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第十六話 弦
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「おいこら、パティとやら。灰泥姫はこの勇者ルース様の大切なお方ぞ。気安く触るでない」
カルがルースの頭の上からパティに向かって文句を言った。「あら、ヤダ!」とパティは口に手を当てる。
「そぉだったの! なんだ、ふたりイイ仲なんじゃない。てか、この鳥しゃべるの? すごくない?」
「どこまでも失礼なやつめ。あっしはルース様の従者、カル様だぞ。よくよく敬い、崇め奉れ、案内人」
「おっけー、カル。よろしくね。それとルースだっけ? そんなに睨まないでよ。あなたのいい人に手を出そうなんて思わないからさ」
「いや……アリシアとは、その……そういう仲ではない。アリシアは俺の旅に付き合ってくれてるだけだし……」
もごもごと歯切れ悪くルースが言う。パティは一瞬変な顔をしたけど、すぐに事情は分かったようだ。
「ふーん、それじゃ恋人同士って訳じゃないのね」
ルースは黙ってうなずいた。私には一瞥もくれなかった。
「例え恋人同士ではなくとも、ルース様にとって灰泥姫は特別な存在。何しろ、大切な〝夜のオカズ〟なんだからな!」
カルの言葉を聞いて、パティは目を真ん丸にしてから爆笑した。
「アハハハハハ! おかっ……オカズなのね。なるほど、そういう感じの仲なのね」
私はパティが何に納得したのか、全然分からなかった。ルースは仏頂面なのに、顔は真っ赤だし。
「あの……お夕飯のおかずはチキンでしたのよ」
せっかく説明したのに、パティはますます笑っている。ルースは頭をガシガシ掻くと、ドアに向かって私を促した。
「とにかく、このドアを超えましょう。〝弦〟は目の前です」
「ええ、そうね」
白い闇に浮かぶ半月形のドアを見て、鼓動が早くなった。この先にあるのは魔の世界。この奇妙な案内人と一緒に、無事に塔まで行けるだろうか。
ルースがドアの取っ手に手をかけた。私は咄嗟に思ったことをルースに伝えようとして、ためらった。
さっきのルースは私と恋人同士ということを否定して、私に目を向けようともしなかった。
それは事実だから仕方ないとしても、なんとなくそういう態度をされたことで、自分の思いを素直に言えなくなっていた。
ルースはドアを開ける前に、私を振り返った。そして片手を差し伸べてくれる。私はホッとして、その手を取った。
私がルースに伝えたかったことは、まさにそれだったから。手を繋いでほしい。その一言を、ためらってしまったから。
ルースの大きな手が、私の手を包み込む。大きな安心と、弾けるようなときめきが、同時に体中を駆けめぐる。
ルースがドアを引くと、白い空間に細い光が差し込んだ。私たちは〝弦〟へと足を踏み入れた。
弦に入ると、青空が広がっていた。さっきまで夜だったから、変な感覚になる。
後ろを振り向くと、私達が入ってきたドアがなかった。もう戻ることは出来ない、と言われているようで少し怖い。
ルースが私の手を引き、自分に近づけた。「……大丈夫ですか?」と訊いてくれる。
いつになく近い距離にドキンとした。思わず目をそらして「大丈夫よ」と返す。
「やーだ。ここ土の道なの? サイアク~」
パティがウンザリした様子で言う。
「そんなに高いかかとの靴を履いてくるからだ。履き替えないと靴擦れになるぞ」
ルースは言い方こそ彼らしくなく冷たかったけど、きちんとアドバイスしているあたり、人の上に立つ者らしかった。
「え~、だってこれ以外は地下足袋なんだもの。服に合わなくなっちゃう」
「──すでに、何もかもが合っていない」
「やん、そう言わないでよ。いいわ、しばらく歩いて耐えられなかったら履き替えるから」
「好きにしろ。それより案内人らしいことをしてくれ。どっちに行けばいいんだ?」
「えーと、ちょっと待ってね」
パティは持っていた肩掛けバッグから四角い板を取り出した。
「パパに言われたことスマホにメモっといたの。なになに? まず、マダムシャトーの所へ行き、勝負に勝って魔物を寄せ付けない身体になると便利、と」
「ではそのマダムシャトーの所へ連れて行ってくれ」
パティは周りをキョロキョロ見た。今立っている場所は幅五メートルほどの土の道で、道以外の場所はショボついた草が生える大地だった。
草原の遠くに枯れた木々が少し見える程度。ドアが消えた側の道の奥は、果てがあるのか分からないほど土の道が続いている。その逆側の道の先に、細く煙が上がっているのが見えた。
「……あっちね」
パティはそちらの道を指さした。でもちょっと自信がなさそうに見える。
カルがルースの頭の上からパティに向かって文句を言った。「あら、ヤダ!」とパティは口に手を当てる。
「そぉだったの! なんだ、ふたりイイ仲なんじゃない。てか、この鳥しゃべるの? すごくない?」
「どこまでも失礼なやつめ。あっしはルース様の従者、カル様だぞ。よくよく敬い、崇め奉れ、案内人」
「おっけー、カル。よろしくね。それとルースだっけ? そんなに睨まないでよ。あなたのいい人に手を出そうなんて思わないからさ」
「いや……アリシアとは、その……そういう仲ではない。アリシアは俺の旅に付き合ってくれてるだけだし……」
もごもごと歯切れ悪くルースが言う。パティは一瞬変な顔をしたけど、すぐに事情は分かったようだ。
「ふーん、それじゃ恋人同士って訳じゃないのね」
ルースは黙ってうなずいた。私には一瞥もくれなかった。
「例え恋人同士ではなくとも、ルース様にとって灰泥姫は特別な存在。何しろ、大切な〝夜のオカズ〟なんだからな!」
カルの言葉を聞いて、パティは目を真ん丸にしてから爆笑した。
「アハハハハハ! おかっ……オカズなのね。なるほど、そういう感じの仲なのね」
私はパティが何に納得したのか、全然分からなかった。ルースは仏頂面なのに、顔は真っ赤だし。
「あの……お夕飯のおかずはチキンでしたのよ」
せっかく説明したのに、パティはますます笑っている。ルースは頭をガシガシ掻くと、ドアに向かって私を促した。
「とにかく、このドアを超えましょう。〝弦〟は目の前です」
「ええ、そうね」
白い闇に浮かぶ半月形のドアを見て、鼓動が早くなった。この先にあるのは魔の世界。この奇妙な案内人と一緒に、無事に塔まで行けるだろうか。
ルースがドアの取っ手に手をかけた。私は咄嗟に思ったことをルースに伝えようとして、ためらった。
さっきのルースは私と恋人同士ということを否定して、私に目を向けようともしなかった。
それは事実だから仕方ないとしても、なんとなくそういう態度をされたことで、自分の思いを素直に言えなくなっていた。
ルースはドアを開ける前に、私を振り返った。そして片手を差し伸べてくれる。私はホッとして、その手を取った。
私がルースに伝えたかったことは、まさにそれだったから。手を繋いでほしい。その一言を、ためらってしまったから。
ルースの大きな手が、私の手を包み込む。大きな安心と、弾けるようなときめきが、同時に体中を駆けめぐる。
ルースがドアを引くと、白い空間に細い光が差し込んだ。私たちは〝弦〟へと足を踏み入れた。
弦に入ると、青空が広がっていた。さっきまで夜だったから、変な感覚になる。
後ろを振り向くと、私達が入ってきたドアがなかった。もう戻ることは出来ない、と言われているようで少し怖い。
ルースが私の手を引き、自分に近づけた。「……大丈夫ですか?」と訊いてくれる。
いつになく近い距離にドキンとした。思わず目をそらして「大丈夫よ」と返す。
「やーだ。ここ土の道なの? サイアク~」
パティがウンザリした様子で言う。
「そんなに高いかかとの靴を履いてくるからだ。履き替えないと靴擦れになるぞ」
ルースは言い方こそ彼らしくなく冷たかったけど、きちんとアドバイスしているあたり、人の上に立つ者らしかった。
「え~、だってこれ以外は地下足袋なんだもの。服に合わなくなっちゃう」
「──すでに、何もかもが合っていない」
「やん、そう言わないでよ。いいわ、しばらく歩いて耐えられなかったら履き替えるから」
「好きにしろ。それより案内人らしいことをしてくれ。どっちに行けばいいんだ?」
「えーと、ちょっと待ってね」
パティは持っていた肩掛けバッグから四角い板を取り出した。
「パパに言われたことスマホにメモっといたの。なになに? まず、マダムシャトーの所へ行き、勝負に勝って魔物を寄せ付けない身体になると便利、と」
「ではそのマダムシャトーの所へ連れて行ってくれ」
パティは周りをキョロキョロ見た。今立っている場所は幅五メートルほどの土の道で、道以外の場所はショボついた草が生える大地だった。
草原の遠くに枯れた木々が少し見える程度。ドアが消えた側の道の奥は、果てがあるのか分からないほど土の道が続いている。その逆側の道の先に、細く煙が上がっているのが見えた。
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