ヘタレ勇者と灰泥姫

小風 裕

文字の大きさ
上 下
21 / 27

第二十一話 音

しおりを挟む
「大したもんだわ、プリン。この調子なら早めに良くなるかも。毒は多少身体に回っちゃったように見えるけど、あとはルースの体力の問題ね」

パティがホッとしたように言った。

「姫さま。最後にもう一度吸い出して洗います。毒は傷口近くまで浮き上がってきてますので」

「お願いするわ、プリン」

プリンがまた聖水を手に傷口近くへ行った。

「良かったわね、アリシア。あなたのお友達は優秀よ。カル、見習いなさいよ」

「あっしはこれでも、ルース様の苦痛を引き受けているんですからね! さっきから熱っぽくて怠いんです」

カルは不愉快そうに言う。そういえばカルにしては口数が少ないと思った。ずっとルースのそばにちょこんと座って様子を見ているだけだったから。

従者は主人の苦痛を受け取ることが出来る。主人の判断で苦痛を分けあい、お互いが危機の時に動きやすいように工夫できるのだ。

従者を大切にする主人は、大抵苦痛を従者には分けない。今回ルースがカルに苦痛を受けてもらったのは、相当つらかったからだろう。

それでもカルは、ルースの肩にくちばしを乗せ、安心したようにダラリと寄りかかっていた。プリンのお陰でルースの病状にかなり明るいきざしが見えてきたのは確かだ。

プリンはまた、ルースの傷口に口をつけた。ジュッと吸い込む音がする。続けてペチョッという音がした。毒を吸い出し、綺麗な聖水を入れる、それを繰り返しているようだ。

ジュッ、ペチョッ。ジュッ、ペチョッ。

ジュパッジュパッ、ジュパッジュパッ。

「ちょ……っ。何この音! 音だけゴリゴリの十八禁だわ!」

パティが焦って言う。十八禁って……確か『コンビニ』のビニ本にそういうシールが貼ってあったわ。オトナの世界ね。でも音に関しては良く知らないわ。

ジュポッジュポッ、ジュポッジュポッ。パチュッパチュッ、クチュックチュッ。ジュプジュプ、ジュピュッジュピュッ。

「ああん、激しくない!? なんか恥ずかしくなってきちゃう!」

「ウォエ、オエエエエェェェエエッ」

プリンが最後の毒を吐き出した。私は急いでプリンに聖水を飲ませ、口をすすがせた。そしてルースの傷跡を見る。穴が開いていた傷口は大分狭まり、色も薄く紫色が残るだけだった。

「傷穴に聖水を入れて、出して、を繰り返して洗いました。抜けるだけの毒は全部抜けたはずです」

「ありがとう、プリン! なんてお礼を言っていいか……。疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」

そこでふと、ある事に気が付いた。私とルース。今は夜……そして穴。入れたり、出したり……。

リアンの宣託だ。あの子には、このことが視えていたんだわ。ここで起きることがハッキリわかった訳ではないにしろ……なんて能力なのかしら。

これで危険を回避できる託宣を言い渡すことが出来たら、リアンの能力はカリナンにとって、なくてはならないものになるだろう。やはりあの子の方が、斎の姫巫女にふさわしいのだわ……。

「う……。さ、寒い……」

ルースの苦し気な声が聞こえた。私は大急ぎでルース顔を覗く。目は閉じていたので、無意識で言ってしまったらしい。額の汗は引いていたけど、顔色がまた悪くなっていた。唇が紫色なのはさっきとあまり変わらず、身体が小さく震えていた。

「毒は抜けたけど、身体に少し回った分と、あとはショック症状かもしれないわ。ここは地べただし、寒いわよね……。でもこの状態じゃ宿を探しに移動もできないし……どうしよう」

パティが顎に手を当てて考え込んだ。

「とりあえず、枯れ木を集めて来るわ。焚火をしましょう。そうすれば暖かくなるわよ。アリシアはここでルースの様子を見てて」

パティは小さい懐中電灯で照らしながら走り出した。なんだかんだ言って、パティは頼りになる。私はあんな風にてきぱきと判断することは出来ない……。

「あっしも枯れ木を集めてきますわ」

カルが飛び立った。ルースはもう、カルに苦痛を引き受けてもらうのを止めたようだ。それだけ、回復してきてはいるのだろうけど、具合が悪そうなのはまだ熱が残っているからかもしれない。

「気を付けてね!」

私はふたりに声をかける事しかできなかった。ルースを振り返る。苦しそうに眉を寄せていて、悪寒に歯を鳴らしていた。せめて布団に寝せてあげたい。でもこんな場所にそれを求めるのは無理というものだ。

「姫さま。ちょっとわたくし、やってみたいことがあるので、ここを離れますね」

プリンに言われてビックリした。

「プリン? あなた疲れているでしょう? 休んでいていいのよ」

「大丈夫です。すぐに戻ります」

プリンは心なしかヨロヨロしながら、ぽよぽよと飛んで行った。私は急に心細くなった。それでも出来ることをしようと、自分の外套をルースにかぶせ、腕をさすり続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...