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シャイロック 12
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虜囚。囚人。呼び方はどうあれ、僕たちはみんなが何かの奴隷だ。人間の多くが時間の奴隷であり、お金に囚われ、愛に繋がれる。
奴隷は時間を自分の物のように売り、お金を手に入れる。お金を手に入れた人間は、愛に飢える。でも、その愛は自己愛の延長にしか過ぎない。自分と似た人間を求め、趣味や価値観の合う人間を伴侶にする。相手に自分を求めている。自分の子供を愛するのも、自分の遺伝子を愛しているからに過ぎない。だから、自分と少しでも違うところがあると価値観が違うと言って別れを意識し始める。そんなのは本当の愛じゃない。ただの自己愛だ。
自己愛は差別愛だ。
街を行く若者の心の声を聞くがいい。
愛されたい。もっと愛されたい。誰よりも愛されたい。
みんなが胸に秘めている。
うんざりする。
本当の愛なんてどこにもないのに。
見て。些細なことで憎しみ会う人間を。
欲しい物のために人を傷つける人間がいる。
自分の身のために他者を喜んで蹴飛ばす人間もいる。
この世に愛があるならば、人はもっと幸せになれるのでないのだろうか。神様に頼ることも無く、人は人として誰もかも愛し、助け合うことが出来るだろう。
それが出来無いのは、この世には愛が無いからだ。
人間とはなんだろう。答えは知っている。
人間は、地球に救う病原体だ。
地球に優しくなんて言葉は自己欺瞞以外の何物でもない。本当に地球に優しくしたいのならば、人類が死滅すればいい。そうすれば人類は文句も言わずに全ての生命にその身を投げ打って貢献することが出来るだろう。
人間は死ぬ。死ぬことで初めて誰かを愛することが出来る。ああ、それが本当の愛なのかもしれない。
でも、長く生きている人間ほど生にしがみつく。溜め込んだお金を使うことなく、この世界に憎しみの種や争いの火をを残し、やがて命が尽き死んでいく。この存在はなんだ。
本当にくだらない世の中だ。
後藤田の体が離れていくと、テルハは思考やめた。ゆっくりと起き上がる後藤田に背を向ける。向かいの鏡に映る自分と目が合った。鏡に映る痩せた体には、男をひきつける魅力があるとは思えなかった。だが、そんなことは後藤田には関係が無い。女ならば誰でも構わない。その中で選ぶなら、できるだけ何も言わない女がいい。その程度の存在だ。人形を抱いて満足しているのだ。
「山口と相田だな?」
「そうだよ」
テルハは雑に立ち上がると裸を隠すことなくシャワールームへと入っていく。
鏡の中の自分と目が合う。人類滅亡の日はそう遠くない気がした。
「その二人が、あんたに黙って裏で商品をさばいてるよ」
いつもより熱いシャワーを浴びる。身体を打つ水圧が、皮膚を貫いて僕をバラバラにしていくようだった。そうだ。このまま溶けてしまえ。ドロドロになってしまえば下水道に流れて、やがて身体の半分は浄化され意識もなくなるだろう。だが、残りの半分は海に達し、身体が世界中に広がる。それでいい。そうしたら、私が存在したことを誰かが気がついてくれる。こんな誰もが誰にも興味が無い街で、煙のように毎日を消していくだけの生き方なんて、
「何の意味があるんだか」
シャワーを止め外にかけてあった大きなバスタオルを頭からかぶると、そのままベッドルームに戻っていく。
後藤田はすでに着替えを終えていた。なんだかわからないブランドの大して似合ってもいないスーツに身を包み、ガキがよく使うやっすい香水の匂いを振りまいて、こいつは街の中で主人公を気取るのだ。
こんな奴、早く死ねばいいのだ。
「忘れるなよ」
「ん?」
下着をつかんで無造作につけ始める。
「お前の相手なんか誰が好き好んでするか」
「俺も仕事さ。それに」
後藤田はにやりと笑う。背筋に寒気が走るほど気持ちが悪い笑みだった。今なら、ゾウも一発で殺せるんじゃないか。だから、ゾウに挑みかかって潰されて来い。そして、アフリカの土になれ。
「俺以外に誰がお前みたいなバケモノを相手にするんだ?」
いちいち癇に障る奴だ。僕の家族のことを考えるのはやめろ。あんたの中は見たくない。僕の思い出を汚す権利はお前には無いはずだ。
「僕は頼んでない」
「嫌ならやめろよ。それで終わりだ」
よく言うよ。僕が来なければ、お前は雑魚を狩りだして僕を捕まえさせる。そして、僕が逆らう気を失うまでネチネチと殴り続けて、雑魚と共に暴行し、それをビデオに撮る。僕がまた身を隠してもそれを見つけ出してビデオから印刷した物を近所に張りまくり僕の居場所を消す。
「また心を読んでるのか?」
読まなくても、お前みたいな下種が考えることはわかるんだよ。真っ黒な単純思考だから。
「本当にお前は扱いやすくていい。今迄で一番の女だよ」
「脅す必要が無いもんな」
「話す手間が省けるのは本当に便利だよ。しかも、それが本気だって分かってくれるからな」
「お前、長生きできないだろうな」
「俺が死ねば、愛人のお前も殺されるさ」
後藤田は部屋を出て行った。扉が閉まる音が聞こえると、テルハは床の上に座り込んだ。震える体を両手でしっかりと押さえつける。フロアマットの上に赤い小さな染みが二つ、三つと増えていく。
嘘を教えればいいのに。何度かそう思ったことがある。それでも嘘を言うことはできなかった。
「後藤田は嘘を見破ることが出来る」
なぜかはわからないが、後藤田には嘘は通じない気がした。僕に他人の心が分かるように、あいつは他人の嘘がわかるのだろう。でもそれ以上に心が全力で僕の嘘を止めるのだ。一つのもやが、僕を正気に返らせる。
もやの正体は恐怖。おそらくそれだ。恐怖は簡単に人を支配する。
それでもいつか、後藤田を殺してやる。恐怖の根底には大きな決意がある。それがなければ正気を保つことは出来なかったかもしれない。
僕のどこが正気だ。
後藤田のためにあいつの敵を探り、教え、それを金にした。その身を預け、唇を噛み締め出来うる限りの思考で自分の頭の中を埋め尽くす。行為が終わるまでの間、僕は自分を殺す。その姿が後藤田の快楽中枢を刺激し、僕の思考はさらに深くなる。
生物の世界では、男は消え行く存在だと言う。ならば今すぐ絶えて欲しい。雄は遺伝子の中だけに存在するようになり、全ての人間が雌になれば、苦しみは無くなり、人間は生きている状態でも本当の愛を手に入れることが出来るのではないだろうか。
身体の震えが止まると、テルハはゆっくりと立ち上がって服を着替える。長い髪は、まだ濡れていた。
パチン。
耳の奥に残っていた指の鳴る音。頭の中のスイッチが切り替わるような気がした。誰かがこっちを見ている。それは鏡に映る僕だ。
「君は、幸せそうだね」
そこにいた僕は、寂しそうな笑いを見せて部屋を出て行った。
虜囚。囚人。呼び方はどうあれ、僕たちはみんなが何かの奴隷だ。人間の多くが時間の奴隷であり、お金に囚われ、愛に繋がれる。
奴隷は時間を自分の物のように売り、お金を手に入れる。お金を手に入れた人間は、愛に飢える。でも、その愛は自己愛の延長にしか過ぎない。自分と似た人間を求め、趣味や価値観の合う人間を伴侶にする。相手に自分を求めている。自分の子供を愛するのも、自分の遺伝子を愛しているからに過ぎない。だから、自分と少しでも違うところがあると価値観が違うと言って別れを意識し始める。そんなのは本当の愛じゃない。ただの自己愛だ。
自己愛は差別愛だ。
街を行く若者の心の声を聞くがいい。
愛されたい。もっと愛されたい。誰よりも愛されたい。
みんなが胸に秘めている。
うんざりする。
本当の愛なんてどこにもないのに。
見て。些細なことで憎しみ会う人間を。
欲しい物のために人を傷つける人間がいる。
自分の身のために他者を喜んで蹴飛ばす人間もいる。
この世に愛があるならば、人はもっと幸せになれるのでないのだろうか。神様に頼ることも無く、人は人として誰もかも愛し、助け合うことが出来るだろう。
それが出来無いのは、この世には愛が無いからだ。
人間とはなんだろう。答えは知っている。
人間は、地球に救う病原体だ。
地球に優しくなんて言葉は自己欺瞞以外の何物でもない。本当に地球に優しくしたいのならば、人類が死滅すればいい。そうすれば人類は文句も言わずに全ての生命にその身を投げ打って貢献することが出来るだろう。
人間は死ぬ。死ぬことで初めて誰かを愛することが出来る。ああ、それが本当の愛なのかもしれない。
でも、長く生きている人間ほど生にしがみつく。溜め込んだお金を使うことなく、この世界に憎しみの種や争いの火をを残し、やがて命が尽き死んでいく。この存在はなんだ。
本当にくだらない世の中だ。
後藤田の体が離れていくと、テルハは思考やめた。ゆっくりと起き上がる後藤田に背を向ける。向かいの鏡に映る自分と目が合った。鏡に映る痩せた体には、男をひきつける魅力があるとは思えなかった。だが、そんなことは後藤田には関係が無い。女ならば誰でも構わない。その中で選ぶなら、できるだけ何も言わない女がいい。その程度の存在だ。人形を抱いて満足しているのだ。
「山口と相田だな?」
「そうだよ」
テルハは雑に立ち上がると裸を隠すことなくシャワールームへと入っていく。
鏡の中の自分と目が合う。人類滅亡の日はそう遠くない気がした。
「その二人が、あんたに黙って裏で商品をさばいてるよ」
いつもより熱いシャワーを浴びる。身体を打つ水圧が、皮膚を貫いて僕をバラバラにしていくようだった。そうだ。このまま溶けてしまえ。ドロドロになってしまえば下水道に流れて、やがて身体の半分は浄化され意識もなくなるだろう。だが、残りの半分は海に達し、身体が世界中に広がる。それでいい。そうしたら、私が存在したことを誰かが気がついてくれる。こんな誰もが誰にも興味が無い街で、煙のように毎日を消していくだけの生き方なんて、
「何の意味があるんだか」
シャワーを止め外にかけてあった大きなバスタオルを頭からかぶると、そのままベッドルームに戻っていく。
後藤田はすでに着替えを終えていた。なんだかわからないブランドの大して似合ってもいないスーツに身を包み、ガキがよく使うやっすい香水の匂いを振りまいて、こいつは街の中で主人公を気取るのだ。
こんな奴、早く死ねばいいのだ。
「忘れるなよ」
「ん?」
下着をつかんで無造作につけ始める。
「お前の相手なんか誰が好き好んでするか」
「俺も仕事さ。それに」
後藤田はにやりと笑う。背筋に寒気が走るほど気持ちが悪い笑みだった。今なら、ゾウも一発で殺せるんじゃないか。だから、ゾウに挑みかかって潰されて来い。そして、アフリカの土になれ。
「俺以外に誰がお前みたいなバケモノを相手にするんだ?」
いちいち癇に障る奴だ。僕の家族のことを考えるのはやめろ。あんたの中は見たくない。僕の思い出を汚す権利はお前には無いはずだ。
「僕は頼んでない」
「嫌ならやめろよ。それで終わりだ」
よく言うよ。僕が来なければ、お前は雑魚を狩りだして僕を捕まえさせる。そして、僕が逆らう気を失うまでネチネチと殴り続けて、雑魚と共に暴行し、それをビデオに撮る。僕がまた身を隠してもそれを見つけ出してビデオから印刷した物を近所に張りまくり僕の居場所を消す。
「また心を読んでるのか?」
読まなくても、お前みたいな下種が考えることはわかるんだよ。真っ黒な単純思考だから。
「本当にお前は扱いやすくていい。今迄で一番の女だよ」
「脅す必要が無いもんな」
「話す手間が省けるのは本当に便利だよ。しかも、それが本気だって分かってくれるからな」
「お前、長生きできないだろうな」
「俺が死ねば、愛人のお前も殺されるさ」
後藤田は部屋を出て行った。扉が閉まる音が聞こえると、テルハは床の上に座り込んだ。震える体を両手でしっかりと押さえつける。フロアマットの上に赤い小さな染みが二つ、三つと増えていく。
嘘を教えればいいのに。何度かそう思ったことがある。それでも嘘を言うことはできなかった。
「後藤田は嘘を見破ることが出来る」
なぜかはわからないが、後藤田には嘘は通じない気がした。僕に他人の心が分かるように、あいつは他人の嘘がわかるのだろう。でもそれ以上に心が全力で僕の嘘を止めるのだ。一つのもやが、僕を正気に返らせる。
もやの正体は恐怖。おそらくそれだ。恐怖は簡単に人を支配する。
それでもいつか、後藤田を殺してやる。恐怖の根底には大きな決意がある。それがなければ正気を保つことは出来なかったかもしれない。
僕のどこが正気だ。
後藤田のためにあいつの敵を探り、教え、それを金にした。その身を預け、唇を噛み締め出来うる限りの思考で自分の頭の中を埋め尽くす。行為が終わるまでの間、僕は自分を殺す。その姿が後藤田の快楽中枢を刺激し、僕の思考はさらに深くなる。
生物の世界では、男は消え行く存在だと言う。ならば今すぐ絶えて欲しい。雄は遺伝子の中だけに存在するようになり、全ての人間が雌になれば、苦しみは無くなり、人間は生きている状態でも本当の愛を手に入れることが出来るのではないだろうか。
身体の震えが止まると、テルハはゆっくりと立ち上がって服を着替える。長い髪は、まだ濡れていた。
パチン。
耳の奥に残っていた指の鳴る音。頭の中のスイッチが切り替わるような気がした。誰かがこっちを見ている。それは鏡に映る僕だ。
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そこにいた僕は、寂しそうな笑いを見せて部屋を出て行った。
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