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第三十話 いざ入城

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「す…、すご、すごい、の、開けちゃった……」
 前代未聞のとてつもない動きを見せて開いた壁と、奥に鎮座するあまりにも想像の範疇を超えた建造物を前に束の間静まり返った場で、目も口もあんぐりとさせたオリンドがそれを自分が開けたという事実におろおろとして呟いた。
「んぐっは!おまっ、おまえが驚いてどうすんだよオーリン!」
「あっははは!あ、貴方にしかっ、開けられない壁ですよリンド…!」
「ちょっ…ほんっと、ほんともうっ!っふふふ!リンちゃんたらっ!」
「ふっはっはっは!まさか当てずっぽうで開けたわけでもあるまいに」
「えっ」
 イドリックの台詞にオリンドはちょっと飛び上がった。
「…え?」
 四人と、それからフィリッポや他の冒険者たちの目がオリンド一人に向けられる。
「…うそ。リンちゃん、当てずっぽうで開けられちゃったの?」
「いや、えっと、に、似たような…と、いうか…。その。ボタンの、お、奥…、裏側、から数字が彫ってあって…順番に押したら開いた…」
 ざわり。冒険者たちがざわめいた。そんな詳細な探査が可能なのかと身を乗り出しそうな雰囲気と囁き交わす声が広がる。
「…そんな仕掛けになっているんですか?このダンジョンの隠し扉は」
「ううん。ここのが初めて。他の仕掛けは数字とか無かった。から、どこがどう繋がってるのか見て、押すスイッチと順番を探した、けど」
 説明すれば、おお、と感嘆の声が上がった。今や誰もが認識を格段に改めたと言う目をオリンドに向け、話す言葉を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「やっばいわ。ちょっ…あたしも惚れ直しちゃいそう。匠よ匠。匠が居るわ」
「経験の成せる技ですね。今回の判断も勘に基づいたものでしょう」
「なら当てずっぽうなんかじゃないさ。やるなオーリン、大したもんだ」
「すげえじゃんオーリン!俺じゃ逆立ちしたってそんなんできねえよ!」
「ふは、…うあ、ありがとうっ…!」
 嬉しさと喜びがない交ぜになって、しきりに照れるオリンドの頭や背をぐしぐしと撫でたアレグもイドリックも満足そうな笑みを溢した。
「しかし数字が彫られていたのがここだけとすると、何か意味があるのでしょうね…」
「見た感じ城みたいだし、そしたら出入りは結構あったはずよね。なのにこの壁って相当じゃない?」
「…ええ。確かに。構えからしてもそこが玄関でしょうし…。リンド、そのスイッチの周り、どんな様子になっているんです?」
「周り…ええと、小さい部品がたっぷり…うーん、…あ、昔、迷い猫の捜索で登らせてもらった時計塔の、一番入り組んでるとこくらい、部品が密集してて、小さい魔法陣がひとつ付いてる、けど、なんだろう?」
「魔法陣!?魔法陣の探査までできてしまうのかい!?」
 一度は下がっていたフィリッポがぎょっとして走り寄り再びボタン周りを凝視する。慌てて後をついてきて寄せられたブリジッタたちのふくよかな胸元に照れたオリンドは三歩ほど飛び退いた。いくら恋愛対象はエウフェリオでも目のやり場に困るものは困る。
「できちゃうのよこれが!だからアルちゃんが百八階層まで見てこられたんじゃない。転送陣の行き先までわかっちゃうんだから!ていうか、急に寄ってくんなっつってんのよリンちゃんが泣いちゃうでしょ?…あっ、ねえ、リンちゃん、それ書き写せる?」
「な、泣くわけ…えっ、…あ、うん。できる。なぞるからちょっと待ってて…」
 強風に吹かれた風車並みに回る舌にあっという間に思考を切り替えさせられて、かぶせに付いた飾りの猫にちょっとだけ見惚れてから鞄を開けた。いくつにも仕切られているお陰で中身は一目瞭然だ。自分にこんなの勿体無いと渋りはしたものの、やはり真新しい道具の並ぶ様は心地よく、しかも大好きな人たちからの贈り物とくれば感慨もひとしおだ。
 むふー、と、満たされた鼻息を吐いたオリンドは書籍より少し大きい寸法の木板と植物紙の綴り、それからウェンシェスランが厳選して買い付けてくれたインクが自動供給される魔導羽ペンを取り出すと、道を開けてくれたフィリッポたちの間に歩み入って、三人分のたっぷりとした柔らかな肉付きの体と大きな胸にどぎまぎしつつも石壁に集中して慣れた手つきで素早く書き写す。
「…ん…と、こんな感じ」
 細かいところを再確認したオリンドは、描きつけた紙を切り取って差し出した。
「どれどれ…?」
 受け取ったウェンシェスランは陣を見るなり、ああ、と頷いた。
「フェリちゃんこれ光魔法の陣だわ。決められた量の魔力を流すと短時間光るやつ」
「なるほど、…これであれば…このくらいですね」
 横から覗き込んだエウフェリオはオリンドの暴き出した九つの起動ボタンに実際に魔力を通してみる。
 すると奥で陣が光を放ったのだろう、格子に沿って淡い光が漏れ出し、各ボタンにぼんやりと飾りを纏った数字が浮かび上がった。
「うわあ…そうか、ほんとはこうやって番号を出して順番に押し…、あれ?…さっきと番号の配置が違う」
「なんですって!?」
「確かですかリンド!?」
「えっ?うん」
 言っている間に光はすぐ消えてしまったが、確かに順番は異なっていた。思い返したオリンドは三列三段の右上を指差す。
「俺が最初に押したボタン、一って彫られてたからなんだけど、真ん中にあったのに今はここに来てる」
「ええ~、じゃあ確定よね。…えっ、そしたらもしかして開けるたびに入れ替わるの?」
「さて、やってみなければ何ともですが…。そうであれば仕組みを知らない者に解除は困難、知る者は開けるのに造作もなく、知らせる者も限定できれば漏らした者を特定するにも容易いと…。なんとも念の入った防備ですね」
「…大層な仕組みじゃないの。…試してみたいわあ」
「ええー!もういいじゃん、早く城ん中入ろうってえ!」
「そうだな仕掛けも気になるが俺も気が逸って堪らん。というか城…でいいんだよなこれは」
「そうね…、城なんじゃないかしら…?」
 通常の建物なら五~六階は入りそうな洞窟の床から天井まで貫いて二階分という贅沢な建て方を見ても、使用された建材や施された装飾を見ても城と言う他無いだろう。
「おそらく…だいぶ風変わりではありますが」
 アレグに渡す前に眺めた地図の内容を記憶から引っ張り出したエウフェリオは、あの時首を捻った様相に改めて首を傾げる。
「うん。城だと思う。んんーと、確か間に宿屋…と、鍛錬場…かなあ、そんな感じの階層挟むけど、下に行くほど内装がどんどん豪華になってた。魔物もどんどん怖いのになってくけど…」
 同じく記憶を引っ張り出したオリンドが言うと突如として即時突入しそうな狂気にも似た気配が背後から湧き起こった。飛び上がるほどの身震いを起こして振り返るとさすが高ランク冒険者と言うべきか、一瞬で理性を取り戻した顔にそれぞれ反省の色を浮かべている。
「ぐぅ…。…す、すまない。もう少しで駆け出してしまうところだった。…僕はこの辺でお暇するよ」
 息を飲み込み、口元を押さえてようやくといった風でフィリッポは零した。
「あら、もう?すっごい食い付いて見てたのに」
「意地悪なことを言うね。だからこそさ。これ以上見ていたら抑えが効かなくなってしまう。…さっさと依頼をこなして調査団に応募でもしてみるとしよう。いや全く、素晴らしい物を見せてもらった。ありがとう」
 この先は規模が規模だけに抜け駆け上等ではあるがあくまで勇者一行の発見した通路だ。最初に捜索する権利はアレグたちと、地図を委託販売という形式にしたギルドにある。真っ当に真っ先に新階層を見たければ一行に加わるか調査団に名乗りをあげるかだ。
 弁えたフィロが仲間たちと共に踵を返すと、皆口々にその通りだと謝罪の言葉と謝辞を述べて自分たちの冒険へ戻っていった。この分なら調査団が整うかどうかというカロジェロの危惧も杞憂に終わることだろう。
「ほあぁあ…かっこいい…」
 強くて礼儀正しいってなんだそれ。所変わればとは言うけれどこの街の冒険者は余裕のある人格者しか居ないのか。
「おいおいオーリン、フェリが妬くぞ」
「こんなことで妬きませんよ…」
「ふふっ。Aランクはね、城に呼ばれることもあるから振る舞いも査定に入るのよ。それでなくてもみんな駆け出しの内から正々堂々たれってカロンに躾けられるからねえ。先代よりは厳しくないらしいけど」
「そ、そうなのか…。うん、確かに悪いこと嫌いそう」
「おう!なんたってカロンは俺の親父の元嫁の旦那の従兄弟の嫁さんの兄ちゃんだからな!」
「…遠い…」
 早々に血縁切れてる。
 どう突っ込めばいいのかもわからなくてオリンドは端的に単語だけをそっと返した。
 地中だというのに一陣の風が強く吹き抜ける。
「さて!じゃあとっとと城の中を二階分調査して帰りましょっか!一泊するけど!」
「そうだな、後続のためにも安全な休憩場所を探し出しといてやらんと!」
「アル、お待ちかねの狩りの時間ですよ」
「おう!待ってました!!」
 わあ。無かったことになった。
 素晴らしい一致団結ぶりになかなかの感動を覚えつつ、オリンドは城の玄関へ走り出した四人の後を少し遅れて追いかけた。
「おうし!俺一番乗り!…うおっ、暗い!」
 勢いのまま大きく重厚な扉を引き倒す勢いで開けたアレグは、これまでと打って変わって灯りのない光景を見て少々仰け反り目を瞬かせた。
「はいはい。灯りをつけますから、ちょっと待ってください」
「あ、たぶんそこの天井にぶらさがってる、ええと、なんだかわかんないけど細かいのに魔力流したら光ると思う」
 さっきのボタンのやつと似た魔法陣だとオリンドの指差す方向にエウフェリオが魔力を飛ばしてみると、彼の言う細かいのとはシャンデリアのことだと知れた。ひとつに魔力を流すと伝播する仕組みのようだ。いくつもの柱に支えられたアーチ天井から下がる美しいシャンデリアに次々と灯りが灯され、そこらじゅうに贅沢な装飾の施された玄関広間と思しき空間を照らし出す。
「うっわ!なんだこりゃすげえ!マジで城!」
「えあ、そ、そこの陰からなんか来る!」
「おう、任せろ!」
 内装の豪華さに感動する暇もあらばこそ。さっそく柱の奥から突進してくる魔物を察知したオリンドがイドリックの背に隠れつつ慌てた声を上げると、落ち着き払ったアレグが聖剣をしっかりと構えた。人より少し大きめの全身真っ黒で目元に緋色の炎を纏わせた狼が目の前に躍り出る。
「きゃああああ!!黒緋狼こくひろうじゃない!毛皮ああ!」
「合点承知!」
 姿を捉えたウェンシェスランの黄色い叫び声が辺りにこだました直後、黒緋狼の頭部が緋色の魔素炎を迸らせたまま弧を描いて広大なロビーを舞う。
 上顎から頭蓋までを切り取られた体は勢いのまま数歩走り、一呼吸で二十歩ほどの距離を踏み込んだアレグとオリンドたちとのちょうど中間あたりに崩れ落ちた。
「ひ…や…、す、すごい…」
 人間離れした踏み込みの距離にしろ反応速度にしろ斬撃の鋭さにしろ、目を見張る見事さに頭が痺れて言葉が出てこない。
「やーん!素敵ぃ!なんて見事な毛並みなの!見てこれ、オンファサイトみたい!フェリちゃん鞄、鞄!」
 感動を噛み締めるオリンドの隣ではウェンシェスランが黄色い声をさらに高めて飛び跳ねた。黒緋狼の毛皮は黒曜石のような青みがかった輝きが特徴なのだが、仕留めた個体は深い海の底に似た濃緑色に光を反射している。陽の光の下で見たならばさらに輝くだろう艶も湛えていた。
 これはかなりの高値が付くだろう。もっとも誰も売る気は無い。ウェンシェスランは毛皮を取る気満々だし、なかなかの肉質だとアレグとイドリックは食べる気満々だ。エウフェリオは胴体のみならず頭蓋も大事そうに拾い上げた。今もって目から炎が上がっている。
「あ、頭も持ってくの?」
「ええ。黒緋狼の目はこの炎が消えないうちに核から加工した魔石に封じると、かなりの魔力供給石になりますから」
「へええ、そういうふうに使えるのか…。すごいな。魔物って捨てるところが無い」
「無いですね。魔素が多く頑強ですから大概の部位は加工品になりますし、肉も美味ですし…。今回はこの鞄のおかげでスライムやゴブリンなども無駄に捨てずに済んで、とても助かってますよ」
「え、へへ。役に立てるの、嬉しい。…そっかあ…。そんなに色々使われるのか…」
 考えてみれば村でもいくつか魔物由来の道具が使用されていたし、針兎はりうさぎや八つ目鷺といった村人でも狩猟できる魔物は祝いの席のご馳走だった。ありがたい話だ。
 魔導書によって空間収納魔法がかけられたエウフェリオの腰のポーチに、大きな黒緋狼が収まる不思議な光景を前にして、改めてなにか神秘的なものを感じたオリンドはそっと心の中で祈りを捧げた。
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