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シャイロック 33 ラスト
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33
R33の車内で牧野が岩崎に話しかける。目の前に広がる二車線の道路は渋滞している。
「進みませんね」
「うん。僕はいいけどね」
「どうしてですか?」
「仕事しなくていいじゃん」
「ひど」
「牧野君はうれしくないの?」
「渋滞はうれしくないですよ」
「そう。変わってるね」
「岩崎さんの声って、高いですよね」
「そうなんだよね。嫌なんだよね」
「自分でも嫌なもんですか?」
「でも、キャバクラに行くとお姉ちゃんが可愛いって誉めてくれるから好きかも」
「はいはい」
左の車線から右にウインカーを出した車を入れてやる。
「今回の事件どうなんですかね?」
「さあ?」
「さあって、刑事でしょうに」
「君はまだでしょ」
「異動が決まりました。次に戻ってくるときは、秒読みですよ」
「よし、邪魔しよう」
「あんたって人は……」
「ベンチャーの社長が白骨化か」
「何かミステリーですよね。たった一日で白骨化ですから」
「力はいってるね」
「当然です」
「現場には入れてあげない」
流れは完全に滞る。
「どうしてそんな小学生みたいな嫌がらせをするんですか」
「それより僕、気になることがあるんだよね」
「逃げようたってそうは行きませんよ」
「この社長さ、この若さでアレだけの開業資金をどうやって手に入れたんだろうね? 詐欺でもしてたかな?」
「どうせ、親ですよ。この平松の父親って、外資系企業の取締役でしょ?」
「そんなに単純ならいいんだけどね」
「事件なんて単純なもんですよ」
「ふうん」
「俺が刑事になったら、バシバシ事件解決しちゃいますよ。悪党なんてゼロにしてやります」
「えーやめてよ。失業しちゃうじゃん」
「あんたそれでも現職刑事ですか」
「一応ね。でもまぁ、悪が無くなる事は無いよ」
バイクが数台、車の間をすり抜けていく。
「あぁ、あいつらいいなぁ。で、何でですか? 我々は正義の組織ですよ?」
「違うよ。僕らは後始末をする組織さ。事件が起こってからはじめて動き出すんだから」
「先回りすればいいじゃないですか」
「そんなことしたら、誰も生きられなくなっちゃうよ」
「言ってる意味がわかりません」
「包丁を買った人がいたら、逮捕するかい?」
「買ったくらいじゃ逮捕しませんよ」
「だろう? 先回りするって言うことは、包丁を買った人を逮捕するようなもんなのさ。魚をさばくのか肉を切るのか、人を刺すのか買った時点じゃ僕らにはわからない。僕らにわかるのは事件が起こった後さ」
「なるほど」
「おまけに捕まえたってすぐに出てくるんだからね。悪が無くなるなんてことは無いのさ」
「岩崎さんって時々まともなことも言いますね」
「ほら、前、進んだよ」
牧野がラジオの道路交通情報を点ける。渋滞はこの先四十分続くらしい。岩崎がラジオを消す。四十センチくらい進むと、また滞る。
「本当に、事件は解決したんですかね」
「したさ。柏崎が自首したとおりだ。死んで当然の人間を殺しても、殺人は殺人だ。しかもその数が尋常じゃない」
「わかっているだけでも四十人ですもんね。でも、どうやって殺したかは覚えてないんでしょう?」
「肉を切り取ったとしか言わないからね。だけど、死んだ人間の特徴や服装、どこら辺の部位が無くなっているかある程度はっきりと言っていたからな。関わっていたのも事実だ」
「だけど、人間ってひどくないですか?」
「弱いものいじめなんて、世の中に出ればありふれてるだろ」
「ですけど、あの施設はなにも関係は無かったじゃないですか。それを……」
「小嶋ヨシエは、自分で自分にケリをつけた。それだけさ」
「納得いかないですよ」
「牧野君は、この仕事向いてないよ。田舎に帰ったほうがいいよ」
「帰りません」
「大量殺人をした人間が育ったと言われる施設が世間から非難されるのは、当然の流れさ。マスコミも大衆も常に叩く人間を探しているからね。悪いのは彼らだけれど、その自覚はまるで無い。乗せられてしまう人間も罪の一端を背負うべきだとも思う。でもさ、情報源を一つにしていたら、誰だってそれに乗っかるしかないんだよ。それが正しい情報なのかなんて誰にも判断なんか出来無い。僕だってそうさ」
「正しい情報ですか」
「柏崎は自首せずに街の中に消えていたら、僕たちは事件の真相を知ることは無かった。代わりに小嶋ヨシエも死ななくて良かったかも知れない。でも、柏崎は自首した。荒れ狂うマスコミや大衆のの暴風から施設を守るために小嶋ヨシエは自殺した。それが事実だ」
「柏崎はバカですよ。黙っていれば良かったんです。死んだ人間は、殺されても仕方がないような人間だった。逃げ出して、逃げて逃げまくれば良かったんですよ」
「それ、被害者の家族に言える? あんたの息子は、死んで当然でしたって」
「言えません。って言うか言いませんよ」
久しぶりに五メートル進むことが出来た。しかし、その流れもすぐ止まる。
「チバラギの廃ホテルの事件があったろ? そこで女の子が一人死んでただろ」
「ビデオの子ですか?」
「ああ、柏崎の彼女だったんだろうな。彼女が死んで、何もかもどうでも良くなった。そんなところじゃないのか」
「そんな刹那的な……」
「殺人は一瞬の逆上が起こすものが多い。自首は、全てをあきらめた者がするものが多いのさ」
「減刑を狙ってくる奴もいますよ」
「バカ」
「すみません。でも、立ち直れますかね?」
「さあね。でも、柏崎シュウジにとって、これからの人生の方が長いものになるだろうからね。そのチャンスはあるのかもしれない」
岩崎は、シートを倒すと目を瞑った。
「ついたら起こして」
「そりゃ、無いっすよ」
渋滞はまだまだ抜けられそうに無かった。
終
R33の車内で牧野が岩崎に話しかける。目の前に広がる二車線の道路は渋滞している。
「進みませんね」
「うん。僕はいいけどね」
「どうしてですか?」
「仕事しなくていいじゃん」
「ひど」
「牧野君はうれしくないの?」
「渋滞はうれしくないですよ」
「そう。変わってるね」
「岩崎さんの声って、高いですよね」
「そうなんだよね。嫌なんだよね」
「自分でも嫌なもんですか?」
「でも、キャバクラに行くとお姉ちゃんが可愛いって誉めてくれるから好きかも」
「はいはい」
左の車線から右にウインカーを出した車を入れてやる。
「今回の事件どうなんですかね?」
「さあ?」
「さあって、刑事でしょうに」
「君はまだでしょ」
「異動が決まりました。次に戻ってくるときは、秒読みですよ」
「よし、邪魔しよう」
「あんたって人は……」
「ベンチャーの社長が白骨化か」
「何かミステリーですよね。たった一日で白骨化ですから」
「力はいってるね」
「当然です」
「現場には入れてあげない」
流れは完全に滞る。
「どうしてそんな小学生みたいな嫌がらせをするんですか」
「それより僕、気になることがあるんだよね」
「逃げようたってそうは行きませんよ」
「この社長さ、この若さでアレだけの開業資金をどうやって手に入れたんだろうね? 詐欺でもしてたかな?」
「どうせ、親ですよ。この平松の父親って、外資系企業の取締役でしょ?」
「そんなに単純ならいいんだけどね」
「事件なんて単純なもんですよ」
「ふうん」
「俺が刑事になったら、バシバシ事件解決しちゃいますよ。悪党なんてゼロにしてやります」
「えーやめてよ。失業しちゃうじゃん」
「あんたそれでも現職刑事ですか」
「一応ね。でもまぁ、悪が無くなる事は無いよ」
バイクが数台、車の間をすり抜けていく。
「あぁ、あいつらいいなぁ。で、何でですか? 我々は正義の組織ですよ?」
「違うよ。僕らは後始末をする組織さ。事件が起こってからはじめて動き出すんだから」
「先回りすればいいじゃないですか」
「そんなことしたら、誰も生きられなくなっちゃうよ」
「言ってる意味がわかりません」
「包丁を買った人がいたら、逮捕するかい?」
「買ったくらいじゃ逮捕しませんよ」
「だろう? 先回りするって言うことは、包丁を買った人を逮捕するようなもんなのさ。魚をさばくのか肉を切るのか、人を刺すのか買った時点じゃ僕らにはわからない。僕らにわかるのは事件が起こった後さ」
「なるほど」
「おまけに捕まえたってすぐに出てくるんだからね。悪が無くなるなんてことは無いのさ」
「岩崎さんって時々まともなことも言いますね」
「ほら、前、進んだよ」
牧野がラジオの道路交通情報を点ける。渋滞はこの先四十分続くらしい。岩崎がラジオを消す。四十センチくらい進むと、また滞る。
「本当に、事件は解決したんですかね」
「したさ。柏崎が自首したとおりだ。死んで当然の人間を殺しても、殺人は殺人だ。しかもその数が尋常じゃない」
「わかっているだけでも四十人ですもんね。でも、どうやって殺したかは覚えてないんでしょう?」
「肉を切り取ったとしか言わないからね。だけど、死んだ人間の特徴や服装、どこら辺の部位が無くなっているかある程度はっきりと言っていたからな。関わっていたのも事実だ」
「だけど、人間ってひどくないですか?」
「弱いものいじめなんて、世の中に出ればありふれてるだろ」
「ですけど、あの施設はなにも関係は無かったじゃないですか。それを……」
「小嶋ヨシエは、自分で自分にケリをつけた。それだけさ」
「納得いかないですよ」
「牧野君は、この仕事向いてないよ。田舎に帰ったほうがいいよ」
「帰りません」
「大量殺人をした人間が育ったと言われる施設が世間から非難されるのは、当然の流れさ。マスコミも大衆も常に叩く人間を探しているからね。悪いのは彼らだけれど、その自覚はまるで無い。乗せられてしまう人間も罪の一端を背負うべきだとも思う。でもさ、情報源を一つにしていたら、誰だってそれに乗っかるしかないんだよ。それが正しい情報なのかなんて誰にも判断なんか出来無い。僕だってそうさ」
「正しい情報ですか」
「柏崎は自首せずに街の中に消えていたら、僕たちは事件の真相を知ることは無かった。代わりに小嶋ヨシエも死ななくて良かったかも知れない。でも、柏崎は自首した。荒れ狂うマスコミや大衆のの暴風から施設を守るために小嶋ヨシエは自殺した。それが事実だ」
「柏崎はバカですよ。黙っていれば良かったんです。死んだ人間は、殺されても仕方がないような人間だった。逃げ出して、逃げて逃げまくれば良かったんですよ」
「それ、被害者の家族に言える? あんたの息子は、死んで当然でしたって」
「言えません。って言うか言いませんよ」
久しぶりに五メートル進むことが出来た。しかし、その流れもすぐ止まる。
「チバラギの廃ホテルの事件があったろ? そこで女の子が一人死んでただろ」
「ビデオの子ですか?」
「ああ、柏崎の彼女だったんだろうな。彼女が死んで、何もかもどうでも良くなった。そんなところじゃないのか」
「そんな刹那的な……」
「殺人は一瞬の逆上が起こすものが多い。自首は、全てをあきらめた者がするものが多いのさ」
「減刑を狙ってくる奴もいますよ」
「バカ」
「すみません。でも、立ち直れますかね?」
「さあね。でも、柏崎シュウジにとって、これからの人生の方が長いものになるだろうからね。そのチャンスはあるのかもしれない」
岩崎は、シートを倒すと目を瞑った。
「ついたら起こして」
「そりゃ、無いっすよ」
渋滞はまだまだ抜けられそうに無かった。
終
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