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第一章 片隅に咲いた一輪花

第八話

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 気がつくと机の上で眠ってしまっていたようで、窓の外は日が沈んで暗くなっていた。眠ってる間に私は夢を見たような気がした。全部は覚えていないが、コトリが必死に腕を伸ばして泣きながら私に何かを訴えている姿だけは覚えていた。

「夢か…… 運命か、それとも違うのか…… どうなることだろうか」

 今よりも大きくなったコトリの泣き顔が、目が覚めた後も印象に残って忘れられなかった。私は彼女に、あのような顔をさせてしまうのだろうか。その日がもし来たとしたら、私はなんて声をかけるだろうか。ぼんやりと考えながら、夢の内容を思い出そうとしていたけども、またうとうとと眠気に襲われていた。

「お父さん、早く早く」
「父さん、置いていくよ」

 ふと、目の前を白い髪に青い瞳の娘と黒い髪に金の瞳の息子が駆けていき、私はその二人の後を追いかけていた。

"待ってくれ、二人とも"

 彼女達を呼び止めようとするが、何故か声が出なくて口だけが虚しく金魚みたいな動きを繰り返した。

「ルナ、ナイト!」

 子供達に向けて伸ばした手は宙を切り、天井に向かって私は何もない空間を掴んでいた。その腕を下ろし、瞳から流れた涙を拭う。夢だということは、自分が一番わかっている。わかっているが、いまだに受け入れられずにいる。あの時、引き止めていれば二人は死なずに済んだかもしれない。そして、追いかけたアリシアも。

「すまない、アリシア…… すまない、ルナ、ナイト……」

 私は涙で枕を濡らしながら、誰もいない部屋で一人謝っていた。もう二度とは戻らないことを知りながらも、どこかで奇跡を願ってしまう自分がいる。どんなに祈っても、あの笑顔は戻ってこないのに。

「いや、ひとつだけ可能性はあるが……」

 頭の中に浮かんだのは人体錬成を構成するための材料や、その公式の組み立て方。禁忌だとわかっていながらも、頭の中ではその公式をどんどん作り上げている。

「やめよう、今はコトリもいる。彼女をしっかりと見てあげないとな」

 あの頃の子供達と、あまり変わらない年頃のコトリ。そんな子をまた独りにしてしまうのは、あまりに可哀そうだ。誰にも頼れずに、また取り残されてしまう。そうなってしまったら、彼女は今度こそ誰も信じられなくなるだろう。

「だけど、もしも……」

 もしも本当に生き返るのならば、私はどちらを選択するだろうか。愛した大切な家族と、師匠と慕ってくれる可愛らしい少女。だが、帰ってきたとして、私は帰ってきた彼女達と昔のように過ごせるだろうか。彼女達の身に起きた悲劇を知らなかった頃のように、一緒に笑って過ごしていけるのだろうか。それができたらきっと私は、今まで独りでは過ごしては来なかっただろう。それほど私にとって家族は大切だった。幾千という長い時間の中でたった一人と愛し合って結ばれ、その人との間に子供をもうけた。他人と関わらず孤独に過ごしてきた私を理解して、隣で同じ時を過ごしたアリシアだからこそ、きっと私が道を外れるのを嫌うだろう。ましてや、帰りを待っている子がいるのだとしたら尚更だろう。

「アリシア。まだ長くなりそうだが、子供達とそっちで楽しく過ごしててくれ。」

 ぽつりと言葉をこぼし、私は三度目の眠りに入ることにした。
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