シャイロック

大秦頼太

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シャイロック 30

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30

 個室タイプの部屋に案内されて席につく。
 横に長いモニターはすでに画面に画像を映し出している。前に使っていた人が壁紙をいじったのだろう。男性アイドルグループのものになっている。
 DVDドライブの取り出しスイッチを押す。ゆっくりとトレイが外に出てくる。パソコンのDVDドライブの中にDVDを入れると、スイッチをもう一度押した。DVDはドライブの中に飲み込まれていった。それを最後まで見守ると、パソコンの上に置かれたヘッドフォンを耳に当てる。程なくして、再生ソフトが起動し、それは自動的にスタートし始める。
 最初は暗がりだった。カメラのモードが変わり、緑色が主体の赤外線撮影に切り替わる。するとそこに現れたのは両手を頭上で縛り上げられたテルハの姿だった。
「映ってるか?」
「ああ」
 男の声がして、映像の中に一人の男が入ってくる。無造作にテルハのスカートと下着を剥ぎ取る。そのまま男の背中が画面をふさぐ。
 シュウジの手が無意識に再生ソフトを消していた。心臓の鼓動は最高潮に達していた。
一度、立ち上がりもう一度パソコンの画面を見る。
 動画再生ソフトを起動させ、もう一度スタートさせる。ゆっくりと椅子に座る。
ぶつ切りで一時間。画面が切り替わるたびに体型の違う男の背中が見えた。その間、テルハは陵辱され続けた。
 シュウジは知らぬ間に拳を握り締めていた。額には大粒の汗がにじんでいる。胸の渓谷が大きく口を開き始める。
 もう、死んでいるさ。あきらめろ。お前は間に合わなかった。これは奴らの勝利宣言だ。あんな女忘れてしまえ。お前は負けたんだ。どこにいるかもわからない奴を探している暇があるなら、もっと別のクズを殺そうぜ。このDVDが送られてきたと言うことは、女はもう死んでいる。そうさ。もうお前に出来ることは何も無い。女はお前に助けて欲しいと叫んでいたか? 何も言わなかったじゃないか。あの女はもうおかしくなっちまってるんだ。お前が脳を削っちまったからかもな。探すだけムダさ。
 DVDをパソコンから取り出す。DVDを表裏確認するが、文字が書いてあるのは表面だけだった。ソフトケースには何も書かれていない。
「敵は全部で八人だ」
 側に落ちていた小包を拾い上げる。差出人は書いてない。表に「シュウジへ」と書いてあるだけだった。小包の中を見る。紙切れが一枚入っている。急いでそれを取り出す。そこには住所とルートが書かれていた。
「ゲームのつもりか?」
 書かれた住所を検索画面に打ち込んでみる。地図が現れ、そこがホテル跡であったことがわかる。付近に住居はないようだった。
 シュウジはフロントまで進み清算をする。その視界にシュレッダーが見えた。
「あれって、ディスクも処理できますか?」
 店員は後ろを振り返り、「出来ますよ」と答えた。
 シュウジはDVDを取り出して店員に渡す。
 お前はバカか? それには敵の姿が映ってるんだぞ? もっと敵を見ておくんだ。
「いいんですか?」
「ええ」
 DVDはバキバキ音を立てながら粉砕されていく。
「どうも」
 ネットカフェを後にし、街を歩き始める。道行く人が不思議そうに両腕ギプスの男を見る。
 文房具を扱っている雑貨店に入ると、ボールペンの並びで足を止める。
 スイッチは、なんでもいい。望ましいのは、はっきりとわかることだ。
 シュウジはノック式のボールペンを一つずつ指でつまみ上げ、手に持って試していく。
 二十数本の中からこれだというものを見つけると、その種類を三本纏め買いする。
「手がこれなんで出しておいてくれる?」
 財布を出してもらって清算をする。
 店員にボールペンをまとめて握らせてもらうとまた街の中を歩き出す。
 少し離れたところに駅が見えた。

 駅からデパートの食品売り場に下りると、まっすぐに肉屋を目指す。
「一番安い肉をブロックで」
 ここでもポケットから財布を出してもらう。シワシワのお札がレジの上に置かれる。
 不審そうな顔をする店員のオヤジに無理やり笑ってみせる。
「1キロね。安いのでいいの?」
 いいんだよ。食べるんじゃないんだから。もし戻ってこれたら、高いのを買うさ。
「実験で使いたいんで、まとまってれば食べられなくてもいいんだけどね」
「なに? 学生さん? 実験って、肉で?」
「まあね」
「まぁ、学生さんのやることは、いつもわからないよね。じゃ、売れない奴持って来ようか? 肉を売ってる身としちゃ、食べられる肉は食べて欲しいからね。何キロいる?」
「一キロでいいです」
 肉屋のオヤジは笑って肉の塊を持ってくる。特にダメそうなようには見えない。
「ニュース見てないの? これ、食べられない肉。バカ業者がこんなものを取引しやがってさ。金になれば何でも売るんだよあいつら。クズだね」
「クズですか」
 白のビニール袋に入れてシュウジに手渡す。シュウジはそれを右腕の親指に引っ掛ける。
「こいつを日本の未来に役立ててくれれば、日本に来た意味が出てくるんじゃないかね」
 肉を受け取ると、笑顔を絶やさないオヤジを背にしながら駅を目指す。
 左手に握り締めたボールペンがカチカチと音を立てる。
 シュウジは駅にたどり着くと溶け出た血が入っただけのビニール袋をゴミ箱に捨てた。
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