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第十七話
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1
平成13年。
2
ヤマノ県アキナガヤマ山腹の林の中に二人の男が向き合っていた。側を流れる渓流の音が聞こえてくる。一人は一目で老齢の男性登山者とわかるがもう一人は何の装備もない。こんな山の中にいるにしては軽装過ぎるほど普段着のままという姿の男だった。そして男は遭難者かと思わせるほど血色の悪いの顔をしている。二人はじっと距離を保ったまま睨み合っていたが、
「何度言ったらわかるんだ。あんたは中山常茂じゃない。もう私の前に現れるんじゃない」
登山者の男が言った。土気色の顔の男が呟く。
「出してくれよ。俺をここから。もう嫌なんだよ。あの女と一緒にいるのは嫌なんだよ」
哀れっぽくそう言うのだがどことなく空々しかった。
「あんたは中山常茂じゃない。中山はもう何年も前に死んだんだ」
登山者の男が言った。普段着の男はその言葉を必死に否定するように首を振る。
「嫌だ。死にたくない。何で俺だけこんなところに閉じこめられて苦しまなきゃいけないんだ」
そう言って普段着の男は登山者の男に突進をしてくる。登山者の男は背負っていた荷物を普段着の男にぶつけて交わす。
「人の記憶まで食い散らかして、あんたは最低な女だ」
登山者が言った。
「違う! あたしは汀子じゃない!」
そう叫んだ普段着の男の声がさっきまでの男の声ではなかった。明らかな女の声。
「あたしになにをしたんだい? あんたたちの面倒をみてきてやったあたしに、なにをしたんだい? えぇ? 新さん?」
「笑わせるな。なにが面倒をみただ。あんたはいつも律子さんにいろいろやらせてそれを自分の手柄だと横取りしていただけじゃないか」
「あんなろくに字も読めない女なんか、あたしが使ってやってなにが悪いんだよ!」
「だからって、殺鼠剤を飲まして殺すだなんてあんまりだ」
「最後まで見られなかったのが残念だったよ。あの女と腹の子の死にざまを見れなくて、あたしがどれだけ悔しかったかわかるかい?」
「先生の言うとおりだ。あんたは悪魔だ。人間じゃない」
「だからって! こんなところにあたしを閉じこめるお前たちだって、同じじゃないか! 出せ! あたしをここから出せ!」
「そこを出てもあんたはずっと一人だ」
登山者の男が言った。普段着の男は地面に転がっている拳大の岩を拾い上げる。
「嫌だ」
と呟いて普段着の男は登山者の男に襲いかかった。登山者の男は頭に傷を負いながらも普段着の男に組み付き二人は激しくもみ合った。
「今度はお前だ。隠している秘密も全部見てやる」
普段着の男の口は動いていなかったがそこから女の声がした。二人は徐々に渓流の崖へと近づいていく。
登山者の男は必死にふりほどこうとするが普段着の男は顔面を殴られても怯みさえしなかった。
「新さん、あんたはいろいろ知ってそうだから、楽しみだよ。あたしの知らないあの人のことを教えておくれよ」
普段着の男が笑う。登山者の男はくっと下唇をかみしめると、
「中山さん、いままですまなかった」
そう言って、普段着の男を抱えあげて自ら飛び込むような形で崖から普段着の男を放り投げた。二人は少し宙を舞い、ごつごつした岩肌に体を打ちつけながら滑落していく。腕や足は間接を無視して折れ曲がり、渓流の緩やかな流れの中に落ちて止まった。
二人ともぴくりとも動かなかった。その距離はおよそ10メートルほど。
二時間ほど後、崖上に人影が現れ岩場に転がる二人の姿を見て悲鳴を上げた。
3
二人の遺体はそれぞれの家族に引き取られた。
警察では事故として処理をされた。
登山のメンバーとともに山に訪れて事故にあった新谷吉十郎の遺体はチバラギの実家に送られた後、通夜葬儀が行われた。
普段着で事故にあった中山常茂は一週間ほど病院で放置されたが、ようやく九州の親類と連絡がつきヤマノ県内の火葬場で荼毘に付されたあと九州へ戻っていった。
平成13年。
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ヤマノ県アキナガヤマ山腹の林の中に二人の男が向き合っていた。側を流れる渓流の音が聞こえてくる。一人は一目で老齢の男性登山者とわかるがもう一人は何の装備もない。こんな山の中にいるにしては軽装過ぎるほど普段着のままという姿の男だった。そして男は遭難者かと思わせるほど血色の悪いの顔をしている。二人はじっと距離を保ったまま睨み合っていたが、
「何度言ったらわかるんだ。あんたは中山常茂じゃない。もう私の前に現れるんじゃない」
登山者の男が言った。土気色の顔の男が呟く。
「出してくれよ。俺をここから。もう嫌なんだよ。あの女と一緒にいるのは嫌なんだよ」
哀れっぽくそう言うのだがどことなく空々しかった。
「あんたは中山常茂じゃない。中山はもう何年も前に死んだんだ」
登山者の男が言った。普段着の男はその言葉を必死に否定するように首を振る。
「嫌だ。死にたくない。何で俺だけこんなところに閉じこめられて苦しまなきゃいけないんだ」
そう言って普段着の男は登山者の男に突進をしてくる。登山者の男は背負っていた荷物を普段着の男にぶつけて交わす。
「人の記憶まで食い散らかして、あんたは最低な女だ」
登山者が言った。
「違う! あたしは汀子じゃない!」
そう叫んだ普段着の男の声がさっきまでの男の声ではなかった。明らかな女の声。
「あたしになにをしたんだい? あんたたちの面倒をみてきてやったあたしに、なにをしたんだい? えぇ? 新さん?」
「笑わせるな。なにが面倒をみただ。あんたはいつも律子さんにいろいろやらせてそれを自分の手柄だと横取りしていただけじゃないか」
「あんなろくに字も読めない女なんか、あたしが使ってやってなにが悪いんだよ!」
「だからって、殺鼠剤を飲まして殺すだなんてあんまりだ」
「最後まで見られなかったのが残念だったよ。あの女と腹の子の死にざまを見れなくて、あたしがどれだけ悔しかったかわかるかい?」
「先生の言うとおりだ。あんたは悪魔だ。人間じゃない」
「だからって! こんなところにあたしを閉じこめるお前たちだって、同じじゃないか! 出せ! あたしをここから出せ!」
「そこを出てもあんたはずっと一人だ」
登山者の男が言った。普段着の男は地面に転がっている拳大の岩を拾い上げる。
「嫌だ」
と呟いて普段着の男は登山者の男に襲いかかった。登山者の男は頭に傷を負いながらも普段着の男に組み付き二人は激しくもみ合った。
「今度はお前だ。隠している秘密も全部見てやる」
普段着の男の口は動いていなかったがそこから女の声がした。二人は徐々に渓流の崖へと近づいていく。
登山者の男は必死にふりほどこうとするが普段着の男は顔面を殴られても怯みさえしなかった。
「新さん、あんたはいろいろ知ってそうだから、楽しみだよ。あたしの知らないあの人のことを教えておくれよ」
普段着の男が笑う。登山者の男はくっと下唇をかみしめると、
「中山さん、いままですまなかった」
そう言って、普段着の男を抱えあげて自ら飛び込むような形で崖から普段着の男を放り投げた。二人は少し宙を舞い、ごつごつした岩肌に体を打ちつけながら滑落していく。腕や足は間接を無視して折れ曲がり、渓流の緩やかな流れの中に落ちて止まった。
二人ともぴくりとも動かなかった。その距離はおよそ10メートルほど。
二時間ほど後、崖上に人影が現れ岩場に転がる二人の姿を見て悲鳴を上げた。
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二人の遺体はそれぞれの家族に引き取られた。
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登山のメンバーとともに山に訪れて事故にあった新谷吉十郎の遺体はチバラギの実家に送られた後、通夜葬儀が行われた。
普段着で事故にあった中山常茂は一週間ほど病院で放置されたが、ようやく九州の親類と連絡がつきヤマノ県内の火葬場で荼毘に付されたあと九州へ戻っていった。
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