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第二章 共に過ごした二つの刻

第十四話

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 食べ終えて昨日の出来事の話を聞いた後、私はコトリにここにいては危ないのではないかと再び告げた。だが、彼女は首を横に振り「もう少し、師匠と一緒にいさせてください」と言った。まったく、本当に困った弟子だ。私は彼女を危険な目に遭わせたくない。だが、彼女には「一緒にいたい」と言われ、うーんと首をひねりながら悩んでいると、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。

「こんな夜遅くに誰だろうか」

 不思議に思いながらドアを開けるために手をかけようとした時、コトリが二階から駆け下りてきて私の手を止め、彼女は必死に首を横に振った。

「だめです、師匠。開けないでください」
「何でなんだ、コトリ」
「……」
「コトリ」
「私を探しに来た、元の世界の人達です…… 二階から彼らの姿が見えました……」
「そうか……」

 小声で会話しながら扉の向こうに複数人の気配を感じ、家の中の結界を強めて更に幻を見せる術をかけた。

「奥へ行こう。ここにいたら気づかれてしまう」
「はい……」

 彼女は小さく頷き、私は玄関先の書棚の一つの仕掛けを動かして、その下へ続く部屋へと二人で向かった。地下室は滅多に入らないが、こういった時の避難部屋として作っておいていた。

「家の地下にこんな部屋があったんですね」
「昔も、こういうことがあったからな。だから、どうしても隠れる部屋は必要だったんだよ。それに、ここからなら家の裏にある広い森へと逃げることもできるしな」
「そんなこともできるのですね。流石、師匠です」
「ありがとう。それで、何で君の世界の人達がこの世界へ来ているんだ?」
「わかりません。ただ……」
「ただ?」
「数日前に下姉様に聞いたのですが、どうも私の生まれた場所で戦争が始まるとのこと。そして、私は本家にとっては切り札であるということ……」
「生かすことも殺すこともできるからってことか……」
「はい……」

 この子の身近にいた大人達は、いまだに彼女のことを使い捨ての兵器か何かだと考えているようで怒りが込み上げてきた。今すぐに出て行って外にいる彼らに罰を与えたいが、それをすればコトリに危険が及ぶかもしれない。何より、きっと彼女はそれを望まない。行き場のない感情を抱えながら、私はどうにか踏みとどまっていた。

「軽く見ていい命なんて存在しないのにな……」

 彼女が受けてきた扱い、離れた今でも受けている扱いを想像して、彼女を手助けできない私自身がいることが一番悔しかった。世界の壁を越えることは様々な魔術を扱う私にさえ、とても難しくできないことだった。ただ。今は彼女のそばにいて、寄り添うことだけしか。

「師匠。私、怖いです…… もし、連れて帰られて戦争にでもなったら……」
「大丈夫だよ。そんなことにはならないさ」
「でも……」

 怯えた彼女をそっと抱きしめる。コトリが未来を見れるということは、少し前に聞いていて知っていた。そして本当は、私が夢で見た未来もそうだった。だが、お願いだ。どうか、今だけはそれが嘘であってほしいと祈る。私達は目の前の危険が去るのを、地下でただじっと耐えていたのだった。

 地下へと逃げ込み、数時間が経った頃。私は彼らが帰ったかを確認するために、一度地下室を出ることにした。

「少しここで待っていてくれ。私は、上の様子を見てくる」
「どうかお気をつけくださいね、師匠」
「何があれば、外へと続く道標が出てくるようにしているから、そこから逃げてくれ」
「師匠、でも……」
「そんな泣きそうな顔をするな、コトリ。少し見てくるだけだから」
「わかりました……」

 コトリに見送られながら私は地上階へと登り、一度本棚の仕掛けを元に戻した。そうしておかないと、もしもの時に彼女の身が危なくなってしまうからだ。

「もう、いないといいんだが……」

 そう願いながら小さなネズミの使い魔を召喚し、外の様子を見てきてもらうことにした。その間に、私は家の周囲に張った結界を確認する。こちらは特に変化もなく、彼らはここにはいないことが確認できた。ネズミの方も帰って来て、周囲の安全が確認できたので地下室の仕掛けを再び動かしてコトリを迎えに行く。

「ただいま。もう大丈夫だよ、コトリ」
「お帰りなさい、師匠。ご無事で何よりです」
「さあ、戻ろうか」
「はい」

 二人で書斎に戻り、地下室の仕掛けを閉じる。ふと、コトリを見ると、何か考え事をしている様子だった。

「どうかしたか?」
「いえ、何でもないです」
「そうか」

 慌てて首を振り笑顔を取り繕うコトリの様子を見て、何かを隠しているようだが今はまだ聞かないでおくことにした。

「しばらく、街に行かない方がいいと思うけど、コトリはどう思う?」
「そうですね、外に出て下手に見つかるより、家にいて静かにしてる方がいいですね」
「なら、しばらくは家で過ごすか」
「わかりました、師匠」

 少し前に魔女狩りが始まり、そして今日のことが起きた。今後、コトリを追って本家の人間達がやって来ないとは思えない。多分だが「まだ追ってくるだろう」という気がしている。そして、もっと面倒なのが魔女狩り。彼女が魔術を扱えるということを街の人が知れば、魔女裁判にかけられることは免れられないだろう。それだけは、どうしても避けたい。コトリはまだ若いのだから、生きていてほしいと願っている。

「師匠、夕食は何食べたいですか…?」
「ん? そうだな、シチューが食べたいな」
「シチューですね。それじゃあ、材料を裏庭から採ってきますね」

 そんな短い会話をしてから、裏庭の方へと向かうコトリ。こういう事態の時は、食材を買うために街に出る必要がないというのは本当に助かる。そんなに多くないながらも、ある程度の種類を庭で育てていてよかったと、この時ばかりは素直にそう思った。

「私も夕食の準備をするか……」

 不安は残るがそれをすぐにどうにかできるわけでもなく、今はただ時間が過ぎるのを待つことしかできない。私に一体、何ができるだろう。考えを巡らせながら、私は台所へと向かった。

 作り終わって向かい合って席に座り、一緒に作ったシチューを食べ始めた。気を紛らわすために、私達は他愛もない会話をしながら食事をしていた。まるで、目の前のことから目をそらすように。だけども、出てくる話題はお互いに、腫物に触れないように慎重になっていて、気づけば会話はどんどんぎこちなくなっていた。

「やめようか、こんな会話……」
「そうですね……」
「これから、どうするか」
「どうしましょうね……」

 二人の間に続く長い沈黙。だが、それを破ったのは私達ではなく、玄関の戸を叩く音だった。

「はい、誰でしょうか」

 立ち上がり近づくが、扉の向こうからの返答は無かった。おかしいと思いながらも、私はゆっくりとドアを開けてみた。そこに立っていたのは、真っ黒の礼服を着た長身の一人の男だった。街の人でないことは、男を見てすぐにわかった。街の人達は、特別なことでもない限り礼服を着る人はいない。

「どういったご用ですか?」
「ここに、死神が来ていますよね?」
「死神ですか? 一体なんのことでしょう」
「聞こえていますよね、お嬢様。出てこられないのなら、この老人を殺しますがよろしいですか?」
「そんなことしてごらんなさい。あなたの首が飛ぶわよ、ジャック」

 低い声が玄関先に響き渡り、先程までいなかったはずのコトリが私と男の間に立っていた。その姿にはいつもの雰囲気はなく、もっと高貴な家柄の印象を受けた。

「いたなら、早く出てきてくださいよ。お嬢様」
「うるさいわね。それで、何用かしら」
「わかっていますよね? 私がここに来た理由を」
「黙って国の兵器に成り下がれ。冗談じゃないわ」
「ならば、残念ですが……」
「一つだけ約束して」
「何でしょう?」

 一度私の方をちらりと見て、すぐに男性に向き直った。

「彼を守ってください。それが条件よ」
「承知いたしました、お嬢様」
「コトリ、まさか……」
「すみません、師匠。私は、どうしても行かなきゃならないようです」
「どうしてもなのか……」

 振り向いたコトリは困ったように笑って、何も答えなかった。だが私にはそれが、答えられない彼女なりの回答のように思えた。

「……わかった。いってらっしゃい、コトリ」
「はい。いってきますね、師匠」

 笑みを浮かべながら軽く手を振り、彼女は男性へと向き直る。

「さあ、行きましょうか。ジャック」
「かしこまりました、お嬢様。ご老人の方も、お手数おかけいたしました」

 そして二人は暗闇の中へと消えていき、あとには森の静寂と家に一人残された私だけだった。

「お願いだ…… どうか無事で……」

 誰もいない空虚にそう呟きながら、コトリの無事を願うことしか私にはできなかった。彼女の代わりに戦場に出ることも、その重い役目を背負うこともできない私にはそれくらいしか思いつかなかったのだ。

 そして、数日後。海の向こうの遠く離れた世界で戦争が始まったという話を、私は風の噂で耳にした。そこは、普通の人間は立ち入ることのできない聖なる大地だそうだ。それが、海の遥か彼方の世界にあるという。コトリは恐らく、そこに連れていかれたのだろう。神聖な神すらいると言われているそんな大地に、彼女は一人。孤独に戦っているのだろうか。
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