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第十九話 怪我
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「アリシア! 大丈夫ですか?」
「ルース……ルース……!」
私はルースに抱きついた。ルースの名前以外の言葉が出てこなかった。ルースは私を片手でしっかり抱きしめ、ホッと息をついた。
「どこもケガはないですか?」
「ええ……ええ、多分。今はどこも痛くないわ」
「後でよく見てみましょう。とりあえず、ここから降りなくては」
「ルース様」「姫さま」「あぶない!」
カルとプリンの声が重なった。同時に巣を突き破って巨大な鳥の足が出た。巨大鳥は断末魔の最後の力で、私たちへ向かってつかみかかろうとしたのだ。
咄嗟にルースは私をかばう。左腕で私を抱き寄せたまま、身体を半分ひねらせて鳥の巨大な足に剣を刺した。今度こそ鳥は力を失い、地面に向かって落ちて行く。
自分で造った巣を自分の足で壊しながら。バキバキと音を立てて、巣が下に下がり始めた。ルースは片手で私を抱き上げて、巣から枝、枝から枝へと飛びながら移動していく。
私はルースの首に腕を回して抱きついていた。ルースはまるでほとんど重力がないように、フワッと浮いては次々に枝を下へと降りて行った。周りでカルが旋回しながら追いかけてくる。
最後にルースは大きく前に飛ぶと、今までより長い距離を飛翔した。それでも着地した時、全く衝撃を感じなかった。
私は全身が震えてしまい、しばらくルースにしがみついたままだった。ルースは気のせいでなく、私の首筋にキスすると「もう大丈夫です。アリシア」と言った。
私はうなずいて「……ごめんなさい……」と謝ってから下に降りた。私を降ろしたあともルースは私を抱き寄せてくれていた。
落ちた鳥の方を見ると、完全にこと切れて横たわっていた。首からはもう血は噴き出すことなく、ダラダラと流れ続けているだけだった。
「すみません。ほんとは一回で首を斬るつもりだったのですが、思っていたより硬かった。妖魔とは少し違うのかもしれません。魔獣なのかも」
「そんな……謝らないで。ルースでなければこんなに早く倒せなかったわ」
「いや……俺が甘かったです。おかげで……」
ルースは急に声を途切らせた。私を抱く腕の力が抜けていく。顔を見ると、ギュッと目を閉じて歯を食いしばっていた。額からは汗が噴き出している。
「ルース!?」
驚く間もなく、ルースの身体が傾いていく。片膝をつき、しまいには地面に前かがみに倒れこんだ。
「ルース! ケガなの? ケガしたのね!?」
私は急いでルースの外套をめくり上げた。右足のブーツの上あたりから血がにじんでいる。
「アリシア! どうしたの? 大丈夫!?」
パティの声が近づいてきた。「ルースがケガをしているの!」とパティに向かって言う。
「ほんとに!? やだ、血が出てるじゃないっ」
パティは手に持っていたルースの荷物を横に置いた。ルースの足元に座り、ブーツを引っ張って脱がせる。ズボンのすそをぐいぐい太ももの方へ持ち上げた。
ふくらはぎの横にかぎ爪がつけたと思しき傷があり、そこから血が流れ出ていた。
「傷はそんなに深くなさそうだけど……もしかしたら毒があるのかもしれない」
パティは傷口を調べながら言った。私は自分の顔から血の気がサッと引いたのが分かった。
「毒? あの鳥には毒があったの?」
「これ見て」
パティが持ってきたルースの荷物を示す。荷物の表面にはポツポツと黒い点のようなものが散らばって見えた。
「これ、あの鳥の血が飛び散った跡だと思う。なんか黒くこげているように見えない?」
確かに、その通りだった。荷物の血がかかった部分は溶けて黒くなっている。もしあの血を浴びていたら、私たちもこげてしまっただろう。
ルースが機転をきかせて噴き出す血の方向を変えてくれなかったら……。私はぞくりと寒気が走った。
「ああ、ルース様! あの怪鳥が最後につかみかかって来た時、灰泥姫をかばって脚に爪があたってしまったんですね」
カルが嘆きながら言った。私はショックで心臓が止まった気がした。
「ちがう……カル、やめろ。俺のミスだ。アリシアのせいじゃ……ない……」
ふり絞るような声でルースが言った。ルースの顔はいまや血の気が引いて、唇が紫色になっていた。私は恐ろしさと自責の念で涙がボロボロこぼれた。
「ごめんなさい……。ルース……わたしっ……私が……っ」
ルースは首を振った。でもそのまま力尽きた様に頭を地面に落とした。
「ルース! ああ、どうしよう。どうしたら……」
「毒なら体中に回る前に吸い出すのが効果的だと思うわ」
言って、パティはカバンから大きなハンカチを取り出し、ケガをしたルースの膝上をギュッとしばる。傷の周りはじわじわと紫色になって、溶け広がっているように見えた。
「ルース……ルース……!」
私はルースに抱きついた。ルースの名前以外の言葉が出てこなかった。ルースは私を片手でしっかり抱きしめ、ホッと息をついた。
「どこもケガはないですか?」
「ええ……ええ、多分。今はどこも痛くないわ」
「後でよく見てみましょう。とりあえず、ここから降りなくては」
「ルース様」「姫さま」「あぶない!」
カルとプリンの声が重なった。同時に巣を突き破って巨大な鳥の足が出た。巨大鳥は断末魔の最後の力で、私たちへ向かってつかみかかろうとしたのだ。
咄嗟にルースは私をかばう。左腕で私を抱き寄せたまま、身体を半分ひねらせて鳥の巨大な足に剣を刺した。今度こそ鳥は力を失い、地面に向かって落ちて行く。
自分で造った巣を自分の足で壊しながら。バキバキと音を立てて、巣が下に下がり始めた。ルースは片手で私を抱き上げて、巣から枝、枝から枝へと飛びながら移動していく。
私はルースの首に腕を回して抱きついていた。ルースはまるでほとんど重力がないように、フワッと浮いては次々に枝を下へと降りて行った。周りでカルが旋回しながら追いかけてくる。
最後にルースは大きく前に飛ぶと、今までより長い距離を飛翔した。それでも着地した時、全く衝撃を感じなかった。
私は全身が震えてしまい、しばらくルースにしがみついたままだった。ルースは気のせいでなく、私の首筋にキスすると「もう大丈夫です。アリシア」と言った。
私はうなずいて「……ごめんなさい……」と謝ってから下に降りた。私を降ろしたあともルースは私を抱き寄せてくれていた。
落ちた鳥の方を見ると、完全にこと切れて横たわっていた。首からはもう血は噴き出すことなく、ダラダラと流れ続けているだけだった。
「すみません。ほんとは一回で首を斬るつもりだったのですが、思っていたより硬かった。妖魔とは少し違うのかもしれません。魔獣なのかも」
「そんな……謝らないで。ルースでなければこんなに早く倒せなかったわ」
「いや……俺が甘かったです。おかげで……」
ルースは急に声を途切らせた。私を抱く腕の力が抜けていく。顔を見ると、ギュッと目を閉じて歯を食いしばっていた。額からは汗が噴き出している。
「ルース!?」
驚く間もなく、ルースの身体が傾いていく。片膝をつき、しまいには地面に前かがみに倒れこんだ。
「ルース! ケガなの? ケガしたのね!?」
私は急いでルースの外套をめくり上げた。右足のブーツの上あたりから血がにじんでいる。
「アリシア! どうしたの? 大丈夫!?」
パティの声が近づいてきた。「ルースがケガをしているの!」とパティに向かって言う。
「ほんとに!? やだ、血が出てるじゃないっ」
パティは手に持っていたルースの荷物を横に置いた。ルースの足元に座り、ブーツを引っ張って脱がせる。ズボンのすそをぐいぐい太ももの方へ持ち上げた。
ふくらはぎの横にかぎ爪がつけたと思しき傷があり、そこから血が流れ出ていた。
「傷はそんなに深くなさそうだけど……もしかしたら毒があるのかもしれない」
パティは傷口を調べながら言った。私は自分の顔から血の気がサッと引いたのが分かった。
「毒? あの鳥には毒があったの?」
「これ見て」
パティが持ってきたルースの荷物を示す。荷物の表面にはポツポツと黒い点のようなものが散らばって見えた。
「これ、あの鳥の血が飛び散った跡だと思う。なんか黒くこげているように見えない?」
確かに、その通りだった。荷物の血がかかった部分は溶けて黒くなっている。もしあの血を浴びていたら、私たちもこげてしまっただろう。
ルースが機転をきかせて噴き出す血の方向を変えてくれなかったら……。私はぞくりと寒気が走った。
「ああ、ルース様! あの怪鳥が最後につかみかかって来た時、灰泥姫をかばって脚に爪があたってしまったんですね」
カルが嘆きながら言った。私はショックで心臓が止まった気がした。
「ちがう……カル、やめろ。俺のミスだ。アリシアのせいじゃ……ない……」
ふり絞るような声でルースが言った。ルースの顔はいまや血の気が引いて、唇が紫色になっていた。私は恐ろしさと自責の念で涙がボロボロこぼれた。
「ごめんなさい……。ルース……わたしっ……私が……っ」
ルースは首を振った。でもそのまま力尽きた様に頭を地面に落とした。
「ルース! ああ、どうしよう。どうしたら……」
「毒なら体中に回る前に吸い出すのが効果的だと思うわ」
言って、パティはカバンから大きなハンカチを取り出し、ケガをしたルースの膝上をギュッとしばる。傷の周りはじわじわと紫色になって、溶け広がっているように見えた。
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