派遣した監査員からもたらされた報告は、耳に痛く胸に堪えるものだった。ブルビネ国には情熱的と履き違えて暴力的な冒険者も多数存在する。そのため周辺国に比べギルド間や冒険者間で起こる問題も多く、評議会としても日々あちこちで頻発する諍いや違反に奔走してはいるが絶対的に手が足りず、どうしても地方は後回しになりがちであった。カロジェロからこの度の通告がなければ、この先も見過ごしていたままかと思えば背筋の凍る思いだ。
 しかしながら、どのような事情があったところで被害を受けた者にしてみれば言い訳にすぎない。更には軽視されている探査スキルしか持っていないなどという理由で不当な扱いを受けたオリンドの立場なら、なにもかもギルドのせいにして糾弾し、関係する者全てを憎悪したとしても、誰からも責められないどころか共感を得るに違いない。
 だというのに恨みもせずむしろ成長できたと純粋に前向きな言葉を、評議会員たる自分にかけるとは、なんと深く広い器なのか。
「…っ、…お言葉、痛み入る。ギルドの在り方を必ず是正し、更生させると君に誓おう」
「え、へへ。うん、ありがとう」
 染み入る声で約束するカテナチオに、単に本当に気になっていないだけのオリンドこそ眩しいものを見る目付きではにかんだ。
「ふふ。結束は万全といったところですかね。では、紫雷竜のメンバーを捉えにいくとしましょうか。リンド、居場所まで案内をお願いします」
「任せて!…ええと、ちょうどこの辺でオーガと戦闘始めたぽいから…」
 嬉しそうに胸を叩き、依頼受注の際に受け取ったディッキアの地図をエウフェリオから受け取ったオリンドは、頭に浮かび上がったダンジョン内の様子と重ねて最短経路を探る。
「…あ。結構近くに出る近道…、隠し通路があるけど、どうしよう?出入り口を簡単に塞いであるだけのやつ」
 どうしようと聞きつつスフマカン鶴嘴に手が伸びかけている。そわそわとした様子にエウフェリオはくすりと笑った。
「ふふっ。暴いて悪いことも無いでしょうし、開けてしまいますか」
「あら、いいわね。…あっ!ねえ、出入り口には結界張っちゃいましょ。それでこの辺の連中のお行儀も見ちゃいましょうよ」
「おや。良いですね。では全力で張りますか」
 言ってエウフェリオは能力抑制の魔導書を取り出し、自らに掛けられていた魔法を解除した。思えばこれも今日のところはウェンシェスランが仮登録する際の魔力測定時以外に出番が無かった。転ばぬ先の杖とはいえ、なんだか色々と入念に準備した苦労が浮かばれないような気が薄らとする。
「じゃあ、開けるね」
「はい。お願いします」
 胸の内に少々靄が掛かりかけたが、楽しそうなオリンドの声に晴らしたエウフェリオは、微笑みを取り戻すと頷いた。
 掘り出された隠し通路の中には何も無く、おそらく非常用か経路短縮用と思われた。というのも自然形成洞穴の複雑に曲がりくねった道の入り口に近い角と中程にある角同士を真っ直ぐ繋ぐ位置関係にあったからだ。
 あまりにも直線のため目指す先もオリンドが開けたばかりの入り口も良く見える。その通路に意気揚々と乗り込み、長く伸びる通路の三分の一ほどまで進んだ頃だろうか、殿を歩いていたイドリックはふと背後から物音が聞こえた気がして振り返った。果たしてそこには、二十代に差し掛かるかどうかと思しき四人組からなるパーティが見えない壁に阻まれている様子が見えた。
「…おいおい、さっそく引っ掛ってるぞ」
「マジか!?…マジじゃん!ちょ、早すぎねー?」
「んもう、欲望塗れねっ」
 どう見ても暴かれたばかりの隠し通路に突撃しようとは、若い身空で押し入り横取り精神の旺盛なことだ。それとも諸先輩方の教育の賜物か。グラプトベリアではまずあり得ない程度の低さにアレグたちは苦笑したしカテナチオは恥じ入った。
「ついでにしばらく動けなくなる程度の麻痺魔法もかけておきましたから、良い薬になるでしょう」
「…えっ。…あれ、しばらくで済む…の?」
 麗らかに微笑むエウフェリオにオリンドはおずおずと尋ねた。結界の辺りから探査の魔素にひしひしと圧を掛けてくる魔力と魔素量はどう考えても尋常では無い。
「ええ。私ならしばらくです」
「フェリちゃんでしばらく!?…ご愁傷様!!」
 一瞬だが気のせいでなくウェンシェスランが凄まじい表情をした。これは相当だ。そしてたぶん深掘りしてはいけないやつだ。もし万が一いやたぶん一が一だけれど、今日一日麻痺して動けなかったとしても、流石に誰か通りかかった他の冒険者が助けてくれるだろう。オリンドは聞かなかったことにして通路の奥へ意識を飛ばした。十六年経ってもそれとわかるバティスタとダルマチェロ特有の魔素流が二人の形を浮かび上がらせている。もう一人いるのはガイオと思われた。盾職だと聞いていたが随分と身の丈に合わない盾を手にしているものだ。
「…うん?」
 身の丈に合わない?
 無意識に浮かんだ感想にオリンドは少々驚いた。何故そんなことを思ってしまったのか、不思議に感じてもう一度つぶさに眺める。
「…あっ」
 うわあ。怖い。なんだあの変な動き。盾がでかすぎるんだ。取り回しきれなくてバッツたちの動線すごく塞いでるじゃないか。というかバッツもきっと剣が長すぎる。だから振る時に腕がぶれちゃうんだ。それに攻撃に出るのにあんなにガイオを大回りしてたら、オーガの良い的になっちゃう。マーシーは鎖付き星球式鎚矛モーニングスターなのに力任せに振り回しすぎだよ、体勢崩れちゃってる。その上あんなバッツに近いんじゃ下手したら怪我させるぞ。
 内心で悲鳴を上げてオリンドは一瞬身を震わせた。知らずきつく寄る眉間を指で揉み、思い返せば黒金の遊撃隊は流石Bランクだったんだなと認識を改め、それから随分と自分の目が肥えたことに気付いた。
「…!」
 思わず口元を覆ってあらぬ方に視線を泳がせ、人のこと言えるのか自分だって大したこと無いくせに、と恥入る。そうして顔に血が集まっていることを誰も気付いていないことに、こっそりと安心の息を吐いてから、気を取り直そうとスフマカン鶴嘴の柄を握り込んだ。ちょうどよく人肌に馴染みかけた金属の柄が手に心地よく、のぼせかけた頭を落ち着かせてくれる。
 そうして辿り着いた隠し通路の行き止まりでオリンドは壁の向こうを探った。
「うん。出てもたぶん大丈夫。バッツたちはもう一つ先の曲がり角の向こうに居るし、この辺は他に人も居ない」
 確認したオリンドは振り返ってエウフェリオたちの頷きを得ると、頷き返してから手早く出口を作った。開け終わった穴からはいの一番にアレグが飛び出す。
「ありがとなオーリン!よおし、そんじゃ野郎どもとっちめに…違う!フィロの口調、フィロの口調!貴族らしく!そんでもって、とっちめるためにまず普通の接触!」
「アルちゃんえらい。よく踏みとどまったわ。もう少しであたしの聖杖が火を吹くところよ」
 たしり。左手の平に打ち付けられた杖の先端にアレグはヒェッと小さく漏らすと咳払いを一度、それからしばし目を閉じたかと思うと急に背筋を伸ばして眼前の洞穴を指差した。
「…さて。では諸君、最終確認だ。今現在、次の角の先でオリンドくんの元パーティ、暗黒の渾沌何某が戦闘中である。我々は偶然を装い合流の後、彼らからオリンドくんへの反応を見つつ、当時の情報を引き出す。各自、心の準備は万端かな?」
「…へあ…」
 えっ、誰?…や、仮登録のときも思ったけど。
 カランコエ冒険者ギルドでも見せてくれたフィリッポ真似も見事だったが、改めて見ると本当に誰だこれ。と、最大限丸まったオリンドの目を見てエウフェリオが軽く吹き出す。
「っふふ。はやるときはやれる人間ですよ。…さ。結界も張りましたし、景色に音声ともに保存の準備も抜かり無しです」
 結界と麻痺魔法をかけ終えたエウフェリオの準備完了の言葉を合図に、まずイドリックが前に出た。今回は暁の盃がいつも取る並び順では無いのだった、とオリンドもいそいそと立ち位置を変えにかかる。
 そうしてイドリックを先頭に、アレグ、ウェンシェスラン、オリンド、ティツィアーナ、エウフェリオ、カテナチオと続き歩き出した。
 次の曲がり角まではそれほどの距離も無く、近付くにつれ次第に戦闘の音が全員の耳に届き出す。あちらへこちらへ移動する足音や武器の空を切る音から、なんとなくの戦況が脳裏に描かれ始めた。
 うわあ。
 さきほどオリンドが感じた危うさにアレグたちも晒され、一様に酸っぱいものを口に含んだような顔をした。音だけでは各自の実力の程までは計りかねるが、連携のいただけなさが目に浮かぶ。
 だからこそだろう。オーガとの戦闘開始をオリンドが見てからここまで体感で約二十分ほどが経っている。だというのにようやく仕留める段階に入ったようだ。これでは体力も残っているまい。
「…なあ。もしかしなくとも、声なんぞ掛けなくとも向こうから来るんじゃねえか?」
「ああ、そうね。たぶんヘトヘトでしょうから、解体の手伝いなり頼まれちゃうかもよ」
「そしてオリンドくんに気付かれるわけかな?」
「そのような運びになるかもしれませんね。心して通り過ぎる振りをしましょう」
「あ。じゃあ、俺、あ、アレグリニ卿と、しぇ、シェスカ、に、隠れ気味になっておく」
 バティスタたちの目にまず自分が飛び込んでしまっては、声を掛けるどころか無視をしようと避けられてしまうかもしれない。少し歩みを早めたオリンドは二人の陰に入り背を丸めた。と、急にウェンシェスランがアレグの腕を取り身を寄せる。
 そうか、愛人ていう設定だっけ。
 演じている設定を活かしてバティスタたちの目に止まりにくくなるようにしてくれたのかもしれないとオリンドは考えたが、ウェンシェスランにしてみれば愛称を呼ばれた嬉しさから抜けかけた腰を支えるための手段だった。結果として他人の目には、おそらく冒険者体験だろうやたらと高級な装備をまとった身綺麗な遊び人感満載のカップルと、その護衛の四人組パーティとして、ばっちり映った。
 当然の帰結というべきか、戦闘を終えたばかりのバティスタたちは疲労困憊の苛立ちと興奮に高揚もあいまって、たちまちのうちに頭へ血を上らせる。
「…おい。おい、そこの」
 ふざけるなよ。という気分を吐き捨てるように、ガイオはアレグ扮するアドルフォが通り過ぎようとするのに待ったをかけた。
「………うん?…ああ。僕かな?」
 即座に構えたイドリック扮するリカイドレイの盾をちらりと見遣ってから、アレグは殊更興味なさげに返す。
 これにカチンと来た風でガイオは更に噛み付いた。
「おまえらだよおまえら。他に誰が居るってんだ。つうか人が大物仕留めてんのに素通りしようなんざ無礼だろ。どういう了見なんだよ?」
 顎で背後のオーガを指し示しガイオは言い募った。そこへバティスタも即座に追随する。
「全くだ。どこの無法地帯から来たんだか知らねえが、こういう時ぁ解体手伝おうってのが常識だろ」
 あからさまに馬鹿にした口ぶりだ。どうやら冒険体験者を引率しているパーティのランクがいかほどのものかだとか、アレグやウェンシェスランの装備から身分を推測するなどという頭は無いらしい。
「そうだそうだ。手伝うなり掃除屋呼ぶなり、助け合いの精神はねえのかよう」
 星球式鎚矛を振り振り、ダルマチェロも唇を尖らせる。
「…無礼。常識。助け合い。…ほう?」
 どの口が言ってやがる。
 柔らかな無表情を浮かべたまま、アレグもイドリックもウェンシェスランも心中でもう何度殴り蹴り付ける想像をしたかわからない。それでも、相手には聞こえない音量でずっと呪詛を唱え続けているエウフェリオの胸中を思えば堪えられた。
 と、いうか恐ろしくて堪えざるを得ない。
 泳ぎかける目を瞬きで捩じ伏せたアレグは、これだけ食い付かせたのだから、そろそろ気付かせても良いだろうと自分とウェンシェスランの背後にいるオリンドへひたりと合わせた。
「きみ、ここらの出身と言っていたっけ。そういう暗黙があるのかい?」
「えぁっ!?…え。…うんん?そんなのは、なかっ、無かったと、思う、…お、思います」
 わあ。来た。俺もちゃんと俺を演じなきゃ。
 自分を演じるもなにも無いが、上手く立ち回らねばと緊張しきったオリンドは焦りから舌を絡れさせる。その声が届いたバティスタとダルマチェロは一瞬、誰だこいつは、と訝しむ顔をした。が、それも束の間、細い体の前に合わされた手の指が絡め回され出した瞬間に、二人は眉を跳ね上げ目を見開き肩を怒らせて怒声を上げた。
「てめぇえっ!オーリンか!!よくもノコノコと顔ぉ出せたもんだな!」
「ひゃうっ!?」
 バティスタから切先を向け怒鳴りつけられたオリンドは小さく悲鳴を上げ、思わずエウフェリオの背に隠れた。あれから十六年も経っているのに、まだこれだけ怒りを顕にされるとは流石に予想外だと肩を竦める。
「おっ、おま、おまえ!どの面下げて戻ってきたんだよ!?」
 地面に星球を打ち付け足を踏み鳴らすダルマチェロに益々萎縮するオリンドの背を、振り返ったエウフェリオが撫で摩って宥めた。
 なにかおかしい気がする。と、少し落ち着いたことでオリンドの頭の片隅にわずかな引っ掛かりが生じた。自分が居た間ずっと忌々しいと感じていたとしても、彼らの溜飲は追い出したことでいくらか下がるはずではなかろうか。感情も耳目にしない間に薄まるものではなかろうか。なのに、何故こんなにも新鮮な怒りを持たれているのか。
「オーリン!?オリンドだと!?…っ貴様あ!」
 更に首を捻ることには、オリンドの名を聞いたガイオの顔も見る間に怒りに染まった。
 彼に至っては何ぞ被害を与えた覚えも無い。そもそも一緒に過ごしてすら居ないのだ、何を怒ることがあろうか。
 その疑問は次の瞬間、彼の口から出た言葉に解消された。
「よくも俺たちを嵌めやがって!」
「ええっ!?…えええ!?」
 いや、ますます疑問の深まる理由であった。
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