シャイロック

大秦頼太

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シャイロック 28

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 それは突然戻ってきた。無音の中にいた僕は、近づいてきたそれにも、それの中から現れた連中にもまったく気がついていなかった。
 後藤田の呪いは、いまだ解けていなかったのだ。
 いきなり車の中に押し込まれ、暴れる間もなく湿った布を当てられて意識を失った。それからがひどかった。右目の奥から始まった頭痛が、モグラのように僕の頭の中を歩き回り、目を開けるたびに僕を瞬間移動させた。意識がはっきりしてきてからは、モグラはすっかりとおとなしくなった。その代わりに僕を歓迎してくれたのは人間の皮をかぶった猿の群れだった。
 海風の臭う廃屋の中に連れ込まれた僕は、真っ暗な部屋の中に押し込まれることになった。暗闇の中は、とても静かだった。ここには時々猿のオスたちがやってきて、縛られた僕を好き勝手に弄り回していく。
 その中で僕を見ている赤いランプに気がついた。
 ランプを見ているときに気がついた。ラジオのスイッチが入っていることに。
 はじめは小さなノイズだった。たった一台のラジオ。最初の一台の電源が入ると、次々とラジオの電源がバラバラと入り始める。数百台ものラジオが一斉にしゃべり始める。
なんでもない挨拶。仕事の愚痴。異性への興味。憎しみ。悲しみ。怒り。愛情。空腹。感情が言葉になって僕に向かって飛んでくる。
 それを一つずつ音量を落としていく。その作業を延々と繰り返してやっと落ち着くことができるようになる。さっきまで電源が切れていた。その理由はわからない。
 赤いランプは消えずにいつまでも僕を見ている。
 この猿の群れにはボスがいなかった。飽きもせずに同じことを繰り返している。
 聞こえてくる声を数えてみたら猿は全部で九匹いた。九匹目の猿だけは、僕に近づこうとはしなかった。後の八匹の猿は彼を蔑み、そして恐れていた。近づいてこない猿の中は憎しみでいっぱいだった。
 表層部分は、鋭いトゲ状の「殺してやる」で埋め尽くされ、その内側には「苦しめてやる」層と「憎しみ」層が広がっている。「苦しめてやる」層を発掘してみると、「同じ痛みを味あわせる」や「すぐには殺さない」「俺を憎むようにしてやる」が埋まっている。「憎しみ」層には、タール状のネバネバする物体が埋もれている。
 憎しみの持ち主は赤い光の後ろにいつもいた。強い憎悪がその光に宿りいっそう強く感じさせる。何がそんなに憎いのか。
「何故、誰もやめようと言わないのか」
 猿の一人は疑問を持っていた。でも、言い出す勇気がなかった。なんなら僕が言ってやろうか?
「俺たちはどうなるんだろうか」
 猿の一人は、不安だった。僕もどうなるんだろうか。
「進めなくなるまで進めばいい」
 猿の一人は強がった。後戻り出来無い奴はただのアホだ。
「つまんねー女だな」
 お前もな。
「殺すしかない」
 猿の一人は視野が狭かった。それもいいと思う。
「後藤田はこの女を使って何をしていたのか」
 猿の一人は打算的だった。あいつは自分を自分以上の存在に見せたがったくだらない男だ。
「なんでもいいや」
 猿の一人は、何も考えていなかった。僕ももうなんでもいいや。
「警察が来たらあいつのせいにしよう。俺は脅されていたんだって言おう」
 猿の一人は意気地が無かった。お前みたいのが一番悪党だな。
「このビデオをあの施設に送りつけてやるぞ、シュウジ。俺は親切だから、住所まで書いてやるよ。そうしたらお前はきっと来るんだろうな。楽しみだぜぇぇ」
 その九匹目の猿には右腕が無かった。
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