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冬のあほうつかい
冬のあほうつかい 23
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23
「困ったな」
その先は少し落ちくぼんで広場となっており、壁中に犬小屋程度の大きさの穴が空いていてそこには蟻の幼虫が蠢いている。その数ざっと三百を超える。中央には小山のような大きな腹を持った蟻がいた。
「あれが女王だな」
「この数はちと無理じゃな」
「ここから矢を撃ち込んでもダメかな?」
「最初の一本で一斉に襲いかかって来るだろうな。普通の大蟻があの硬さだから一撃で仕留めることも無理だろうし」
「じゃあ、引き返す?」
「この次が最深部なんだろ?」
「誰も何も作っていなければそのはず。でも、ここは変わっていたからどうかしら」
「惜しいなぁ」
「財宝一歩手前で引き返すことになるのか」
「それだと完全にマイナスだよね。途中もめぼしいものはなんにも無かったし、こんな貧乏な迷宮も珍しいよ」
「帰るか」
イラリの言葉に誰も返事ができなかった。決定が下されようとした瞬間、
「少し時間を貰えれば凍結なら出来るわ。凍らせてその隙に下に下がるというのはどう?」
シミュラは思わず話し出してしまった。
「驚いた。お嬢さんそんなレベルの高い魔法が使えるのか」
「最深部を見て帰るにしてもまたここを通るからな。厳しくないか?」
ニコデムスがニヤリと笑った。
「ワシの風系の魔法と合わせれば奴らを死滅させることが出来るはずじゃ」
「どうやって?」
グスタフがニコデムスを見下ろす。
「お主に説明してわかるかどうか」
「爺さん説明してくれ」
「あいよ。冬が寒いのはなぜか。気温が下がるのもあるがそれだけではない。寒いだけであれば身を寄せ合って耐えていれば良い。しかし、本当に怖いのはそこに……」
「風か」
マリが間から口を挟む。ニコデムスは口をパクパクさせて次の言葉を探している。シミュラがその先を続ける。
「なるほど。凍結と風を混ぜれば蟻は全滅できますね。わたくし、魔法の杖を持っておりませんので少しお時間を頂きますが大丈夫ですか?」
「頼む」
シミュラはだらりと両腕を下げ、両の手のひらを地面に向ける。地中の水分を意識する。この迷宮は水気が多い。それは父親のロスが氷の魔術師と呼ばれることも関係している。氷の魔法を使うには水が触媒として使われる。迷宮で有利に戦うために水気を多く含ませていた。地下水脈に意識が触ることができれば、それを触媒にすることが可能なはずだ。
「うっ!」
シミュラは一瞬右手を引き上げた。なにか別のものに触れた気がした。とてつもない熱を感じたのと同時に鋭く痛む冷たさも感じた。黒よりも黒い黒。
「どうした?」
「大丈夫です。続けます」
間違ったものに触れただけだ。意識を集中させる。水。水。水。それ以外のものは近寄らせない。水の音が頭の奥で響いた。
「おまたせしました。いつでもいけます」
「ワシの方はいつでも行けるぞ」
シミュラは落ちくぼんでいる広場の方へ息を吹きかける。真っ白な息はキラキラと輝きながら周囲の空気を巻き込み白い靄を生み出す。ニコデムスがシミュラの後ろから杖を出す。
「木枯らし(コールドウインド)!」
杖の先から風が吹く。シミュラの淡い赤髪を激しく前に吹き流す。その風は真っ白な息に渦を与え大きくなっていく。周囲には霜が降り始め壁に氷が付いていく。異変を察知した蟻たちは縮こまっていく。幼虫たちも動きが鈍くなり、女王蟻の胎動も止んだ。ギチギチと顎を動かすと兵隊蟻たちがその呼びかけに応えて白い風が吹き込んでくる穴へゆっくりと向かっていく。だが、たどり着くことはなかった。兵隊蟻は凍りついた脚が地面から離れない。広場の中で霜柱が立ち上がり氷の柱に変わっていく。氷の柱は蟻を飲み込んで砕け、また新しい氷の柱に変わる。女王蟻も固まったところを崩されまた固められ絶命した。
「もういいじゃろ」
「はい」
仲間を振り返ったシミュラの髪は蘭の花びらのように凍ってしまっていた。
「あんたを連れてきてよかったよ」
マリがシミュラの髪の毛に触れる。
「傷んでなきゃ良いけど」
「凍らせたら温度で死ぬだけだと思っていたけど、こりゃすごいな」
「外殻が硬かったせいもあるのかもな。凍って砕けてまた凍ってを繰り返して倒し切るとはなぁ」
「少し先に進んでそこで休憩しよう」
「困ったな」
その先は少し落ちくぼんで広場となっており、壁中に犬小屋程度の大きさの穴が空いていてそこには蟻の幼虫が蠢いている。その数ざっと三百を超える。中央には小山のような大きな腹を持った蟻がいた。
「あれが女王だな」
「この数はちと無理じゃな」
「ここから矢を撃ち込んでもダメかな?」
「最初の一本で一斉に襲いかかって来るだろうな。普通の大蟻があの硬さだから一撃で仕留めることも無理だろうし」
「じゃあ、引き返す?」
「この次が最深部なんだろ?」
「誰も何も作っていなければそのはず。でも、ここは変わっていたからどうかしら」
「惜しいなぁ」
「財宝一歩手前で引き返すことになるのか」
「それだと完全にマイナスだよね。途中もめぼしいものはなんにも無かったし、こんな貧乏な迷宮も珍しいよ」
「帰るか」
イラリの言葉に誰も返事ができなかった。決定が下されようとした瞬間、
「少し時間を貰えれば凍結なら出来るわ。凍らせてその隙に下に下がるというのはどう?」
シミュラは思わず話し出してしまった。
「驚いた。お嬢さんそんなレベルの高い魔法が使えるのか」
「最深部を見て帰るにしてもまたここを通るからな。厳しくないか?」
ニコデムスがニヤリと笑った。
「ワシの風系の魔法と合わせれば奴らを死滅させることが出来るはずじゃ」
「どうやって?」
グスタフがニコデムスを見下ろす。
「お主に説明してわかるかどうか」
「爺さん説明してくれ」
「あいよ。冬が寒いのはなぜか。気温が下がるのもあるがそれだけではない。寒いだけであれば身を寄せ合って耐えていれば良い。しかし、本当に怖いのはそこに……」
「風か」
マリが間から口を挟む。ニコデムスは口をパクパクさせて次の言葉を探している。シミュラがその先を続ける。
「なるほど。凍結と風を混ぜれば蟻は全滅できますね。わたくし、魔法の杖を持っておりませんので少しお時間を頂きますが大丈夫ですか?」
「頼む」
シミュラはだらりと両腕を下げ、両の手のひらを地面に向ける。地中の水分を意識する。この迷宮は水気が多い。それは父親のロスが氷の魔術師と呼ばれることも関係している。氷の魔法を使うには水が触媒として使われる。迷宮で有利に戦うために水気を多く含ませていた。地下水脈に意識が触ることができれば、それを触媒にすることが可能なはずだ。
「うっ!」
シミュラは一瞬右手を引き上げた。なにか別のものに触れた気がした。とてつもない熱を感じたのと同時に鋭く痛む冷たさも感じた。黒よりも黒い黒。
「どうした?」
「大丈夫です。続けます」
間違ったものに触れただけだ。意識を集中させる。水。水。水。それ以外のものは近寄らせない。水の音が頭の奥で響いた。
「おまたせしました。いつでもいけます」
「ワシの方はいつでも行けるぞ」
シミュラは落ちくぼんでいる広場の方へ息を吹きかける。真っ白な息はキラキラと輝きながら周囲の空気を巻き込み白い靄を生み出す。ニコデムスがシミュラの後ろから杖を出す。
「木枯らし(コールドウインド)!」
杖の先から風が吹く。シミュラの淡い赤髪を激しく前に吹き流す。その風は真っ白な息に渦を与え大きくなっていく。周囲には霜が降り始め壁に氷が付いていく。異変を察知した蟻たちは縮こまっていく。幼虫たちも動きが鈍くなり、女王蟻の胎動も止んだ。ギチギチと顎を動かすと兵隊蟻たちがその呼びかけに応えて白い風が吹き込んでくる穴へゆっくりと向かっていく。だが、たどり着くことはなかった。兵隊蟻は凍りついた脚が地面から離れない。広場の中で霜柱が立ち上がり氷の柱に変わっていく。氷の柱は蟻を飲み込んで砕け、また新しい氷の柱に変わる。女王蟻も固まったところを崩されまた固められ絶命した。
「もういいじゃろ」
「はい」
仲間を振り返ったシミュラの髪は蘭の花びらのように凍ってしまっていた。
「あんたを連れてきてよかったよ」
マリがシミュラの髪の毛に触れる。
「傷んでなきゃ良いけど」
「凍らせたら温度で死ぬだけだと思っていたけど、こりゃすごいな」
「外殻が硬かったせいもあるのかもな。凍って砕けてまた凍ってを繰り返して倒し切るとはなぁ」
「少し先に進んでそこで休憩しよう」
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