迷宮の主

大秦頼太

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冬のあほうつかい

冬のあほうつかい 9

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 カタカタカタ。暗闇の中で地面が揺れていることに人々が気がつく。地鳴りのような音が遠くから近づいてきているようだった。一瞬の悲鳴もその後の轟音で消されてしまう。
「鉄砲水だ! 逃げろ!」
 外に駆け出した男が流れてきた板壁に足を取られてそのまま流される。助けようと見送った者のテントも濁流に飲み込まれる。水が生き物のように人もテントも物資も飲み込んで黒い水の中に巻き込んでいく。
 テントが燃える。商品も燃える。が、すぐに消火される。荒れ狂う川の水によって。暗闇の中では掴むものを探すこともできずに多くの者達が溺れ死んだ。溺れる前に物資や木材に激突して死ぬものも少なくなかった。
 押し流された木や石によって港に係留されていた船にも大きな被害が出た。
 夜が明けると港は茶色くにごり木や布などに混ざり人間も数多く浮かんでいた。生気のない亡骸たちは人形のようにも見えた。
 生き残った者たちは救助活動を始めるが、絶望的な状況だった。川の東側の軍のテントは壊滅的で二千人からいた兵士は五十名も生き残っていない。指揮官も生き残っていないようで座り込んでうなだれる者がいたし、動いている者は仲間の遺体を集めて並べるくらいしかできなかった。
 町の中ほどにいた人々はほとんどが港から海へ流れていった。
 西側の軍隊は三千の兵力をほぼ保ってはいたが物資が流されたり浸水したため作戦の継続は不可能になった。すでに救助活動に参加せずに撤退の準備に入っている。
 日が昇っていくに連れて臭いが出始めて救出作業は困難になり、多くのものがその場から去ることにしたようだった。

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