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シャイロック 14
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タクシーを降りると、高層マンションの入り口だった。入り口はとても明るく、昨日までいた橋の下と比べると同じ世界とは思えなかった。
「早くおいで」
テルハは先に入り口の奥へと進んでいる。そっちは少し広くなっていて、その奥にさらにガラス戸の入り口があった。テルハは画面とテンキーのついている金属製の台の前で、バッグを広げていた。カードを取り出すと台の穴に差込み、数字を打ち込む。ガラス戸の入り口が開く。
「早く」
テルハにせかされながらシュウジは奥へ進む。
「すげえ、基地みたいだな」
テルハは軽く吹き出す。
「僕は魔法みたいだと思ったよ。最初はね」
「魔法か。うん。わかるそれ」
シュウジの興奮が伝わってくるのか、テルハも少し高揚しているようだった。
「人間ってすごいよね。こんなことまでできちゃうんだもん。こっち」
二人は入り口から曲がって再奥のエレベーターに乗る。パネルには奇数数字のみで十七階まであった。テルハは十五階のボタンを押す。入り口は閉まり、エレベーターが動き出す。
「同じ国なのに、ここは夢の中みたいだ」
テルハがつぶやく。
「終わらない悪夢。寝ても覚めてもずっと縛られてる」
「じゃあ、逃げろよ」
「逃げ切れないんだよ」
テルハはシュウジをにらむ。シュウジは目をそらさずにそれを受け止める。
「俺が、逃がしてやるよ」
「無理だよ」
「そのために何とかって奴を殺すんだろ?」
「そしたら別の奴が来て、僕を殺すだけさ」
「じゃあ、何のために殺すんだよ」
「一瞬でもいいじゃんか」
「何が?」
「籠の外に出てみたくなったんだよ。野良犬みたいな君にはわかんないでしょ」
ドアが開くと、テルハはさっさと降りていく。シュウジは軽くため息をついてその後に続く。長い廊下。左側に広がる夜景。テルハが立ち止まり外を見る。
「君が思うように、全員殺しても意味は無いよ」
生ぬるい風が二人をなでていく。
「僕はあいつらがいないと生きてられないんだから」
「何でだよ」
「だから僕が死ねば解決するのだ」
テルハが手を広げた。
「鳥みたいにここから飛び出せたなら、それでいいんだ。僕は、すぐに死ぬんだ。一瞬でもいい。昼間の太陽の下で思いっきり飛べたら、もう悔いは無いよ」
「悔い……」
「君が止めを刺してもいいぞ」
シュウジを見るテルハの目は輝きを失っていた。シュウジは左手を上げて指を鳴らす。
ぱちん。
テルハの表情は少しも変わらなかった。
「ありがと」
テルハはシュウジに背中を向けて歩き出す。
「つまんねー奴」
「二度も言うな」
「言ったのは一回です」
「小さい男」
「お前の方がチビだろ」
「僕は心の話を言ったの」
「背のことかと思ったよ」
「ガキ」
「チビ」
「ガキガキガキ」
「チビチビチビチビ」
「一回多い」
「細かい」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「細かい女も嫌われるな」
「少しは考えてから話せよ」
「なんで」
「だって」
「同じだろ」
「なにがさ」
「考えても聞こえるんだから」
「君ぃ。君は時々むかつくな」
テルハはシュウジに笑いかけた。その瞳にうっすらと輝くものがあった。
テルハの部屋は天井までが高く圧迫感が無かった。テルハはサボを玄関に転がして、床の上を動く円形の物体を軽やかにかわすと、そのまま奥へ駆け込んでいく。
「君の部屋はこっちねー」
シュウジは靴を脱いで奇妙な床の上の物体を避けつつ中に進んでいく。開かれたドアの中には服やカバンが無造作に置かれていた。
「倉庫じゃないって。客間」
「絶対、物扱いだろ」
「細かいこと気にしないんだろ」
「少しの間だけだしな」
シュウジは軽く舌打ちをして答える。
「何事もガマンガマン。上にかけるもの持って来るから、あぁ、服も洗っておくよ。お風呂入りな」
ため息をつくシュウジをテルハが呼び止める。
「おばさん言うな」
「ヨシエおばさんみたいだって思っただけだよ」
「誰それ」
「俺たちの仲間の保護者さ」
「ふうん。そこ出て左のドアね」
廊下に出て左のドアを開ける。脱衣所兼洗面所も結構な広さだ。洗濯機と乾燥機があってもまだ十分のゆとりがある。奥にもう一枚扉がある。
開くとユニットバスだった。
シュウジは服を脱ぎ捨てて風呂場の中に入る。そして、蛇口を前回で開き湯船にお湯をためる。徐々に上がっていく水面に我慢が出来なくなり、湯船の中に体を滑り込ませる。
体を滑らせて湯で全身を包む。胸の痣は、大分薄くなってきている。
湯船につかり天井を見上げる。
「おばさんのところの風呂よりも快適でいいや。あそこは広すぎるし、のんびりしてられないからな」
風呂から出て行くと脱衣所にタオルとバスローブが置いてあった。洗濯機がうなりを上げて回っている。廊下から声がする。
「とりあえずそれ着といて」
「わかった」
廊下に出て行くとテルハがシュウジの背中を押して倉庫部屋に押し込む。
「のぞきに来たら殺すぞ」
「のぞかねえよ」
シュウジはかろうじて広げられたスペースに腰を下ろす。
風呂場から悲鳴が上がる。ドアが乱暴に開かれる音が数回続き、バスタオルを巻いたテルハがシュウジのいる部屋に飛び込んでくる。
「こらー! 人の家のものはキレイに使え!」
「細かいことを気にすんなって」
「ガキ!」
テルハは扉を閉めて出て行った。その後もドタドタと音は続いた。シュウジは身を横たえる。
「何でこんなところにいるんだろう」
ぼそりとつぶやく。
情報を得るには時間が必要だった。考えがわかっても、広い街の中の話だ。今日、明日と言うわけには行かないだろう。
「そうだよな。今日だって、大分探したのに見つからなかったし。手がかりは六本木で見つかった死体だけ……」
死体は六本木で見つかった。見つけてくださいと言うように、ゴミ捨て場に捨ててあった。普通は見つからないようにどこかに捨てる。それが一番安心だから。そうしなかったのは何でだろう。時間がなかったのか。捨てようと思ったら、次の日がちょうど生ゴミの日だった。おいおい、和也を生ゴミだなんて、ひどい話じゃないか。
シュウジは起き上がる。
「そうか! 俺は思い違いをしていたんだ」
立ち上がり勢いよく廊下に飛び出す。
「おい、わかったぞ!」
脱衣所に飛び込むと、中にいるテルハに呼びかける。同時に風呂場のドアが開く。二人の目が合う。シュウジが固まり、テルハの拳が震える。
「のぞくなと言ったろうがぁー!」
シュウジの顔面に音速の拳を叩き込むとバスタオルを手に取って脱衣所を後にする。
「ほ、星が見える」
シュウジはそのまま床に倒れこんだ。
「ふん。君は今日ベランダで寝ろ」
タクシーを降りると、高層マンションの入り口だった。入り口はとても明るく、昨日までいた橋の下と比べると同じ世界とは思えなかった。
「早くおいで」
テルハは先に入り口の奥へと進んでいる。そっちは少し広くなっていて、その奥にさらにガラス戸の入り口があった。テルハは画面とテンキーのついている金属製の台の前で、バッグを広げていた。カードを取り出すと台の穴に差込み、数字を打ち込む。ガラス戸の入り口が開く。
「早く」
テルハにせかされながらシュウジは奥へ進む。
「すげえ、基地みたいだな」
テルハは軽く吹き出す。
「僕は魔法みたいだと思ったよ。最初はね」
「魔法か。うん。わかるそれ」
シュウジの興奮が伝わってくるのか、テルハも少し高揚しているようだった。
「人間ってすごいよね。こんなことまでできちゃうんだもん。こっち」
二人は入り口から曲がって再奥のエレベーターに乗る。パネルには奇数数字のみで十七階まであった。テルハは十五階のボタンを押す。入り口は閉まり、エレベーターが動き出す。
「同じ国なのに、ここは夢の中みたいだ」
テルハがつぶやく。
「終わらない悪夢。寝ても覚めてもずっと縛られてる」
「じゃあ、逃げろよ」
「逃げ切れないんだよ」
テルハはシュウジをにらむ。シュウジは目をそらさずにそれを受け止める。
「俺が、逃がしてやるよ」
「無理だよ」
「そのために何とかって奴を殺すんだろ?」
「そしたら別の奴が来て、僕を殺すだけさ」
「じゃあ、何のために殺すんだよ」
「一瞬でもいいじゃんか」
「何が?」
「籠の外に出てみたくなったんだよ。野良犬みたいな君にはわかんないでしょ」
ドアが開くと、テルハはさっさと降りていく。シュウジは軽くため息をついてその後に続く。長い廊下。左側に広がる夜景。テルハが立ち止まり外を見る。
「君が思うように、全員殺しても意味は無いよ」
生ぬるい風が二人をなでていく。
「僕はあいつらがいないと生きてられないんだから」
「何でだよ」
「だから僕が死ねば解決するのだ」
テルハが手を広げた。
「鳥みたいにここから飛び出せたなら、それでいいんだ。僕は、すぐに死ぬんだ。一瞬でもいい。昼間の太陽の下で思いっきり飛べたら、もう悔いは無いよ」
「悔い……」
「君が止めを刺してもいいぞ」
シュウジを見るテルハの目は輝きを失っていた。シュウジは左手を上げて指を鳴らす。
ぱちん。
テルハの表情は少しも変わらなかった。
「ありがと」
テルハはシュウジに背中を向けて歩き出す。
「つまんねー奴」
「二度も言うな」
「言ったのは一回です」
「小さい男」
「お前の方がチビだろ」
「僕は心の話を言ったの」
「背のことかと思ったよ」
「ガキ」
「チビ」
「ガキガキガキ」
「チビチビチビチビ」
「一回多い」
「細かい」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「細かい女も嫌われるな」
「少しは考えてから話せよ」
「なんで」
「だって」
「同じだろ」
「なにがさ」
「考えても聞こえるんだから」
「君ぃ。君は時々むかつくな」
テルハはシュウジに笑いかけた。その瞳にうっすらと輝くものがあった。
テルハの部屋は天井までが高く圧迫感が無かった。テルハはサボを玄関に転がして、床の上を動く円形の物体を軽やかにかわすと、そのまま奥へ駆け込んでいく。
「君の部屋はこっちねー」
シュウジは靴を脱いで奇妙な床の上の物体を避けつつ中に進んでいく。開かれたドアの中には服やカバンが無造作に置かれていた。
「倉庫じゃないって。客間」
「絶対、物扱いだろ」
「細かいこと気にしないんだろ」
「少しの間だけだしな」
シュウジは軽く舌打ちをして答える。
「何事もガマンガマン。上にかけるもの持って来るから、あぁ、服も洗っておくよ。お風呂入りな」
ため息をつくシュウジをテルハが呼び止める。
「おばさん言うな」
「ヨシエおばさんみたいだって思っただけだよ」
「誰それ」
「俺たちの仲間の保護者さ」
「ふうん。そこ出て左のドアね」
廊下に出て左のドアを開ける。脱衣所兼洗面所も結構な広さだ。洗濯機と乾燥機があってもまだ十分のゆとりがある。奥にもう一枚扉がある。
開くとユニットバスだった。
シュウジは服を脱ぎ捨てて風呂場の中に入る。そして、蛇口を前回で開き湯船にお湯をためる。徐々に上がっていく水面に我慢が出来なくなり、湯船の中に体を滑り込ませる。
体を滑らせて湯で全身を包む。胸の痣は、大分薄くなってきている。
湯船につかり天井を見上げる。
「おばさんのところの風呂よりも快適でいいや。あそこは広すぎるし、のんびりしてられないからな」
風呂から出て行くと脱衣所にタオルとバスローブが置いてあった。洗濯機がうなりを上げて回っている。廊下から声がする。
「とりあえずそれ着といて」
「わかった」
廊下に出て行くとテルハがシュウジの背中を押して倉庫部屋に押し込む。
「のぞきに来たら殺すぞ」
「のぞかねえよ」
シュウジはかろうじて広げられたスペースに腰を下ろす。
風呂場から悲鳴が上がる。ドアが乱暴に開かれる音が数回続き、バスタオルを巻いたテルハがシュウジのいる部屋に飛び込んでくる。
「こらー! 人の家のものはキレイに使え!」
「細かいことを気にすんなって」
「ガキ!」
テルハは扉を閉めて出て行った。その後もドタドタと音は続いた。シュウジは身を横たえる。
「何でこんなところにいるんだろう」
ぼそりとつぶやく。
情報を得るには時間が必要だった。考えがわかっても、広い街の中の話だ。今日、明日と言うわけには行かないだろう。
「そうだよな。今日だって、大分探したのに見つからなかったし。手がかりは六本木で見つかった死体だけ……」
死体は六本木で見つかった。見つけてくださいと言うように、ゴミ捨て場に捨ててあった。普通は見つからないようにどこかに捨てる。それが一番安心だから。そうしなかったのは何でだろう。時間がなかったのか。捨てようと思ったら、次の日がちょうど生ゴミの日だった。おいおい、和也を生ゴミだなんて、ひどい話じゃないか。
シュウジは起き上がる。
「そうか! 俺は思い違いをしていたんだ」
立ち上がり勢いよく廊下に飛び出す。
「おい、わかったぞ!」
脱衣所に飛び込むと、中にいるテルハに呼びかける。同時に風呂場のドアが開く。二人の目が合う。シュウジが固まり、テルハの拳が震える。
「のぞくなと言ったろうがぁー!」
シュウジの顔面に音速の拳を叩き込むとバスタオルを手に取って脱衣所を後にする。
「ほ、星が見える」
シュウジはそのまま床に倒れこんだ。
「ふん。君は今日ベランダで寝ろ」
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