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第三十七話 裏に居た人物

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 いざ走り出しかけていた専属馬車を止め、乗り込んだオリンドがクラッスラに戻る頃には入り口が完全に封鎖されていた。
 出迎えたカロジェロが目を丸めて驚き、舞い戻ってくるとはなかなか根性が据わっている。と、頭をがしがしと撫で付けてくる。
「で!?何があった?」
「えっと、誰か、俺のこと邪魔な人が、居るみたい、で、黒金のゆう、遊撃隊、は、俺の殺しを請け負っ…」
「殺しだあ!?」
 どおりでアルたちが鬼みてえな形相してやがる。特にフェリ、魔王か。悪魔か。いやどっちも裸足で逃げ出すに違いねえ。
「詳しくは後ほど。全てこの録画魔石に収められています。私たちも確認済みです。言い逃れはできない会話が撮れていますよ」
 馬車の中で確認した録画石をカロジェロに提出したエウフェリオは、眉間を揉みほぐし盛大な溜息を吐き出してから表情を切り替えた。
「リンドがもう少し頑張ってくださると言うので、彼の探査スキルで黒金の連中を追おうと思っています。通信器で逐一連中の居場所を報告すれば捕獲も容易いと考えるのですが」
「おお。それはいいな。…つっても、一対しかねえが」
「俺が行く!…行かせてくれ!」
 潜るのは誰に、と、言いかけるまでもなくアレグが名乗りを上げた。必死の形相だ。自分のしでかしたことがよほど堪えているらしい、これを蹴るのは酷というものだろう。
「…わかりました。リック、サポートをお願いします。シェスカは…」
「あたしじゃ二人の足に付いてけないわよ。残ってリンちゃんのメンタルケアするわ」
「ですね。お願いします。アル、貴方はくれぐれも連中を殺してしまわないように」
「おお!わかってる!…足くらいはもげててもいい?」
「駄目です。貴方止血もできないでしょうが」
「はあい…」
 全く納得のいっていない顔で渋々頷いたアレグは、通信器の具合を確認して音量を調節し、鞄から取り出した携帯用結束具に取り付けると首から下げた。
「よし!行ってくる!」
「おいアル!俺だっておまえの全速力には付いていけねえからな!?ちったあ加減しろよ!?」
 一秒でも早くといった風で駆け去るアレグの後をイドリックも慌てて追いかけて行った。
 入り口のギルド員をかなり急かした様子で受付を済ませた二人が潜るのを見届け、なんとはなしひと段落ついたような心地で息を吐く。しかし捕物はこれからだとエウフェリオはオリンドに向き直った。
「…さて、リンド、黒金の連中が今どの辺りに居るか…、リンド?」
「えぁっ!?」
 なんか、すごく、怖い会話をしてた気がする。と、考え込んでいたオリンドは返事が遅れた。
「大丈夫ですか?やはり相当に恐ろしい思いを…」
「やっ、だ、大丈夫、大丈夫!」
 たぶん拠点に戻ってからの方が恐怖体験だった。などということは口が裂けても言えず、そうだ黒金の遊撃隊の位置だ、とクラッスラに魔力を注いだオリンドは、まず三十八階層付近を探した。
「…居た。…んと、あっ、もう闇魔法は解けちゃったのかな、今三十六階層を移動してる」
 さすがにまだ三人の魔力の癖は掴めておらず、実のところ探し出せるか少々不安だったが、何となく感じていたとおり彼らは例の時計をしっかりと抱えて移動しているようだ。助かったと安堵しつつ、念の為に全身を流れる魔力が作り出した形状を検めてあの三人の姿だ、と確信を持って告げる。
「ほう。解かねば半日は持続するんですが…。あれを解くとは腐ってもBランクといったところですね。…三十六階層ですね?」
「うん。ええと、この辺」
 肩下げ鞄からギルド版地図を取り出したオリンドは三十六階層の頁を開いて指し示した。
「ありがとうございます。…アル、聞こえますか。まずは三十六階層に向かってください。今のところは階層の中央付近を移動中のようです。リンドを探しながら移動しているはずですから転送陣を使うことは考えにくいですが、念の為こちらで逐一追います。通信に注意を払っていてくださいね」
(りょーかい!三十六な!)
 通信器の向こうからはアレグの凜とした声が返ってきて、気合いの入り様が伝わってくる。
「おう。ちっと俺も見てていいか?」
 指示を飛ばすエウフェリオの端正な横顔を惚れ惚れと眺めていると、その向こうから面白げな顔をしたカロジェロが軽く手をあげて覗き込んできた。早急な封鎖を指示しに出張ってきたはいいが、早々にやることが無くなってしまい手持ち無沙汰のようだ。
「どうぞどうぞ。リンドの素晴らしさに感嘆するがいいですよ」
「おまえ本当…いや、いい。…しかし、見事だな。封鎖したはいいが時間がかかるぞと思ってたんだが…」
「虱潰しじゃ無くて済むのって、とんでもない話よね。…ありがとねリンちゃん」
「えっ、へへ…えへへ。あ、ありがとう」
 役に立てて嬉しい。と満面の笑みを見せるオリンドに、殺されかけた後だというのになんだこの健気めと胸の内を温めたカロジェロとウェンシェスランは、もう少しで抱きしめそうになっているエウフェリオの肩をがっつりと掴んで止めた。
「っし、こんなとこで突っ立ってちゃ風邪引いちまわあ。悪いが馬車ん中貸してくれ」
「そうね腰を据えて探しましょ。ほらほらリンちゃんも入って入って」
 そのまま二人がかりで専属馬車の中へエウフェリオを引き摺り込みつつオリンドを呼び込んだウェンシェスランは、手早く全ての窓のカーテンを引き隠匿魔法の魔石を発動させる。
「ほらっ!存分にいちゃつくがいいわよ!人前ではやめろってのよこの馬鹿たれ!」
「気持ちはわからんでもねえがな。自分の言動次第でオリンドに敵が増えることを考えろよ?」
「…っ、すみません。頭では理解しているのですけど、感情が制御しきれませんでした…」
 申し訳ない。などという言葉もそこそこにエウフェリオはオリンドを抱きしめて頬擦りをした。
 さて、一方のアレグだが。通信器から聞こえてくる、いちゃっとした音声がなるべく周囲に漏れないよう両手でしっかり覆いつつひた走った。
「ハンズフリーとは」
「言うなアル。っとと、そこの転送陣だ。だいぶ近道になる」
「おっし。野郎ども、見付け次第ぶん殴ってやる」
「…ほどほどにな。蘇生魔法の触媒がもったいねえ」
 などと嘯くイドリックも拳を叩いて殴り飛ばす気満々だ。
 結果的に黒金の遊撃隊はアレグたちに見つかった後、階層を十ほど渡り歩いて逃げ回った。どこへどう逃げても鬼気迫る二人に追い付かれ追いかけ回されて足も肺も心臓も限界を迎え、もう歩くことも立つこともままならなくなり倒れ込み、意識を失ったらしい。
「殴ったろ。思い切り」
「殴った。でもだいぶ手加減した」
「手加減してこれか。ったく…」
 クラッスラから運び出された黒金の遊撃隊はギルドに向かう馬車の中でただちに回復魔法による治療を施されたが、その有り様たるや惨憺たるものだった。ウェンシェスランが「アルちゃんたち、ずるい」と口走るくらいには。ともあれ死ぬことは免れたのだから手加減されたのは間違い無いだろう。死ぬより恐ろしい記憶が刻まれたとしても自業自得なのだから知ったことではない。
「さてと。そんじゃあ何でこんな馬鹿げたことしでかしたのか聞こうじゃないか。ここに証拠はちゃあんと揃ってるからな。言い逃れできるなんざ思うなよ?」
 執務室に落ち着き、カロジェロは提出された録画石の映像を先に流して見せた。縛り上げられ床に座らされた三人は三人とも、ぐうの音も出せず黙り込む。
「黙ってんじゃねえよ!おまえら何でオーリンを狙いやがった!」
「待て待て待てアル。落ち着け。二、三発ったってあんな殴り方しといてまだ足りんか」
「……っ!」
 殴るという単語にテクラが飛び上がり、怯え切った目でアレグを伺った。
「足りねえよ。このまま喋らねえってんならもっかい殴る」
「や、やめて!話す!話すから!」
 骨の髄まで砕かれたのではないかという衝撃を思い出し、震え上がった彼女は悲痛に叫んだ。
「ま、待てテクラ!…頼む!話すから助けてくれ!」
 何の交渉も無しに話すんじゃないとネレオが遮ると、カロジェロが大いに眉をひそめた。
「人聞きの悪ぃこと言うじゃねえか。ギルドに罪人を裁く権限は無えよ。命乞いなら役人にしな」
「待ってくれ!そ、そいつは逃げおおせたじゃねえか!殺してねえ!突き出さないでくれ!」
 このまま証拠も何も揃えて突き出されては、殺人未遂のかどで絞首刑か、免れようにも贖いきれないほどの賠償金を課されてしまう。死ぬか償うかの二択なら後者を選ぶが、確実に冒険者ギルドからは追放を受けるだろう身でそんなことになれば身を売るしかない。オリンドは傷一つ負わず生きているとこじつけたパオロは犯罪奴隷など真っ平御免だと食い下がった。
「腹に据えかねますね。そんな中途半端な覚悟で人の命を狙ったわけですか」
 ぎちり。と鳴りそうな締め上げるエウフェリオの視線にパオロは一瞬怯んだ。だが頭に血を上らせて言い逃れようと反論を試みる。
「っそ、そんな、たまさか使える探査スキルを持ってただけのFランク野郎が何だってんだ!」
 しかして叫んだ内容は最悪そのものだった。
「そうよ!ひ、拾ったのがあんたたちでなきゃ、中級の前半階層だって足引っ張るようなお荷物じゃない!今日だって酷いもんだったんだから!」
 逆鱗に触れたことにも気付かず、勇者一行が急に黙り込んだのはいいところを突けたからだと勘違いしたテクラが更に言い募る。
「あれだろ?便利だから囲い込んでんだろ?あ、あんたたちに歯向かったのは悪かった。このとおりだ。…なんなら受け取った前金は…いや、時計も含めて全部渡す!だから、な?勘弁してくれ」
 煮えたぎる臓腑を抑え込み、黙って聞いていれば、他の二人が触れた逆鱗をネレオが毟り取った。
 …あーあ。
 カロジェロは後頭部を掻き毟って徐ろに立ち上がる。
「ほとほどにな」
 それだけ言い置いて執務室を辞し、時間を潰すために階下へ降りた。
 三十分ほど外した後に戻った彼が見たのは、最低一度は蘇生させられたらしき魂の抜けたように青ざめた顔で何事か呟き続ける黒金の遊撃隊と、気まずそうに佇むアレグとイドリック、それから両手で顔を覆って小刻みに震え、エウフェリオとウェンシェスランに必死にあやされるオリンドだった。
「…オリンドにまでトラウマ植え付けてどうする」
「ふ、不可抗力!不可抗力なのよ!」
「そうです、これには訳が…!」
「言い訳無用だ馬鹿もん」
 それで?と、カロジェロはソファに腰掛けた。
「おまえらのこった。俺が聞こうと思ってたことまできっちり尋問済ませちまったんだろ?」
 聞けばアレグたちはさっと顔を曇らせて口篭った。思わずといった風で顔を上げたオリンドも涙でベシャベシャになった目元を悲痛に歪める。
「…おい。なんだ。何を聞いた?」
 嫌な予感がする。少しばかり身を乗り出したカロジェロに、逡巡してから隠しておいて良いわけがない、と、エウフェリオが口を開いた。
「今回の、件ですが…。ケネデッタから依頼を受けたそうです」
 言葉が終わると同時にテーブルの天板が叩き割られた。
 表情を無くしたカロジェロは一拍を置いてから自分がテーブルを破壊したことに気付き、呆然と拳を眺める。
「…は…デティ、が…?…おい、馬鹿なこと…」
 緩く首を振り否定の途中で彼は口を噤む。言われてみれば思い当たる節があった。
「…そうか。…そう、か…」
 痛ましい沈黙の中、無理矢理にも折り合いをつけたらしい、しばらく俯けていた顔を上げた時にはギルドマスターの顔に戻っていた。
「で?こいつらはいくらで請け負ったって?」
 腐ってもBランクだ。端金で動くはずも無いがケネデッタにそんな大金が用意できたとも思えない。
「それが、ですね…」
 ところがまたしても言い淀むエウフェリオに、カロジェロは頭は切り替えたと真剣な顔を向けた。
「…大金貨百枚と竜の核を受け取ったそうで」
「っ、やりやがったなあのクソガキぃ!」
 壊れたテーブルを叩き直してカロジェロは猛然と立ち上がると黒金の遊撃隊の見張りを言い置き、ティツィアーナを伴って二階の奥へ走っていった。金庫室のある方向だ。あまりにも莫大な値の付いた品々を換金準備が整うまで保管しておく場でもある。
 誰も彼もまんじりともせず待っているとしばらくして大きな皮袋をひとつ抱えたカロジェロだけが戻ってきた。ティツィアーナは事後処理に回ったようだ。
「…おう。待たせたな」
「お疲れ様。ね、お茶淹れましょか?給湯室借りていい?」
 ウェンシェスランの提案に一も二もなく頷いたカロジェロはソファに深く沈み込み、皮袋を一旦脇に置くと長い溜息を吐き出した。
「金庫室、な」
「…はい」
「外側には何の異常も無かった」
「…そうですか…」
 それは取りも直さず『正しく開閉された』ことを意味している。エウフェリオは眉を顰めて目を伏せた。
「あんたの目を盗んで鍵を持ち出すとはな」
 どこを見るともなく窓の外に目を向けてイドリックがぽつりと溢す。
「はは。全くだ。さすが俺が目を掛けてただけのことはある」
 自嘲気味に笑ってから、さて、しんみりするのはこれで終いだ。とばかり、壊れたテーブルの端に皮袋を置いてカロジェロは革紐を解き口を広げた。
 中には大きな白骨がいくつか入っている。アレグの討伐した竜の骨の一部だ。
「竜だが、保管してあった部位のうち、牙が数本、爪ひと揃え、仙骨、それから確かに核も持ち去られていた」
「ふむ。どれも比較的売り捌きやすい部位ですね」
 ギルド職員としてつくづく有能だったようだ。それだけに口惜しい。
「…す、ごい。魔素も魔力も漲ってる…」
 皮や肉などは真っ先に売れており、後に残ったのは高価なわりに需要が少なく加工も難しい骨ばかりであったが、とはいえ目を剥くほどのエネルギーを秘めている。
 ギルドで探査スキルを使うたび、ビリビリ来てたのはこれかあ。と、オリンドはぐしぐしと拭った目を輝かせて見詰めた。骨だけでこれなのだ、生前はさぞかし強大な魔力を持っていたことだろう。
「こ、こんなの、アレグさん仕留めたの?」
「ぅお、…おう。すげえやつだったぞ」
 へへ。と、未だオリンドに申し訳ない気持ちがあるからか、アレグがとても控えめに照れる。
「うぉあ、さすがアレグさん…。俺竜の本物は見ただけで死んじゃう自信しか無い」
「いや、そんな、…よ、よせやい」
 やはり控えめな反応を返すアレグに、元気が無いなどうしたことだろうと考え、ややあってオリンドはぽくんと手を打った。
「あっ。もしかして昨日のこと気にしてる、の?…俺、アレグさんが俺のために怒ってくれて嬉しいって思ってるよ」
 だから気にしないで。言えばアレグの顔が真夏の真昼の太陽みたいに輝いた。
「~~~っっ!オーリン!おま、おまえってやつは…!ありがとなあぁあ!」
「えへ、へへへ。俺こそ、ありがとう」
 駆け寄り来てぎゅうぎゅうと抱き付いてくるアレグの腕をもちもちとオリンドが撫でさする。
「はいはい。そのくらいにして話進めてちょうだい。お茶が入ったわよ」
 給湯室からティーポットひとつとカップ六つを携えて戻ってきたウェンシェスランが嗜めたことでようやく話も本題に戻った。
「それで骨をこちらに持ってきたということは、つまりリンドのスキルを借りたいということですね?」
「…まあ。そういうこった。おそらくこいつらの失敗は早いうちにデティ…ケネデッタに伝わるだろう。疲れてるところ申し訳ねえが何とか…」
「んんと、街ひとつ挟んだ向こうの町の…元は教会かなこれ、廃墟にいるみたい。んんー、形からすると仙骨かなあ、持ってるの」
 ぶう。
 紅茶を口に含んでいたイドリックとアレグが咽せて吹き出す。
「リンちゃん。もう少し出し惜しみしてもいいと思うのね、あたし」
「何を言うんです。そこがリンドのいいところじゃないですか」
 ウェンシェスランとエウフェリオこそほのぼのと愛で慈しんだが、呆気に取られたカロジェロと、成功報酬の取引先に指定された場所をあっさり探し出された黒金の遊撃隊は、物も言えずに剥き出した真ん丸の目でオリンドを見詰めることしかできなかった。
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