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シャイロック 13
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13
地下鉄を降り、街の中へ出る。同じ東京の街でもここは好きそうになれない。ここが戦場になるからか、墓場になるからなのか。どちらにしても、ここに和也の命を奪った奴がいるのだ。街を一つ見ても広い。色分けされてるわけではないから、いつの間にか別の街に入り込んでいることも多い。例えこの街をくまなく歩いたところで、目的の人物にたどり着くと言う保証はない。むしろ可能性は限りなくゼロだ。そうと知っていても、やるしかない。
和也はどうやって伝手を作ったのか。誰から誘われたのか。何から始まったのか。和也なら、どうやってやるか。悪人を探すのに、悪人の中に紛れ込もうとした。それが手っ取り早かったんだろう。警察は役に立たない。まったく役に立たない。事件が起きてから動き出し、死人が出てから行動する。悪人の命も保障され、例え捕まったとしても安全が約束されている。暴力団がテロリストと変わりなくても何も出来無い。そこに巻き込まれた一般人が致命的なダメージや社会的制裁を受けるのだ。それがこの国の正義だ。
本当の悪人は、テロリストの長であり、命令する人間であり、その部分にかけては総理大臣も宗教の教祖も大して変わりがない。そして、彼らが罪を問われることはほとんどと言っていいほどにありえない。
もっとわかりやすくすればいいのに。
そう思えるほどに世の中は複雑だ。複雑でつぎはぎだらけで、まとまりが無く矛盾している。
矛盾だ。全員が平等な世界などありえない。みんなが同じように生まれてくることがないように、この世は差別と区別に満ち溢れていて、それで上手く回ることが出来る。全てが平等になってしまえば、世界が矛盾に耐えられなくなって終わってしまうだろう。
でも、平等じゃないことを知っていれば、世界は意外に優しさと愛に満ちているような気もする。俺は俺の都合で誰かを好きになる。好きになった人間を助ける。それ以外の人間には、興味を持たない。ケンカをすれば、その分遠くなって、それからさらに近づいたりもする。だが、実社会では、大抵の場合逆恨みで終わる。
こんなことは無意味だ。
シュウジは足を止める。歩き続けても何も見つかりはしない。そうしてしばらく立ち止まったまま街を見つめる。また歩き始める。一日はその繰り返しだ。
あきらめるしかない。
喉が渇いた。
ノドガカワイタ。
見知らぬ男と肩がぶつかった。シュウジは何も言わずにそのまま街の中を歩き続ける。男が乱暴にシュウジの肩をつかむ。シュウジは男に引き寄せられ、その顔面に拳が飛んでくる。シュウジの視界が白く光り、世界がスローになる。地面に倒れこむと同時に若い女の悲鳴が上がった。男がシュウジに向かって走りこんでくる。男はそのままの勢いで足を振り上げる。シュウジは左手を無意識に鳴らす。男がシュウジを越えて走りすぎ、野次馬の輪の中に飛び込んでいく。悲鳴と歓声が上がり、男が地面に転がる。激しく痙攣する男を見て、誰かが叫んだ。
「救急車だ! 早く!」
ざわつき始める周囲。シュウジは側にいた男性に抱えられるように起き上がった。
「大丈夫か? 頭のおかしいのがいるもんだな」
男性は人混みの中に消えた。シュウジは倒れこんだ男を見つめる。胸の痣が痛んだ。男の痙攣がやんだ。
違う。消すつもりは無かった。違うんだ。殺す気なんか無かったんだ。
シュウジはその場から逃げ出した。集まる野次馬の波に逆らうように、街の中から脱出を試みた。
どうかしている。俺はおかしくなってしまった。落ち着け。わかるか。落ち着くんだ。肩がぶつかっただけだぞ。肩がぶつかった。それだけで人を殺すなんて、本当の狂人じゃないか。そうさ頭がおかしくなったとしか思えない。疲れのせいだ。疲れているから、考えがまともじゃないんだ。とにかくここを離れろ。ここは戦場でも墓場でもない。ただの街だ。人が生きている街だ。白昼堂々、あんなに人が多い中で人を殺すなんて、俺は狂ってしまったのか? 狂っているから、人を殺したのか? クズを消すのが俺の使命だったはずだ。存在価値のはずだ。それを破ったら、俺はただの殺人鬼で、救いようが無い悪魔になってしまう。
救い?
救いなんてあるものか。いや、救いはあるはずだ。救いが無ければ、人は神さえ否定することになる。
神? なんだ神って。同じ神でも、俺は便所の紙なら知っている。トイレットペーパーだ。ケツを拭くカミなら世の中には溢れるほどいるじゃないか。おお、カミよこの男を救ってやってくれ。
走る足に地面の硬さが感じられなくなる。浮いているようだった。なんだろうこの浮遊感は。頭と体が離れている。
人は普段、何も考えずに歩くことが出来る。歩くことを考えると、普通に歩くことが困難になる。こういうのをなんて言ったっけ。自動化、いや感覚的? もっと機械的な感じの言葉で、最適化だ。そうだ。人間は無意識に行えることを最適化する。例えば、右手で四角を書いて、左手で三角を書くというようなことも、最適化が行われることで自動的に動かすことが出来る。和也と隆司か、弓子あたりがこういうのを早くできるようになって、よく自慢していた。
出来たからといって何の意味も無いのだが。
「いたか?」
シュウジは不意に耳に飛び込んできた言葉に足を止める。ビルの柱にさりげなく隠れる。
男を殺したのは俺だとはわからないはずだ。そうだ、誰にも。
そう心でつぶやきながら、声の主を探す。
派手な花柄シャツが三人集まって話をしている。赤青黄色。柄は一緒で色だけが違う。どれだけ仲良しなんだお前らは。
「信号かよ」
黄色シャツが赤と青に命令をしているようだった。
「見つけたら捕まえろ」
「本当に奴の女か?」
「間違いねえよ。俺見たもん」
「どっちに行った?」
「渋谷の方だ」
三人は渋谷方面に向かって走っていく。
俺を探してるんじゃなかった。
シュウジは、苦笑した。
そりゃそうだ。誰が俺がやったってわかるんだ? 証明なんかすることは出来無い。誰にもそんなことは出来無い。
再び歩き出すと、頭と体はピタリと一致していた。前よりもその連帯感は強い気がした。
足は、自然と渋谷方面に向いていた。さっきの三人組を追いかけるように。
あいつらを追っていけば、糸口が見つかるかもしれない。そんな気がする。奴の女。都合よく和也の彼女に当たるかはわからないが、小さな手がかりだった。
信号機三人組を追うのは簡単だった。周囲の人間が避けるからというせいもあったが、とにかく目立って仕方が無い。気がつくな、と言う方が難しい。
不意に横から少女が飛び出してきた。シュウジとぶつかりそうにあり、あわてて避ける。少女はシュウジの顔を見て、あっと声を上げた。
「君は和牛少年じゃないか」
ひどいセンスだ。黒髪のおでこ少女。
「おでこ少女ってなんだ。レディに向かって失礼な」
そうだった。こいつちょっと変わってるんだった。
「あぁ、そうだ。ちょうどいいや。君、僕についてきて」
シュウジは少女を無視して信号機三人組を探す。いくら目立つといっても、人混みの中に入ったら見失うかもしれない。
「大丈夫だよ。あいつらの目的は僕だから」
「はぁ?」
「信号機三人組の話」
少女はけらけら笑う。その笑顔が心地よくてシュウジも思わず笑顔を見せる。
「ほら、こっち」
少女は、路地に入りシュウジを手招きする。シュウジは信号機三人組と少女を見比べて少女の方に向かって歩き出す。
「はしれー」
そう言って駆け出した少女を追いかけてシュウジも走り出す。
少女は猫のように機敏だった。右へ左へ路地を駆け抜け、一軒の料理店の中に入っていく。
シュウジは白壁の窓の無い料理店の威圧感があり、彼を中に入れるのを拒否している気がした。
少女が入り口から顔をのぞかせる。
「君ぃ。以外に小心者だな」
むっとして中に入る。
オレンジ色の薄明かりが落ち着いた木目の店内を優しく染めていた。個室感覚で分けられているようで、仕切りの壁はしっかりと天井まで伸びていた。
今までに見たこともない世界だった。
少女の後について個室空間に入っていく。黒く輝くテーブルと椅子が置かれている。
「フフフ。驚いているな」
少女はさっさと席に座ると、口を開けて空間を見つめているシュウジを笑う。
「うるせえな」
年下の癖に。
「君、いくつ?」
「十六」
「じゃあ、僕の方が年上だよ。お姉さんと呼びなさい」
なんだこのおでこ女。
「おでこ女言うな。まぁ、かけたまえ。後ろの人が困ってるぞ」
振り返ると、メニューを持った店員がやわらかく困ったように笑っていた。シュウジは椅子を引いて座る。
「ご注文がお決まりになりましたら御呼びください」
「はーい」
メニューを開く。英語の文字がびっしりと並んでいる。
「まぁ、フランス語なんだけどね」
メニューを閉じて、テーブルの上に置く。
「じゃあ、いくつなんだよ」
「君ぃ。レディに年を聞くものじゃないぞ」
大体なんだよこいつ。こんなところに連れてきやがって。
「好きなもの頼んでいいよ。ここは僕が出すから。安心したまえ、僕は若い子には優しいんだ。」
読めないんだよ。ミミズが這いずり回ったようなこんな文字が読める奴、日本にいるのかよ。
「結構いるよ。読めなければ、オススメでって言っておけばいいよ」
「で、何で追われてるんだ?」
「話せば長くなるからね。お昼でも食べながらと思ったわけだ」
少女はテーブルの脇に手を伸ばした。
「僕は津浪テルハ。輝く波って書くんだ。君は?」
「俺はシュウジ」
「苗字は?」
ない。
「無いわけあるかい」
うるせえな。
店員がやってくる。
「ランチAでおねがいしまーす」
「かしこまりました」
店員とテルハがシュウジを見つめる。
「……オススメで」
店員の頬が緩む。テルハが口元を押さえる。
「かしこまりました。」
店員が行ってしまっても、テルハは声を殺して笑っていた。
「何だよ」
「別に」
さっさと話せよ。
「君はせっかち君だな。先に君の話を聞いてもいいかな?」
何で?
「僕の役に立ちそうなら、君に話すよ。僕のこと」
「俺の何が聞きたいって?」
「お肉屋さんで何してたの?」
ああ、それか。
「肉を消せるんだよ」
「へー。なんで?」
目を輝かせて聞いてくるテルハは、質問好きな小学生みたいに見えた。
「何で? それは考えたこと無かったな。消せるから消える。それだけ」
店員が四角い皿を運んでくる。二人の前に並べる。魚とサラダとパスタが乗っている。テルハが笑っている。
「ひどい説明」
「同じだ。これがオススメ?」
「お昼だからね。ランチは2つしかないの。肉が良かった? それならランチBだったね。残念だ。まぁ、食べながら話そう」
どっちでも良いよ。面倒くさいから早く話して帰る。それだけだ。
「最適化だ」
「さいてきかだ?」
「歩くときになんで歩いてるか考えないだろ? それと同じなんだよ。消せるから消える」
「ふうん」
食事をしながら話を続ける。
「まぁ、そこはわからなくもないかな。僕も空気を吸うように人の考えを集めちゃうわけだし」
やっぱりそうなんだ。
「でも、君が初めてだ」
何が?
シュウジはどきりとした。テルハが表情を曇らせる。
「その力で、人を殺せる?」
頭の中が白くなる。考えがつかなくなって、状況が飲み込めなくなるときにそういう言い方をするが、いつもと違った。言い換えるなら、頭の中が黒くなった。考えを止めろ。何も見せるな。
「質問に拒否をしようとしてるから、殺したことがあるんだね」
ダメだ。こいつは危険だ。今ならまだ逃げられる。シュウジは席を立ち上がろうとする。テルハが呼び止める。
「僕なら、君の欲しい情報をあげられるよ」
シュウジの体は凍りついた。手がかりを見つけられる。
「一人、殺して欲しいやつがいるんだ」
冗談だろ。俺は誰でも殺すってわけじゃない。クズしか殺さないんだよ。それが俺のルールだ。お断りだ。
「そいつは最低の下種だから、君も気に入ってくれると思うけど」
この女、見た目と違って相当ひどいな。
「そうだよ。僕も自分の力で何人も人を殺したんだ」
「じゃあ、自分でやれよ」
「出来るなら……」
テルハが突然震え始める。手に持っていたフォークを落とし、両腕で自分を押さえつける。
「出来るなら自分でやってるよ。でも、僕には無理なんだ。あいつが怖くて……」
シュウジはそっと右手を伸ばした。テルハの頬に触れる。テルハの体がびくりと反応し、顔を上げてシュウジを見る。震えは消えていた。テルハの手がゆっくりとシュウジの手を払う。
「僕に触らないで」
「友達が死んだ。殺した奴を探してる」
「後藤田を殺してくれたら、君に協力するよ」
「ダメだ」
シュウジは、食事を再開する。
「俺のほうが先だ」
和也の事を考えると正気でいられなくなる。そんな状態でゴミ掃除が出来るか。そうだろ? ゴミ掃除は雨の日にはやらないものだ。晴れた日にするほうが掃除がはかどるものだ。
「わかった」
それから二人は店を出るまで一言も会話をしなかった。
地下鉄を降り、街の中へ出る。同じ東京の街でもここは好きそうになれない。ここが戦場になるからか、墓場になるからなのか。どちらにしても、ここに和也の命を奪った奴がいるのだ。街を一つ見ても広い。色分けされてるわけではないから、いつの間にか別の街に入り込んでいることも多い。例えこの街をくまなく歩いたところで、目的の人物にたどり着くと言う保証はない。むしろ可能性は限りなくゼロだ。そうと知っていても、やるしかない。
和也はどうやって伝手を作ったのか。誰から誘われたのか。何から始まったのか。和也なら、どうやってやるか。悪人を探すのに、悪人の中に紛れ込もうとした。それが手っ取り早かったんだろう。警察は役に立たない。まったく役に立たない。事件が起きてから動き出し、死人が出てから行動する。悪人の命も保障され、例え捕まったとしても安全が約束されている。暴力団がテロリストと変わりなくても何も出来無い。そこに巻き込まれた一般人が致命的なダメージや社会的制裁を受けるのだ。それがこの国の正義だ。
本当の悪人は、テロリストの長であり、命令する人間であり、その部分にかけては総理大臣も宗教の教祖も大して変わりがない。そして、彼らが罪を問われることはほとんどと言っていいほどにありえない。
もっとわかりやすくすればいいのに。
そう思えるほどに世の中は複雑だ。複雑でつぎはぎだらけで、まとまりが無く矛盾している。
矛盾だ。全員が平等な世界などありえない。みんなが同じように生まれてくることがないように、この世は差別と区別に満ち溢れていて、それで上手く回ることが出来る。全てが平等になってしまえば、世界が矛盾に耐えられなくなって終わってしまうだろう。
でも、平等じゃないことを知っていれば、世界は意外に優しさと愛に満ちているような気もする。俺は俺の都合で誰かを好きになる。好きになった人間を助ける。それ以外の人間には、興味を持たない。ケンカをすれば、その分遠くなって、それからさらに近づいたりもする。だが、実社会では、大抵の場合逆恨みで終わる。
こんなことは無意味だ。
シュウジは足を止める。歩き続けても何も見つかりはしない。そうしてしばらく立ち止まったまま街を見つめる。また歩き始める。一日はその繰り返しだ。
あきらめるしかない。
喉が渇いた。
ノドガカワイタ。
見知らぬ男と肩がぶつかった。シュウジは何も言わずにそのまま街の中を歩き続ける。男が乱暴にシュウジの肩をつかむ。シュウジは男に引き寄せられ、その顔面に拳が飛んでくる。シュウジの視界が白く光り、世界がスローになる。地面に倒れこむと同時に若い女の悲鳴が上がった。男がシュウジに向かって走りこんでくる。男はそのままの勢いで足を振り上げる。シュウジは左手を無意識に鳴らす。男がシュウジを越えて走りすぎ、野次馬の輪の中に飛び込んでいく。悲鳴と歓声が上がり、男が地面に転がる。激しく痙攣する男を見て、誰かが叫んだ。
「救急車だ! 早く!」
ざわつき始める周囲。シュウジは側にいた男性に抱えられるように起き上がった。
「大丈夫か? 頭のおかしいのがいるもんだな」
男性は人混みの中に消えた。シュウジは倒れこんだ男を見つめる。胸の痣が痛んだ。男の痙攣がやんだ。
違う。消すつもりは無かった。違うんだ。殺す気なんか無かったんだ。
シュウジはその場から逃げ出した。集まる野次馬の波に逆らうように、街の中から脱出を試みた。
どうかしている。俺はおかしくなってしまった。落ち着け。わかるか。落ち着くんだ。肩がぶつかっただけだぞ。肩がぶつかった。それだけで人を殺すなんて、本当の狂人じゃないか。そうさ頭がおかしくなったとしか思えない。疲れのせいだ。疲れているから、考えがまともじゃないんだ。とにかくここを離れろ。ここは戦場でも墓場でもない。ただの街だ。人が生きている街だ。白昼堂々、あんなに人が多い中で人を殺すなんて、俺は狂ってしまったのか? 狂っているから、人を殺したのか? クズを消すのが俺の使命だったはずだ。存在価値のはずだ。それを破ったら、俺はただの殺人鬼で、救いようが無い悪魔になってしまう。
救い?
救いなんてあるものか。いや、救いはあるはずだ。救いが無ければ、人は神さえ否定することになる。
神? なんだ神って。同じ神でも、俺は便所の紙なら知っている。トイレットペーパーだ。ケツを拭くカミなら世の中には溢れるほどいるじゃないか。おお、カミよこの男を救ってやってくれ。
走る足に地面の硬さが感じられなくなる。浮いているようだった。なんだろうこの浮遊感は。頭と体が離れている。
人は普段、何も考えずに歩くことが出来る。歩くことを考えると、普通に歩くことが困難になる。こういうのをなんて言ったっけ。自動化、いや感覚的? もっと機械的な感じの言葉で、最適化だ。そうだ。人間は無意識に行えることを最適化する。例えば、右手で四角を書いて、左手で三角を書くというようなことも、最適化が行われることで自動的に動かすことが出来る。和也と隆司か、弓子あたりがこういうのを早くできるようになって、よく自慢していた。
出来たからといって何の意味も無いのだが。
「いたか?」
シュウジは不意に耳に飛び込んできた言葉に足を止める。ビルの柱にさりげなく隠れる。
男を殺したのは俺だとはわからないはずだ。そうだ、誰にも。
そう心でつぶやきながら、声の主を探す。
派手な花柄シャツが三人集まって話をしている。赤青黄色。柄は一緒で色だけが違う。どれだけ仲良しなんだお前らは。
「信号かよ」
黄色シャツが赤と青に命令をしているようだった。
「見つけたら捕まえろ」
「本当に奴の女か?」
「間違いねえよ。俺見たもん」
「どっちに行った?」
「渋谷の方だ」
三人は渋谷方面に向かって走っていく。
俺を探してるんじゃなかった。
シュウジは、苦笑した。
そりゃそうだ。誰が俺がやったってわかるんだ? 証明なんかすることは出来無い。誰にもそんなことは出来無い。
再び歩き出すと、頭と体はピタリと一致していた。前よりもその連帯感は強い気がした。
足は、自然と渋谷方面に向いていた。さっきの三人組を追いかけるように。
あいつらを追っていけば、糸口が見つかるかもしれない。そんな気がする。奴の女。都合よく和也の彼女に当たるかはわからないが、小さな手がかりだった。
信号機三人組を追うのは簡単だった。周囲の人間が避けるからというせいもあったが、とにかく目立って仕方が無い。気がつくな、と言う方が難しい。
不意に横から少女が飛び出してきた。シュウジとぶつかりそうにあり、あわてて避ける。少女はシュウジの顔を見て、あっと声を上げた。
「君は和牛少年じゃないか」
ひどいセンスだ。黒髪のおでこ少女。
「おでこ少女ってなんだ。レディに向かって失礼な」
そうだった。こいつちょっと変わってるんだった。
「あぁ、そうだ。ちょうどいいや。君、僕についてきて」
シュウジは少女を無視して信号機三人組を探す。いくら目立つといっても、人混みの中に入ったら見失うかもしれない。
「大丈夫だよ。あいつらの目的は僕だから」
「はぁ?」
「信号機三人組の話」
少女はけらけら笑う。その笑顔が心地よくてシュウジも思わず笑顔を見せる。
「ほら、こっち」
少女は、路地に入りシュウジを手招きする。シュウジは信号機三人組と少女を見比べて少女の方に向かって歩き出す。
「はしれー」
そう言って駆け出した少女を追いかけてシュウジも走り出す。
少女は猫のように機敏だった。右へ左へ路地を駆け抜け、一軒の料理店の中に入っていく。
シュウジは白壁の窓の無い料理店の威圧感があり、彼を中に入れるのを拒否している気がした。
少女が入り口から顔をのぞかせる。
「君ぃ。以外に小心者だな」
むっとして中に入る。
オレンジ色の薄明かりが落ち着いた木目の店内を優しく染めていた。個室感覚で分けられているようで、仕切りの壁はしっかりと天井まで伸びていた。
今までに見たこともない世界だった。
少女の後について個室空間に入っていく。黒く輝くテーブルと椅子が置かれている。
「フフフ。驚いているな」
少女はさっさと席に座ると、口を開けて空間を見つめているシュウジを笑う。
「うるせえな」
年下の癖に。
「君、いくつ?」
「十六」
「じゃあ、僕の方が年上だよ。お姉さんと呼びなさい」
なんだこのおでこ女。
「おでこ女言うな。まぁ、かけたまえ。後ろの人が困ってるぞ」
振り返ると、メニューを持った店員がやわらかく困ったように笑っていた。シュウジは椅子を引いて座る。
「ご注文がお決まりになりましたら御呼びください」
「はーい」
メニューを開く。英語の文字がびっしりと並んでいる。
「まぁ、フランス語なんだけどね」
メニューを閉じて、テーブルの上に置く。
「じゃあ、いくつなんだよ」
「君ぃ。レディに年を聞くものじゃないぞ」
大体なんだよこいつ。こんなところに連れてきやがって。
「好きなもの頼んでいいよ。ここは僕が出すから。安心したまえ、僕は若い子には優しいんだ。」
読めないんだよ。ミミズが這いずり回ったようなこんな文字が読める奴、日本にいるのかよ。
「結構いるよ。読めなければ、オススメでって言っておけばいいよ」
「で、何で追われてるんだ?」
「話せば長くなるからね。お昼でも食べながらと思ったわけだ」
少女はテーブルの脇に手を伸ばした。
「僕は津浪テルハ。輝く波って書くんだ。君は?」
「俺はシュウジ」
「苗字は?」
ない。
「無いわけあるかい」
うるせえな。
店員がやってくる。
「ランチAでおねがいしまーす」
「かしこまりました」
店員とテルハがシュウジを見つめる。
「……オススメで」
店員の頬が緩む。テルハが口元を押さえる。
「かしこまりました。」
店員が行ってしまっても、テルハは声を殺して笑っていた。
「何だよ」
「別に」
さっさと話せよ。
「君はせっかち君だな。先に君の話を聞いてもいいかな?」
何で?
「僕の役に立ちそうなら、君に話すよ。僕のこと」
「俺の何が聞きたいって?」
「お肉屋さんで何してたの?」
ああ、それか。
「肉を消せるんだよ」
「へー。なんで?」
目を輝かせて聞いてくるテルハは、質問好きな小学生みたいに見えた。
「何で? それは考えたこと無かったな。消せるから消える。それだけ」
店員が四角い皿を運んでくる。二人の前に並べる。魚とサラダとパスタが乗っている。テルハが笑っている。
「ひどい説明」
「同じだ。これがオススメ?」
「お昼だからね。ランチは2つしかないの。肉が良かった? それならランチBだったね。残念だ。まぁ、食べながら話そう」
どっちでも良いよ。面倒くさいから早く話して帰る。それだけだ。
「最適化だ」
「さいてきかだ?」
「歩くときになんで歩いてるか考えないだろ? それと同じなんだよ。消せるから消える」
「ふうん」
食事をしながら話を続ける。
「まぁ、そこはわからなくもないかな。僕も空気を吸うように人の考えを集めちゃうわけだし」
やっぱりそうなんだ。
「でも、君が初めてだ」
何が?
シュウジはどきりとした。テルハが表情を曇らせる。
「その力で、人を殺せる?」
頭の中が白くなる。考えがつかなくなって、状況が飲み込めなくなるときにそういう言い方をするが、いつもと違った。言い換えるなら、頭の中が黒くなった。考えを止めろ。何も見せるな。
「質問に拒否をしようとしてるから、殺したことがあるんだね」
ダメだ。こいつは危険だ。今ならまだ逃げられる。シュウジは席を立ち上がろうとする。テルハが呼び止める。
「僕なら、君の欲しい情報をあげられるよ」
シュウジの体は凍りついた。手がかりを見つけられる。
「一人、殺して欲しいやつがいるんだ」
冗談だろ。俺は誰でも殺すってわけじゃない。クズしか殺さないんだよ。それが俺のルールだ。お断りだ。
「そいつは最低の下種だから、君も気に入ってくれると思うけど」
この女、見た目と違って相当ひどいな。
「そうだよ。僕も自分の力で何人も人を殺したんだ」
「じゃあ、自分でやれよ」
「出来るなら……」
テルハが突然震え始める。手に持っていたフォークを落とし、両腕で自分を押さえつける。
「出来るなら自分でやってるよ。でも、僕には無理なんだ。あいつが怖くて……」
シュウジはそっと右手を伸ばした。テルハの頬に触れる。テルハの体がびくりと反応し、顔を上げてシュウジを見る。震えは消えていた。テルハの手がゆっくりとシュウジの手を払う。
「僕に触らないで」
「友達が死んだ。殺した奴を探してる」
「後藤田を殺してくれたら、君に協力するよ」
「ダメだ」
シュウジは、食事を再開する。
「俺のほうが先だ」
和也の事を考えると正気でいられなくなる。そんな状態でゴミ掃除が出来るか。そうだろ? ゴミ掃除は雨の日にはやらないものだ。晴れた日にするほうが掃除がはかどるものだ。
「わかった」
それから二人は店を出るまで一言も会話をしなかった。
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