17 / 33
シャイロック 17
しおりを挟む
17
犬。
イヌ。
どこにもいぬ。
牧野はハンカチを左手に、写真を右手に街の中を彷徨っていた。保健所では記録になかった。それらしい犬がいたら連絡をくれるように頼んでみたが、定期的に見に来るようにと断られた。役人は自分の仕事が増えることを歓迎しない。博愛精神を持っていない奴は、役人になるのは向いていないと思う。警察官の三分の一は博愛精神を持っている。どれだけ人を殺した憎いあんちくしょうも、刃物を振り回してる奴も、銃を振り回して騒いでいても、車でひき殺されかけても、犯人を愛しているから殺しはしない。まったくおめでたい。他の役人にもこの精神を見習ってもらいたいものだ。
「暑い」
岩崎のおかげでとんでもない目にあっていたが、署長命令で私服で行動することが出来るのはよかった。制服の警官が犬を探しているなんて、誰に何を言われるか。
こんなことは恥だ。マスコミにねじ込んでくれる。
そしてクビになって、刑事の夢も完全に断たれる。だが、この特別任務に成功すれば、刑事の道が見えてくる。これはチャンスだ。チャンスはピンチに変わる。そう、今がピンチだ。このまま見つからなければ、俺は刑事になれないだろう。マスコミにねじ込むのはそれからでも間に合うだろうか。大したニュースにならないと、笑われるのが関の山だろうか。ピンチの時には、必ずと言っていいほどダメ押しがある。
すれ違う人間の全てが犬に見えてくる。通り過ぎるオバちゃんの会話が日本語からかけ離れてくる。暑さが俺の言語中枢を崩壊させているようだ。一体、俺は何をしてるんだ。
犬を探してます。
グッフィー。お前は今どこにいるんだ。都会で迷子犬なんているのかよ。きっと小学生に拾われて、今はゴンザレスと言う名前に変わってる。だが、小学生の両親は犬が嫌いでゴンザレスを元のところに捨てて来いと言う。小学生は親に黙ってゴンザレスを飼おうとするが、それは小学生による犬の監禁事件になりそうだった。ゴンザレスは危機一髪ベランダから脱出し、OLに拾われてチョロと名づけられている。チョロは俺はまんざらでもないなと、美人のOLの部屋に住み込むことを決めるが、OLの部屋はペット禁止だ。OLは泣きながらチョロを捨てる。チョロは、繁華街でカラスと戦いながら、自分の名前をマックスと変える。マックスは77羽のカラスを討ち果たし、ついにカラスたちのボス青ガラスのジョージと決戦になる。
ビルの谷間を駆けるマックス。青ガラスジョージの羽の嵐がマックスを襲う。マックスの体に青ガラスの羽が数本突き刺さる。だが、マックスはひるまない。ビルの渓谷を駆け上がり、青ガラスの喉元に牙を突き立てる。ビルの屋上にマックスは滑り込む。その口には青ガラスの死骸が咥えられていた。
バササササッ!
マックスは頭上を見つめる。無数の赤い羽根がマックスを襲う。そう、奴は、青ガラスの兄、赤羽の王ガラス、ヘンリーだった。
マックスの口から血の塊が吐き出される。四肢はもう力を失い体を支えることは出来なかった。だが、負けるわけには行かなかった。そう、俺が負けてしまったら、あの美人OLの涙は嘘になる。
マックスは怒りの咆哮を上げた。仲間よ! 集え! 飼い犬たちよ、今こそ立ち上がる時だ!
マックスの体が、屋上に崩れる。静寂の中に響く赤羽の王の嘲笑。彼切った薄汚い鳴き声がマックスを絶望の淵に落とそうとしていた。
遠くから聞こえる遠吠え。最初は一つだけだった。マックスは精一杯の力を振り絞り立ち上がる。俺はまだ戦える。
遠吠えが強く大きく数を増していく。
赤羽の王ヘンリーはマックスに止めを刺すべく空高く舞い上がる。
赤羽の王の体が太陽と合体する。そして、回転をしながらマックスめがけて降りてくる。絶体絶命だった。避けることは出来無い。相討ちを狙うしかない。マックスは口を大きく開いて赤羽の王を迎え撃つ。
ガクッ。マックスの膝が折れる。限界はもう近かった。
不意にマックスの体が持ち上がった。右足を、支えている奴がいる!
チワワだ。確か名前は、アレクサンドル・ジョリーナ。飼い主からはアレクと呼ばれている。何しにきやがった! マックスの目がそう物語っているのを見て、アレクは笑った。見損なうなよ。チワワである前に、俺は男だぜ。
今度は左足を持ち上げる奴がいた。
トイプードルじゃねえか! そんなフワフワしてるお前が、何故……。
あなたが死んだら、誰があの人を見守るのよ。
力だ。力が湧いてくるのを感じた。
ピリリピリリピリリ。
マックスは、大空に向かって吼えた! それはまさしく戦士の咆哮だった。
そうさ、携帯の電源を切っておくのがマナーだぜ。
牧野は写真を左手に渡して携帯を取る。
「はい。牧野です。はい。マックス……、じゃないグッフィーなんですけど、保健所にはいませんでした。それで、いえ。まだ探してます。見つけますから、安心してください。え?」
牧野の左手から写真とハンカチが滑り落ちる。
「ほんとですか? わかりました。戻ります」
牧野は携帯を閉じた。恐れていたことが、起こった。
「終わった……」
牧野はハンカチと写真を拾い上げる。
「戻ってくるくらいなら、逃げ出すんじゃねえよ!」
牧野は、写真を地面に投げつける。
それを見ていたカラスが高らかに笑った。
そいつが赤羽の王ヘンリーかどうかは知らない。
犬。
イヌ。
どこにもいぬ。
牧野はハンカチを左手に、写真を右手に街の中を彷徨っていた。保健所では記録になかった。それらしい犬がいたら連絡をくれるように頼んでみたが、定期的に見に来るようにと断られた。役人は自分の仕事が増えることを歓迎しない。博愛精神を持っていない奴は、役人になるのは向いていないと思う。警察官の三分の一は博愛精神を持っている。どれだけ人を殺した憎いあんちくしょうも、刃物を振り回してる奴も、銃を振り回して騒いでいても、車でひき殺されかけても、犯人を愛しているから殺しはしない。まったくおめでたい。他の役人にもこの精神を見習ってもらいたいものだ。
「暑い」
岩崎のおかげでとんでもない目にあっていたが、署長命令で私服で行動することが出来るのはよかった。制服の警官が犬を探しているなんて、誰に何を言われるか。
こんなことは恥だ。マスコミにねじ込んでくれる。
そしてクビになって、刑事の夢も完全に断たれる。だが、この特別任務に成功すれば、刑事の道が見えてくる。これはチャンスだ。チャンスはピンチに変わる。そう、今がピンチだ。このまま見つからなければ、俺は刑事になれないだろう。マスコミにねじ込むのはそれからでも間に合うだろうか。大したニュースにならないと、笑われるのが関の山だろうか。ピンチの時には、必ずと言っていいほどダメ押しがある。
すれ違う人間の全てが犬に見えてくる。通り過ぎるオバちゃんの会話が日本語からかけ離れてくる。暑さが俺の言語中枢を崩壊させているようだ。一体、俺は何をしてるんだ。
犬を探してます。
グッフィー。お前は今どこにいるんだ。都会で迷子犬なんているのかよ。きっと小学生に拾われて、今はゴンザレスと言う名前に変わってる。だが、小学生の両親は犬が嫌いでゴンザレスを元のところに捨てて来いと言う。小学生は親に黙ってゴンザレスを飼おうとするが、それは小学生による犬の監禁事件になりそうだった。ゴンザレスは危機一髪ベランダから脱出し、OLに拾われてチョロと名づけられている。チョロは俺はまんざらでもないなと、美人のOLの部屋に住み込むことを決めるが、OLの部屋はペット禁止だ。OLは泣きながらチョロを捨てる。チョロは、繁華街でカラスと戦いながら、自分の名前をマックスと変える。マックスは77羽のカラスを討ち果たし、ついにカラスたちのボス青ガラスのジョージと決戦になる。
ビルの谷間を駆けるマックス。青ガラスジョージの羽の嵐がマックスを襲う。マックスの体に青ガラスの羽が数本突き刺さる。だが、マックスはひるまない。ビルの渓谷を駆け上がり、青ガラスの喉元に牙を突き立てる。ビルの屋上にマックスは滑り込む。その口には青ガラスの死骸が咥えられていた。
バササササッ!
マックスは頭上を見つめる。無数の赤い羽根がマックスを襲う。そう、奴は、青ガラスの兄、赤羽の王ガラス、ヘンリーだった。
マックスの口から血の塊が吐き出される。四肢はもう力を失い体を支えることは出来なかった。だが、負けるわけには行かなかった。そう、俺が負けてしまったら、あの美人OLの涙は嘘になる。
マックスは怒りの咆哮を上げた。仲間よ! 集え! 飼い犬たちよ、今こそ立ち上がる時だ!
マックスの体が、屋上に崩れる。静寂の中に響く赤羽の王の嘲笑。彼切った薄汚い鳴き声がマックスを絶望の淵に落とそうとしていた。
遠くから聞こえる遠吠え。最初は一つだけだった。マックスは精一杯の力を振り絞り立ち上がる。俺はまだ戦える。
遠吠えが強く大きく数を増していく。
赤羽の王ヘンリーはマックスに止めを刺すべく空高く舞い上がる。
赤羽の王の体が太陽と合体する。そして、回転をしながらマックスめがけて降りてくる。絶体絶命だった。避けることは出来無い。相討ちを狙うしかない。マックスは口を大きく開いて赤羽の王を迎え撃つ。
ガクッ。マックスの膝が折れる。限界はもう近かった。
不意にマックスの体が持ち上がった。右足を、支えている奴がいる!
チワワだ。確か名前は、アレクサンドル・ジョリーナ。飼い主からはアレクと呼ばれている。何しにきやがった! マックスの目がそう物語っているのを見て、アレクは笑った。見損なうなよ。チワワである前に、俺は男だぜ。
今度は左足を持ち上げる奴がいた。
トイプードルじゃねえか! そんなフワフワしてるお前が、何故……。
あなたが死んだら、誰があの人を見守るのよ。
力だ。力が湧いてくるのを感じた。
ピリリピリリピリリ。
マックスは、大空に向かって吼えた! それはまさしく戦士の咆哮だった。
そうさ、携帯の電源を切っておくのがマナーだぜ。
牧野は写真を左手に渡して携帯を取る。
「はい。牧野です。はい。マックス……、じゃないグッフィーなんですけど、保健所にはいませんでした。それで、いえ。まだ探してます。見つけますから、安心してください。え?」
牧野の左手から写真とハンカチが滑り落ちる。
「ほんとですか? わかりました。戻ります」
牧野は携帯を閉じた。恐れていたことが、起こった。
「終わった……」
牧野はハンカチと写真を拾い上げる。
「戻ってくるくらいなら、逃げ出すんじゃねえよ!」
牧野は、写真を地面に投げつける。
それを見ていたカラスが高らかに笑った。
そいつが赤羽の王ヘンリーかどうかは知らない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる