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呪われた子 9
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本はすっかり床の隅に追いやられ、食卓にはパンとスープが並ぶ。グロウが皿にパンを乗せてくれる。
バリュフがパンをちぎりスープに浸し、二つに裂けた舌を上手に絡ませて口の中に運ぶ。その目は、セヴルの吊られた右手に注がれている。
セヴルは見られていることにも気がつかずに、やわらかいパンを左手で弄んでいた。グロウが、それを同じように真似する。
「やめなさい。食べ物で遊ぶもんじゃない」
「はい、先生」
グロウが注意されたことでセヴルも気がつき、パンをスープにつけて食べ始める。
グロウはその様子をじっと見守っている。だが、とうとう我慢できなくなったのか、口を開く。
「右の手、どうかしたの?」
すぐにバリュフが食いついてくる。
「怪我かい?」
セヴルは、パンを口の中に入れてしまうと、それを喉の奥へ押し込んだ。
「このパン。やわらかい」
「作り方に秘密があってね」
バリュフは立ち上がり奥の部屋に向かう。
「……どこかにチーズが無かったっけ?」
グロウがいたずら顔をセヴルに向けてくる。セヴルもつられて笑う。するとグロウが懐からチーズの塊を出して机の上に置く。
「もう出てますよー」
「あれ? そうだったっけ?」
バリュフが頭をかきながら戻ってくる。手にはナイフが握られていた。
「グロウ、服がチーズ臭いですよ」
「嘘!」
においを嗅ぎにいったグロウを見て、バリュフは机の上のチーズを手に取るとナイフでそれを皿に切り分けた。
「お見通しです」
セヴルは皿の上のチーズを見つめた。
「スープの中に入れると溶けておいしいよ」
「すみません」
「お客さんなんて初めてだもん」
グロウの笑顔を見て、セヴルは右手を机の上に乗せる。
「この手は、呪われてるのさ」
「呪い?」
バリュフが聞き返す。セヴルは小さくうなずいた。
「先生、呪いって?」
「どんな呪いだい?」
セヴルは、開いた右手を見る。
「握ったものが刃物になる」
「ん?」
「どういうこと?」
バリュフもグロウもそろって首をかしげた。
「こういうことさ」
セヴルは右手を布から外すと、右手にパンを握る。そして、机の角をパンで叩く。すると、机の角が切り落とされた。そしてパンを口にくわえる。
「なになに? 見えなかったからもう一回やって!」
机の上に乗り出しかけたグロウをバリュフが押し返す。
「こらこら、机がなくなる。……驚いたな。それで自分にはパンのままなのか」
「うん。だから、初めは気がつかなかったんだ」
セヴルは右腕を布で吊る。
「パンが何かを切るのが呪いって言うの?」
「パンだけじゃない。棒でも、布でも、草でも。この手が触れたら刃物なんだよ」
「へー」
「それでその力が呪い? どうして?」
「便利じゃん」
「何でも刃物になるなんて危なくてしょうがないだろ? 棒で殴れば真っ二つ。誰かに何かを渡そうとしたときに相手の手を切っちまうんだ。ひょっとしたら、これまでに誰かを殺したかもしれない」
「それで逃げてきたのか?」
バリュフがスープをすする。グロウがパンを落としそうになる。
「え? 誰か殺したの?」
「逃げたのは別のことだし、俺は誰も殺してないよ。たぶん」
「たぶん?」
「思い出せる限りでは誰も殺してない」
「そう」
「先生は良くやるよね?」
グロウがバリュフを見る。セヴルが素早く反応する。
「え?」
バリュフはグロウの頭を軽く押さえる。
「悪い冗談だ。何があったのか話してみない?」
「ぶっ殺すぞってよく言うじゃん」
「言葉だけだろ」
「信じないよ」
「話してくれたら、村まで案内してもいいし、ご飯もただにしておくよ」
セヴルはパンを皿に戻す。
「それってずるくないですか」
バリュフが笑うと、グロウが威張ってみせる。
「先生は卑怯者なんだよ」
「うん。それも誉めてないね。話をすれば食事も道案内もただ。得をするんだから、いいじゃないか」
バリュフは笑顔で狩りをするハンターだ。本当の顔はどんな顔をしているのだろうか。仮に全てを話したところで、バリュフに利益があるとは思えなかった。
「わかったよ」
セヴルは、草原で起きたこと、レハのこと、村の夜の出来事を二人に話して聞かせた。
「それはつまりはめられたってことだね」
「そのマルムって奴、ひどい奴だね」
「マムルね」
セヴルとグロウのやり取りを聞いていたバリュフは、静かに手を組んだ。
「魔晶石はとても高価な石だからね。人を殺す理由には十分かもしれない。しかし、相当な守銭奴だね、そいつ」
「だけど、レハはずっとマムル様に仕えてて……」
「人はね、その程度の生き物だよ。私だって、魔術のためだったらどんな残酷なことも出来る」
「僕もおやつのためなら、先生を出し抜けるよ」
「それは誉められたものじゃないね」
「でも、あんな死に方をするなんて、あんまりだ」
セヴルが机を見つめた。バリュフはセヴルを見る。
「君も殺されそうになった」
「マムル様は嫌な奴だったけど、それでも俺にとっては親みたいなもんで」
「じゃあ、どうする? 殺されに戻るかい?」
バリュフの声でセヴルは固まった。グロウののんきな声がセヴルを刺激する。
「せっかく面白い力があるのにもったいないよ」
「こんな役に立たない力なんていらないよ! こんな呪いがなければ、俺は普通に暮らして痛んだ。親だって俺を捨てるなんてことはしなかったはずさ」
うなだれるセヴルに引きずられてグロウが静かになる。
「捨てられたの?」
「知らないよ。覚えてない」
「僕だって同じだよ。親もいないし呪われてるし」
沈み込む二人にバリュフが声をかける。
「草原の民は、大抵の場合、体の一部が獣で生まれてくる。大人になるに連れて獣の力をコントロールし生活を助ける。でも、この子みたいに普通の人間の子のように生まれて力が制御できないままいろんな獣に変わる子もいる。そして、戻れないまま獣になる子が多い。グロウの場合は私が戻る手助けをしていると言うわけだ」
「先生の舌も呪いだね」
場の空気は重いままだった。
「これは呪いじゃない。神様からの贈り物さ。もちろん君たちの力だって、本当はそうなんだけどね」
「神様からの贈り物だって? あんた馬鹿じゃないか?」
セヴルはバリュフに食って掛かるが、グロウがすぐに言葉を入れてフォローする。
「先生は馬鹿じゃないよ」
「グロウ」
バリュフは本当に嬉しそうに笑った。
「先生は、情緒不安定なだけだよ」
「フォローじゃないね」
深いため息をつきながらバリュフはパンを取り、セヴルに投げる。左手であわてて受け止めるセヴル。
「なんにせよ、この力があるのは事実だし、この力をどういう風に使うのかは自分次第。でも、呪われたものとして使うよりも、神様から受け取ったものだともって使う方が、楽しいって思わないかい?」
「このままじゃ、いつか誰かを殺してしまいそうで……。本当は親も殺してしまったのかもしれない」
バリュフはセヴルを見つめた。
「人を殺すことが怖いかい?」
「そりゃあ、だって……」
「そうだね。でも、あんまり優しすぎると自分が殺されちゃうよ。僕らは人間である前に生物だから、常に殺し合いの中にあるんだ。殺し合いのない世界なんていうのがあったら、すばらしいとは思うけど、それでは生存しているのか疑わしい」
「でも、この手が普通の手だったら、俺は誰も殺さなくてすむ。……聖導師ならこの呪いを解けると思うんです」
「うーん、どうかなぁ。彼らを信用するのはどうかと思う」
「僕のも治せるかな?」
「グロウの場合は、見世物小屋に送られるな」
バリュフはセヴルの右手を見る。
「まぁ、君の場合は行ってみる価値はあるかもしれないけど、下手をすると君、捕まるかもしれないね」
「なんで?」
「だって、人を殺したことにされてるんでしょ? そのマムルって言う奴は白の信徒だって言うし、まず町に入れば捕まるでしょ」
「マムル様ならそうするかも」
「何、君、そんなひどい事されてまだマムル様って呼んでるの? 結構、お人よしだね」
「だって、あんなこと信じられなくて」
「……それは仕方ないことか。人の心が覗けるわけでもないしね。でも、人をあまり信じすぎないほうがいいよ」
グロウが横から割って入ってくる。
「魔術で何とかならない?」
バリュフは首を横に振る。
「無理だね。というか、いっそのこと剣の修行でもすれば? 何でも剣として使えて便利じゃないか」
「遠慮します。そんな気持ちにはなれませんよ」
場が静かになると、皆食事を再開する。
「ところで世界は箱の中って本当なんですか?」
「もちろん」
「箱ってことは、横は?」
「横はないよ」
スープ皿に顔をうずめたままグロウが言った。
「え?」
「箱って言ってもね、ただの箱じゃないのさ」
「お兄さん、勉強した方がいいよ」
「悪かったな」
「横はない。全部の大地が底で、太陽があるところが一番上になるんだ」
「全部が底……。底?」
「聖導師や教団は神様が創ったというけど、実際のところ誰が作ったかはわかってない。でも、確かに不自然極まりないよね」
「はぁ」
「壁にかけた水が零れ落ちるのに、何で石の大地は落ちてこないのか? 火の大地は流れてこないのか? 空に浮かぶ太陽は一体誰が作って、何故、夜がやってくるのか? この世界は疑問に満ち満ちている! ゾクゾクする! 疑問を一つ紐解けば、新たな疑問が生まれ、際限なく世界を取り巻いている。楽しすぎる!」
「先生、お兄さん難しい顔してるよ」
「あ、すまない」
「じゃあ、蟲も神様が作ったもんなの?」
バリュフは、何か言おうとしたがすぐにやめた。
「そうかもな」
食事が終わると、セヴルはすぐに席を立つ。
「やっぱり行くの?」
「うん。俺は普通の人間になりたいの」
「じゃあ、食べ物と葉っぱを君に授けよう。グロウ、日持ちする食べ物を持っておいで」
「はい」
グロウは部屋中を駆け回る。
「葉っぱ?」
「困ったことがあったら、ここにまた来れるようにね」
「何で葉っぱ?」
バリュフは奥の部屋に入り一枚の青い葉っぱを指につまんで持ってくる。
「これを手のひらに乗せてごらん」
言われた通りに左手の上に乗せると、葉っぱは勢いよくクルクル回りだす。
「これはここの中にいるからこういう動きをするけど、外でやってみるとここを指すから安心してね」
「どうも」
グロウが堅パンや固形チーズを両腕に抱えて持ってくる。机の上に乗せると思い切り笑って見せた。
「食え」
「ありがとう」
セヴルもつられて笑った。
本はすっかり床の隅に追いやられ、食卓にはパンとスープが並ぶ。グロウが皿にパンを乗せてくれる。
バリュフがパンをちぎりスープに浸し、二つに裂けた舌を上手に絡ませて口の中に運ぶ。その目は、セヴルの吊られた右手に注がれている。
セヴルは見られていることにも気がつかずに、やわらかいパンを左手で弄んでいた。グロウが、それを同じように真似する。
「やめなさい。食べ物で遊ぶもんじゃない」
「はい、先生」
グロウが注意されたことでセヴルも気がつき、パンをスープにつけて食べ始める。
グロウはその様子をじっと見守っている。だが、とうとう我慢できなくなったのか、口を開く。
「右の手、どうかしたの?」
すぐにバリュフが食いついてくる。
「怪我かい?」
セヴルは、パンを口の中に入れてしまうと、それを喉の奥へ押し込んだ。
「このパン。やわらかい」
「作り方に秘密があってね」
バリュフは立ち上がり奥の部屋に向かう。
「……どこかにチーズが無かったっけ?」
グロウがいたずら顔をセヴルに向けてくる。セヴルもつられて笑う。するとグロウが懐からチーズの塊を出して机の上に置く。
「もう出てますよー」
「あれ? そうだったっけ?」
バリュフが頭をかきながら戻ってくる。手にはナイフが握られていた。
「グロウ、服がチーズ臭いですよ」
「嘘!」
においを嗅ぎにいったグロウを見て、バリュフは机の上のチーズを手に取るとナイフでそれを皿に切り分けた。
「お見通しです」
セヴルは皿の上のチーズを見つめた。
「スープの中に入れると溶けておいしいよ」
「すみません」
「お客さんなんて初めてだもん」
グロウの笑顔を見て、セヴルは右手を机の上に乗せる。
「この手は、呪われてるのさ」
「呪い?」
バリュフが聞き返す。セヴルは小さくうなずいた。
「先生、呪いって?」
「どんな呪いだい?」
セヴルは、開いた右手を見る。
「握ったものが刃物になる」
「ん?」
「どういうこと?」
バリュフもグロウもそろって首をかしげた。
「こういうことさ」
セヴルは右手を布から外すと、右手にパンを握る。そして、机の角をパンで叩く。すると、机の角が切り落とされた。そしてパンを口にくわえる。
「なになに? 見えなかったからもう一回やって!」
机の上に乗り出しかけたグロウをバリュフが押し返す。
「こらこら、机がなくなる。……驚いたな。それで自分にはパンのままなのか」
「うん。だから、初めは気がつかなかったんだ」
セヴルは右腕を布で吊る。
「パンが何かを切るのが呪いって言うの?」
「パンだけじゃない。棒でも、布でも、草でも。この手が触れたら刃物なんだよ」
「へー」
「それでその力が呪い? どうして?」
「便利じゃん」
「何でも刃物になるなんて危なくてしょうがないだろ? 棒で殴れば真っ二つ。誰かに何かを渡そうとしたときに相手の手を切っちまうんだ。ひょっとしたら、これまでに誰かを殺したかもしれない」
「それで逃げてきたのか?」
バリュフがスープをすする。グロウがパンを落としそうになる。
「え? 誰か殺したの?」
「逃げたのは別のことだし、俺は誰も殺してないよ。たぶん」
「たぶん?」
「思い出せる限りでは誰も殺してない」
「そう」
「先生は良くやるよね?」
グロウがバリュフを見る。セヴルが素早く反応する。
「え?」
バリュフはグロウの頭を軽く押さえる。
「悪い冗談だ。何があったのか話してみない?」
「ぶっ殺すぞってよく言うじゃん」
「言葉だけだろ」
「信じないよ」
「話してくれたら、村まで案内してもいいし、ご飯もただにしておくよ」
セヴルはパンを皿に戻す。
「それってずるくないですか」
バリュフが笑うと、グロウが威張ってみせる。
「先生は卑怯者なんだよ」
「うん。それも誉めてないね。話をすれば食事も道案内もただ。得をするんだから、いいじゃないか」
バリュフは笑顔で狩りをするハンターだ。本当の顔はどんな顔をしているのだろうか。仮に全てを話したところで、バリュフに利益があるとは思えなかった。
「わかったよ」
セヴルは、草原で起きたこと、レハのこと、村の夜の出来事を二人に話して聞かせた。
「それはつまりはめられたってことだね」
「そのマルムって奴、ひどい奴だね」
「マムルね」
セヴルとグロウのやり取りを聞いていたバリュフは、静かに手を組んだ。
「魔晶石はとても高価な石だからね。人を殺す理由には十分かもしれない。しかし、相当な守銭奴だね、そいつ」
「だけど、レハはずっとマムル様に仕えてて……」
「人はね、その程度の生き物だよ。私だって、魔術のためだったらどんな残酷なことも出来る」
「僕もおやつのためなら、先生を出し抜けるよ」
「それは誉められたものじゃないね」
「でも、あんな死に方をするなんて、あんまりだ」
セヴルが机を見つめた。バリュフはセヴルを見る。
「君も殺されそうになった」
「マムル様は嫌な奴だったけど、それでも俺にとっては親みたいなもんで」
「じゃあ、どうする? 殺されに戻るかい?」
バリュフの声でセヴルは固まった。グロウののんきな声がセヴルを刺激する。
「せっかく面白い力があるのにもったいないよ」
「こんな役に立たない力なんていらないよ! こんな呪いがなければ、俺は普通に暮らして痛んだ。親だって俺を捨てるなんてことはしなかったはずさ」
うなだれるセヴルに引きずられてグロウが静かになる。
「捨てられたの?」
「知らないよ。覚えてない」
「僕だって同じだよ。親もいないし呪われてるし」
沈み込む二人にバリュフが声をかける。
「草原の民は、大抵の場合、体の一部が獣で生まれてくる。大人になるに連れて獣の力をコントロールし生活を助ける。でも、この子みたいに普通の人間の子のように生まれて力が制御できないままいろんな獣に変わる子もいる。そして、戻れないまま獣になる子が多い。グロウの場合は私が戻る手助けをしていると言うわけだ」
「先生の舌も呪いだね」
場の空気は重いままだった。
「これは呪いじゃない。神様からの贈り物さ。もちろん君たちの力だって、本当はそうなんだけどね」
「神様からの贈り物だって? あんた馬鹿じゃないか?」
セヴルはバリュフに食って掛かるが、グロウがすぐに言葉を入れてフォローする。
「先生は馬鹿じゃないよ」
「グロウ」
バリュフは本当に嬉しそうに笑った。
「先生は、情緒不安定なだけだよ」
「フォローじゃないね」
深いため息をつきながらバリュフはパンを取り、セヴルに投げる。左手であわてて受け止めるセヴル。
「なんにせよ、この力があるのは事実だし、この力をどういう風に使うのかは自分次第。でも、呪われたものとして使うよりも、神様から受け取ったものだともって使う方が、楽しいって思わないかい?」
「このままじゃ、いつか誰かを殺してしまいそうで……。本当は親も殺してしまったのかもしれない」
バリュフはセヴルを見つめた。
「人を殺すことが怖いかい?」
「そりゃあ、だって……」
「そうだね。でも、あんまり優しすぎると自分が殺されちゃうよ。僕らは人間である前に生物だから、常に殺し合いの中にあるんだ。殺し合いのない世界なんていうのがあったら、すばらしいとは思うけど、それでは生存しているのか疑わしい」
「でも、この手が普通の手だったら、俺は誰も殺さなくてすむ。……聖導師ならこの呪いを解けると思うんです」
「うーん、どうかなぁ。彼らを信用するのはどうかと思う」
「僕のも治せるかな?」
「グロウの場合は、見世物小屋に送られるな」
バリュフはセヴルの右手を見る。
「まぁ、君の場合は行ってみる価値はあるかもしれないけど、下手をすると君、捕まるかもしれないね」
「なんで?」
「だって、人を殺したことにされてるんでしょ? そのマムルって言う奴は白の信徒だって言うし、まず町に入れば捕まるでしょ」
「マムル様ならそうするかも」
「何、君、そんなひどい事されてまだマムル様って呼んでるの? 結構、お人よしだね」
「だって、あんなこと信じられなくて」
「……それは仕方ないことか。人の心が覗けるわけでもないしね。でも、人をあまり信じすぎないほうがいいよ」
グロウが横から割って入ってくる。
「魔術で何とかならない?」
バリュフは首を横に振る。
「無理だね。というか、いっそのこと剣の修行でもすれば? 何でも剣として使えて便利じゃないか」
「遠慮します。そんな気持ちにはなれませんよ」
場が静かになると、皆食事を再開する。
「ところで世界は箱の中って本当なんですか?」
「もちろん」
「箱ってことは、横は?」
「横はないよ」
スープ皿に顔をうずめたままグロウが言った。
「え?」
「箱って言ってもね、ただの箱じゃないのさ」
「お兄さん、勉強した方がいいよ」
「悪かったな」
「横はない。全部の大地が底で、太陽があるところが一番上になるんだ」
「全部が底……。底?」
「聖導師や教団は神様が創ったというけど、実際のところ誰が作ったかはわかってない。でも、確かに不自然極まりないよね」
「はぁ」
「壁にかけた水が零れ落ちるのに、何で石の大地は落ちてこないのか? 火の大地は流れてこないのか? 空に浮かぶ太陽は一体誰が作って、何故、夜がやってくるのか? この世界は疑問に満ち満ちている! ゾクゾクする! 疑問を一つ紐解けば、新たな疑問が生まれ、際限なく世界を取り巻いている。楽しすぎる!」
「先生、お兄さん難しい顔してるよ」
「あ、すまない」
「じゃあ、蟲も神様が作ったもんなの?」
バリュフは、何か言おうとしたがすぐにやめた。
「そうかもな」
食事が終わると、セヴルはすぐに席を立つ。
「やっぱり行くの?」
「うん。俺は普通の人間になりたいの」
「じゃあ、食べ物と葉っぱを君に授けよう。グロウ、日持ちする食べ物を持っておいで」
「はい」
グロウは部屋中を駆け回る。
「葉っぱ?」
「困ったことがあったら、ここにまた来れるようにね」
「何で葉っぱ?」
バリュフは奥の部屋に入り一枚の青い葉っぱを指につまんで持ってくる。
「これを手のひらに乗せてごらん」
言われた通りに左手の上に乗せると、葉っぱは勢いよくクルクル回りだす。
「これはここの中にいるからこういう動きをするけど、外でやってみるとここを指すから安心してね」
「どうも」
グロウが堅パンや固形チーズを両腕に抱えて持ってくる。机の上に乗せると思い切り笑って見せた。
「食え」
「ありがとう」
セヴルもつられて笑った。
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