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シャイロック 27
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シュウジとテルハがタクシーを降りる。「ぼくらのいえ」は真っ暗で静かだった。
「ここで待ってて」
テルハから離れようとすると、彼女はシュウジの腕を素早くつかむ。ペンを手にして紙に書く。暗がりの中で読みにくい。テルハが携帯電話を取り出す。
「(こっちの方がよく見えるよ。何?)」
シュウジも携帯電話を取り出す。
「(ここで待ってて)」
テルハがうなづく。シュウジは園の中に入っていく。照明のスイッチを入れる。明かりはつかない。ブレーカーが落ちているのだろうか。
「マサコー! ヒロキー! みんないるかー?」
返事は無かった。
さらに奥へと進んでいく。気配は無い。足は、次第に駆け足に変わる。部屋と言う部屋のドアを全て開き、中を見て回った。それでも誰一人として見つけることが出来なかった。
外から甲高いタイヤのスリップ音が聞こえた。エンジンをふかし、園から遠ざかっていく。
シュウジが園の外に飛び出たとき、テルハの姿も見えなくなっていた。
「何が?」
携帯電話を取り出して、テルハに電話をかける。すぐ近くで着信音が聞こえる。側溝の中にテルハの携帯電話が落ちていた。シュウジは携帯電話を拾い上げる。今度はシュウジの携帯電話が鳴る。知らない番号からだった。
着信ボタンを押し、ゆっくりと耳に当てる。
「見たか?」
男の声だった。どこかで聞いたことがある。
「ビデオを見させてもらった。なかなか面白いなお前」
「誰だ?」
「言うことを聞けば、全員返してやる」
「みんな無事なんだろうな?」
「当然さ。大事な商品だからな」
「商品?」
「お前と取引がしたい」
「どんな?」
「お前は俺の手足として、競争相手を消していくのさ」
「断ったら?」
「お前の知人が死んでいくだけさ」
「警察に連絡するぞ」
「しろよ。あいつらは、後始末しか出来無いからな。全員が死体で見つかるだけさ」
「お前を殺してやるからな」
「そんなことをすれば、どうなるかわかってるだろう?」
「どこだ? どこに行けばいい?」
「直接会う必要は無い」
「みんなが無事かどうか確かめさせろ!」
「……いいだろう。八○倉庫に来い」
シュウジは港の入り口でタクシーを降りる。
八○倉庫はすぐ目の前だ。
大きな扉が重苦しく閉ざされている。それを力いっぱい叩く。
「開けろ!」
すぐ脇の小さなドアが開き、黒い服の男が現れる。
「静かにしろ。こっちだ」
黒い服の男の後をついていくと、黒服の集団に囲まれて身を寄せ合う子供たちがいた。
「みんな!」
子供たちは怯えきっていた。誰もシュウジを見ようとしない。
「おにいちゃん」
少し離れたところでマサコが黒服に捕まっている。黒服の中に一人だけ白い服を着ている男がいた。名前は確か白石と言ったか。白石はヨシエと席にいる。しかし、テルハの姿だけはどこにも見えなかった。
「テルハは?」
「誰だって?」
「もう一人いただろう? 最後にさらった女だ」
「最後に来たのは、そこの娘だ」
白石が指差すのはマサコ。
「お兄ちゃん、ごめん。呼ばないとみんなにひどいことをするって」
「さて、みんなが無事なことは確認しただろう?」
「テルハがまだだ」
「そんな奴、知らん」
「ふざけるな!」
「おい。明かりをつけろ」
倉庫内の端が明るく照らされる。水を一杯に張ったドラム缶が五個並んでいる。
「最初に言っておく」
白石がヨシエの手を握る。ヨシエは素早く手を引こうとするが、白石はそれを許さなかった。強引に握り締めると、自らの頬に当てた。
「お前が俺たちの誰か殺した場合、ガキを一人その中に放り込む」
倉庫の中には男たちが少なくとも二十人はいた。シュウジの背中に冷たい汗が流れる。一人ひとり殺している間に、何人が殺されることか。
「質問だ。お前はどうやって人を殺している? 小さな銃でも持ってるのか?」
シュウジが答えずにいると、白石は顎を上げて指示を出す。男の一人が子供の一人をつかみ縄で縛る。縄のもう片方を上に向かって投げる。すると、上の暗がりで誰かが縄を受け取る。縄が再び地面に戻されて、男がそれを引いていくと子供がドラム缶の上に吊り上げられる。
「何をしている!」
左手を出すシュウジの後ろから男が木刀でシュウジの腕を叩き落す。
「質問に答えるんだ。無視すればガキを吊るす。四人でリーチ、五人そろったら終わりだ」
腕を押さえながらうずくまるシュウジ。
「もう一人吊るせ」
子供が同じようにドラム缶の上に吊るされる。別の男が縄を握る。
「指を鳴らすと、殺せる。それだけだ」
「一人だけか?」
「一人だけだ」
「何で死ぬんだ?」
「……わからない」
「吊るせ」
男が三人目の子供を吊るす。
「肉を消せるんだ。だから心臓の一部とか脳を削って殺してる」
「おにいちゃん! こいつらみんなを殺す気よ!」
黒い服の男がマサコを殴る。シュウジは紫に腫れあがった左手を向ける。それを木刀の男が撃ち落す。
「忘れて誰かを殺すと話がこじれそうだな」
白石が立ち上がる。
「両腕を潰せ。骨折でもさせておけばいいだろう」
黒服の男たちがシュウジを押さえつけて木刀の柄や鉄パイプでシュウジの両腕を叩き潰す。シュウジの叫び声を聞いて子供たちが泣き出す。
「一番最後まで泣いてたガキを吊るせ」
四人目が吊るされる。
「リーチだ。俺と仕事をする気があるか?」
「ない」
「もう少し頭がいいと思ってた。残念だ。吊るせ」
「待ってくれ」
五人目の子供が吊るされる。
「リーチだって言っただろ。だが、俺は優しいから一つだけ待ってやる。次の質問に答えられなければ、五人のかわいいガキが死ぬ。お前のせいで」
「シュウちゃんダメよ」
ヨシエの頬を白石の甲が打つ。顔を抑えてヨシエが白石をにらむ。白石は幸せそうな顔をする。
「あんた残酷な人だな。好きだぜ」
「人でなし!」
「おにいちゃん」
マサコがシュウジを見る。黒服がマサコを殴る。
「やめてくれ」
白石が片手を上げる。
「この手が下がると、こいつらは縄を離す。さぁ、聞こうか。俺と仕事をする気があるのか?」
「……ある」
白石が無邪気な顔で笑った。
「いい返事だ。いいだろう。子供を解放しよう」
シュウジがホッとする間もなく、白石は悪魔のような言葉を投げつけてきた。
「その前に目の前で証明してくれ。そうだな。この女を殺してみろ」
白石はヨシエを指差す。ヨシエの顔から血の気が引いていく。
「お母さん!」
黒服の男に押さえ込まれ、マサコは近づくことは出来無い。
「返事が無いな。嘘か」
白石の手がゆっくりと動き出す。
「わかった」
腕を使わずにシュウジが立ち上がる。両腕は紫を通り越して黒く腫れていた。
「シュウちゃん。みんなをよろしくね」
「おばさん」
左手をゆっくりと上げる。腕が一ミリずつ上がるたびに苦痛は乗算されていくようだった。顔の前に持ってくると左手から揺らぐ黒い靄が見えた。
これは幸せの力じゃない。不幸そのものだ。
「お兄ちゃんやめて……」
マサコのかすれる声。
悪いな。俺にはみんなを助けることは出来無い。誰も助けることなんて出来なかったんだ。子供みたいに正義の味方を気取って、格好つけたかっただけなんだよ。本当は、この力を使って人を殺したかったんだ。みんなと違うことを自慢したかったんだ。そうしたら、俺は幸せになるはずだったんだ。でも、どうだ? 何をしても上手くいかなかった。テルハだって、俺がおかしくしてしまった。そうだ、テルハを探さなければ。ここで、おばさんを殺して、こいつらの仲間になって、テルハを助ける? バカ言うな。次は子供を殺せと言うかもしれない。そうだ。そうに決まっている。だが、どうすることも出来無い。一度に消せる肉の量は決まっている。こんな手じゃ、早打ちなんてとても出来るわけがない。
終わったんだ。俺は、負けたんだ。
「早くしろ」
涼しい顔をしやがって、このクソ野郎が。絶対に、殺してやるからな。
静かだった。背骨が冷たい金属になってしまったかのように、キーンという音だけが頭に響いていた。それは徐々にゆっくりとなっていき、やがて声になった。
増やせばいいじゃないか。
何? なんだって?
腕が足りないなら増やせばいいじゃないか。
そんなことが出来るもんか。
嘘をつけ。気がついているくせに。
嘘なんかついてどうする。腕を増やして何が変わるんだ。
何もかもが変わるのさ。ここにいるやつらを一瞬で殺せばいいのさ。
ダメだ。みんながいる。
意気地が無いな。まぁいいや、特別サービスだ。お前の知り合いは除いてやるよ。
どうすればいい?
シュウジの胸から血が噴出す。消したはずの闇の渓谷が以前よりも大きく深くそこに現れた。
「なんだ? 自殺か?」
白石が顔を背ける。白い服があっという間に赤黒く染まる。
吹き出す血は納まることなく蛇のようなうねりを見せる。蛇の頭にあるのは左手。五本の指があっという間に左手に変わり、二十五本の左腕がシュウジの胸から生える。
「すごい……」
白石は、シュウジの左腕を見て感動しているようだった。
シュウジの腫れた黒い左手が震えながら、弾かれる。
バチンッ!
寸分の狂いも無く左手たちは音を重ねた。
男たちが一斉に倒れていく。
「嘘をついたな……」
倒れていく白石が、シュウジを正気に戻した。ドラム缶のプールに落ちていく子供たちに向かってシュウジは駆ける。体当たりをして次々にドラム缶を倒す。黒服の男たちの生き残りを捜す必要は無い。側でマサコとヨシエがドラム缶から子供たちを引きずり出している。
「オバケ……」
子供たちが泣き出す。シュウジは曲がらない腕を振りながら、倉庫から出て行こうとする。ヨシエがマサコと子供たちを抱きながらシュウジを呼び止める。
「シュウちゃん!」
シュウジは振り返らない。
「俺はおばさんを殺そうとした。もういいだろ? 俺はおばさんを母さんだなんて呼べないんだよ。……呼ぶ資格なんてないんだよ」
シュウジは締め切られたドアを蹴飛ばして開く。
「さよなら」
シュウジとテルハがタクシーを降りる。「ぼくらのいえ」は真っ暗で静かだった。
「ここで待ってて」
テルハから離れようとすると、彼女はシュウジの腕を素早くつかむ。ペンを手にして紙に書く。暗がりの中で読みにくい。テルハが携帯電話を取り出す。
「(こっちの方がよく見えるよ。何?)」
シュウジも携帯電話を取り出す。
「(ここで待ってて)」
テルハがうなづく。シュウジは園の中に入っていく。照明のスイッチを入れる。明かりはつかない。ブレーカーが落ちているのだろうか。
「マサコー! ヒロキー! みんないるかー?」
返事は無かった。
さらに奥へと進んでいく。気配は無い。足は、次第に駆け足に変わる。部屋と言う部屋のドアを全て開き、中を見て回った。それでも誰一人として見つけることが出来なかった。
外から甲高いタイヤのスリップ音が聞こえた。エンジンをふかし、園から遠ざかっていく。
シュウジが園の外に飛び出たとき、テルハの姿も見えなくなっていた。
「何が?」
携帯電話を取り出して、テルハに電話をかける。すぐ近くで着信音が聞こえる。側溝の中にテルハの携帯電話が落ちていた。シュウジは携帯電話を拾い上げる。今度はシュウジの携帯電話が鳴る。知らない番号からだった。
着信ボタンを押し、ゆっくりと耳に当てる。
「見たか?」
男の声だった。どこかで聞いたことがある。
「ビデオを見させてもらった。なかなか面白いなお前」
「誰だ?」
「言うことを聞けば、全員返してやる」
「みんな無事なんだろうな?」
「当然さ。大事な商品だからな」
「商品?」
「お前と取引がしたい」
「どんな?」
「お前は俺の手足として、競争相手を消していくのさ」
「断ったら?」
「お前の知人が死んでいくだけさ」
「警察に連絡するぞ」
「しろよ。あいつらは、後始末しか出来無いからな。全員が死体で見つかるだけさ」
「お前を殺してやるからな」
「そんなことをすれば、どうなるかわかってるだろう?」
「どこだ? どこに行けばいい?」
「直接会う必要は無い」
「みんなが無事かどうか確かめさせろ!」
「……いいだろう。八○倉庫に来い」
シュウジは港の入り口でタクシーを降りる。
八○倉庫はすぐ目の前だ。
大きな扉が重苦しく閉ざされている。それを力いっぱい叩く。
「開けろ!」
すぐ脇の小さなドアが開き、黒い服の男が現れる。
「静かにしろ。こっちだ」
黒い服の男の後をついていくと、黒服の集団に囲まれて身を寄せ合う子供たちがいた。
「みんな!」
子供たちは怯えきっていた。誰もシュウジを見ようとしない。
「おにいちゃん」
少し離れたところでマサコが黒服に捕まっている。黒服の中に一人だけ白い服を着ている男がいた。名前は確か白石と言ったか。白石はヨシエと席にいる。しかし、テルハの姿だけはどこにも見えなかった。
「テルハは?」
「誰だって?」
「もう一人いただろう? 最後にさらった女だ」
「最後に来たのは、そこの娘だ」
白石が指差すのはマサコ。
「お兄ちゃん、ごめん。呼ばないとみんなにひどいことをするって」
「さて、みんなが無事なことは確認しただろう?」
「テルハがまだだ」
「そんな奴、知らん」
「ふざけるな!」
「おい。明かりをつけろ」
倉庫内の端が明るく照らされる。水を一杯に張ったドラム缶が五個並んでいる。
「最初に言っておく」
白石がヨシエの手を握る。ヨシエは素早く手を引こうとするが、白石はそれを許さなかった。強引に握り締めると、自らの頬に当てた。
「お前が俺たちの誰か殺した場合、ガキを一人その中に放り込む」
倉庫の中には男たちが少なくとも二十人はいた。シュウジの背中に冷たい汗が流れる。一人ひとり殺している間に、何人が殺されることか。
「質問だ。お前はどうやって人を殺している? 小さな銃でも持ってるのか?」
シュウジが答えずにいると、白石は顎を上げて指示を出す。男の一人が子供の一人をつかみ縄で縛る。縄のもう片方を上に向かって投げる。すると、上の暗がりで誰かが縄を受け取る。縄が再び地面に戻されて、男がそれを引いていくと子供がドラム缶の上に吊り上げられる。
「何をしている!」
左手を出すシュウジの後ろから男が木刀でシュウジの腕を叩き落す。
「質問に答えるんだ。無視すればガキを吊るす。四人でリーチ、五人そろったら終わりだ」
腕を押さえながらうずくまるシュウジ。
「もう一人吊るせ」
子供が同じようにドラム缶の上に吊るされる。別の男が縄を握る。
「指を鳴らすと、殺せる。それだけだ」
「一人だけか?」
「一人だけだ」
「何で死ぬんだ?」
「……わからない」
「吊るせ」
男が三人目の子供を吊るす。
「肉を消せるんだ。だから心臓の一部とか脳を削って殺してる」
「おにいちゃん! こいつらみんなを殺す気よ!」
黒い服の男がマサコを殴る。シュウジは紫に腫れあがった左手を向ける。それを木刀の男が撃ち落す。
「忘れて誰かを殺すと話がこじれそうだな」
白石が立ち上がる。
「両腕を潰せ。骨折でもさせておけばいいだろう」
黒服の男たちがシュウジを押さえつけて木刀の柄や鉄パイプでシュウジの両腕を叩き潰す。シュウジの叫び声を聞いて子供たちが泣き出す。
「一番最後まで泣いてたガキを吊るせ」
四人目が吊るされる。
「リーチだ。俺と仕事をする気があるか?」
「ない」
「もう少し頭がいいと思ってた。残念だ。吊るせ」
「待ってくれ」
五人目の子供が吊るされる。
「リーチだって言っただろ。だが、俺は優しいから一つだけ待ってやる。次の質問に答えられなければ、五人のかわいいガキが死ぬ。お前のせいで」
「シュウちゃんダメよ」
ヨシエの頬を白石の甲が打つ。顔を抑えてヨシエが白石をにらむ。白石は幸せそうな顔をする。
「あんた残酷な人だな。好きだぜ」
「人でなし!」
「おにいちゃん」
マサコがシュウジを見る。黒服がマサコを殴る。
「やめてくれ」
白石が片手を上げる。
「この手が下がると、こいつらは縄を離す。さぁ、聞こうか。俺と仕事をする気があるのか?」
「……ある」
白石が無邪気な顔で笑った。
「いい返事だ。いいだろう。子供を解放しよう」
シュウジがホッとする間もなく、白石は悪魔のような言葉を投げつけてきた。
「その前に目の前で証明してくれ。そうだな。この女を殺してみろ」
白石はヨシエを指差す。ヨシエの顔から血の気が引いていく。
「お母さん!」
黒服の男に押さえ込まれ、マサコは近づくことは出来無い。
「返事が無いな。嘘か」
白石の手がゆっくりと動き出す。
「わかった」
腕を使わずにシュウジが立ち上がる。両腕は紫を通り越して黒く腫れていた。
「シュウちゃん。みんなをよろしくね」
「おばさん」
左手をゆっくりと上げる。腕が一ミリずつ上がるたびに苦痛は乗算されていくようだった。顔の前に持ってくると左手から揺らぐ黒い靄が見えた。
これは幸せの力じゃない。不幸そのものだ。
「お兄ちゃんやめて……」
マサコのかすれる声。
悪いな。俺にはみんなを助けることは出来無い。誰も助けることなんて出来なかったんだ。子供みたいに正義の味方を気取って、格好つけたかっただけなんだよ。本当は、この力を使って人を殺したかったんだ。みんなと違うことを自慢したかったんだ。そうしたら、俺は幸せになるはずだったんだ。でも、どうだ? 何をしても上手くいかなかった。テルハだって、俺がおかしくしてしまった。そうだ、テルハを探さなければ。ここで、おばさんを殺して、こいつらの仲間になって、テルハを助ける? バカ言うな。次は子供を殺せと言うかもしれない。そうだ。そうに決まっている。だが、どうすることも出来無い。一度に消せる肉の量は決まっている。こんな手じゃ、早打ちなんてとても出来るわけがない。
終わったんだ。俺は、負けたんだ。
「早くしろ」
涼しい顔をしやがって、このクソ野郎が。絶対に、殺してやるからな。
静かだった。背骨が冷たい金属になってしまったかのように、キーンという音だけが頭に響いていた。それは徐々にゆっくりとなっていき、やがて声になった。
増やせばいいじゃないか。
何? なんだって?
腕が足りないなら増やせばいいじゃないか。
そんなことが出来るもんか。
嘘をつけ。気がついているくせに。
嘘なんかついてどうする。腕を増やして何が変わるんだ。
何もかもが変わるのさ。ここにいるやつらを一瞬で殺せばいいのさ。
ダメだ。みんながいる。
意気地が無いな。まぁいいや、特別サービスだ。お前の知り合いは除いてやるよ。
どうすればいい?
シュウジの胸から血が噴出す。消したはずの闇の渓谷が以前よりも大きく深くそこに現れた。
「なんだ? 自殺か?」
白石が顔を背ける。白い服があっという間に赤黒く染まる。
吹き出す血は納まることなく蛇のようなうねりを見せる。蛇の頭にあるのは左手。五本の指があっという間に左手に変わり、二十五本の左腕がシュウジの胸から生える。
「すごい……」
白石は、シュウジの左腕を見て感動しているようだった。
シュウジの腫れた黒い左手が震えながら、弾かれる。
バチンッ!
寸分の狂いも無く左手たちは音を重ねた。
男たちが一斉に倒れていく。
「嘘をついたな……」
倒れていく白石が、シュウジを正気に戻した。ドラム缶のプールに落ちていく子供たちに向かってシュウジは駆ける。体当たりをして次々にドラム缶を倒す。黒服の男たちの生き残りを捜す必要は無い。側でマサコとヨシエがドラム缶から子供たちを引きずり出している。
「オバケ……」
子供たちが泣き出す。シュウジは曲がらない腕を振りながら、倉庫から出て行こうとする。ヨシエがマサコと子供たちを抱きながらシュウジを呼び止める。
「シュウちゃん!」
シュウジは振り返らない。
「俺はおばさんを殺そうとした。もういいだろ? 俺はおばさんを母さんだなんて呼べないんだよ。……呼ぶ資格なんてないんだよ」
シュウジは締め切られたドアを蹴飛ばして開く。
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