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第十一話 ひとだま
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翌日の日中は旅の準備で忙しかった。普段はほとんどドレスを着て過ごすため、私は動きやすい服を持っていない。母と一緒に町へ出て、シャツとズボンを数枚そろえ、ブーツも買った。
外套は膝丈のスカート型のものにした。「姫さま、とてもお似合いですぅ」とプリンが褒めてくれる。
「少しでも可愛らしく見せたいものね」
母はそう言って、バチンとウインクしてきた。母は特にそれ以上の事は何も言わなかったけれど、私がルースに抱く、人生初めての甘い想いに気づいていたのかもしれない。
屋敷に戻ると、ルースが庭で研ぎ終わった剣を眺めていた。カルはナディルと一緒にボール遊びをしている。
私は部屋まで荷物を置きに行き、また庭に戻った。ルースはさっき着ていなかった外套を羽織っていた。
「お疲れ様。その外套すてきね」
ルースはうなずいてニコリと笑う。
「研ぎ終わった剣を取りに行った時、研師のナサックから頂きました。なんでもこの外套は妖魔の爪でも切り裂けないとか。嘘か本当か分かりませんが」
「まぁ、そうなの? 本当だったらすごいわね」
「はい。ほん……う、うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
突如ルースが叫び出した。目線は私の後ろを指している。振り向くと、私の頭の斜め上あたりに、フワフワと浮かぶものがあった。
それは黒くて丸い塊だった。ツヤツヤしていて、墨汁の中に油を浮かせたような七色がぬらぬらと光っているように見える。
何と言っても奇妙なのは、その丸に縦の線が入っていて目玉があることだった。例えるなら、猫の目がひとつだけ宙に浮いて漂っているような感じ。
「うわ、うわ、うわあぁぁあああ! 人魂!? 妖怪!? なにコレ!!!!」
ルースは叫びながら私にしがみつく。私はルースの腕の中にすっぽり入ってしまった。ルースはブルブル震えている。
怖がっているルースに対して不謹慎だと思うけど、その堅い筋肉の感触にドキドキしてしまった。
「……お告げを……お伝え……します」
「うひ──っ! しゃ、しゃべった……ひと……ひとだま……しゃべ」
ルースは急に黙ると、私を抱きしめたままズルリと下に下がって行った。ほとんど気絶した状態で、膝の力が抜けている。
重いルースを支えきれず、私もひざまずいた。ルースは半分白目で、私の胸元に頭を預けている。目じりには涙がたまっていた。よっぽど怖かったみたい。
「ルース。あのね、あれはひとだまじゃないの。リリアンよ」
ルースはすぐにピクリと反応し、恐る恐る後ろを見た。
「ひぃっ、見てる。こっち見てるぅ! 呪われる! え……え? リリアン?」
「お……ねい……さま。ごき……げんよ……う」
リリアンの後ろに、妹のリアンが立っていた。今日も黒づくめの服装だった。ふちにレースがついた長いショールを頭から被り、目元を隠している。
もちろん、フェイスベールもつけていた。日の光の下で見ても、顔はほとんど見えなかった。
「本日は……おねいさまの旅の……安全の為に……斎場で祈りを……捧げておりました。……そうしましたら……リリアンが宣託を……受けました……」
囁き声でリアンが話す。私はルースの肩をそっと叩いて「リリアンはリアンの従者なの」と伝えた。
「じゅ……従者? あれが従者……?」
ルースは頭では分かったみたいだけど、一向に震えは収まらなかった。ぬらりとリリアンが動くたび、さっきよりも強く私にしがみついてくる。
そりゃそうよね。リリアンは見た目がアレだし。私も大分慣れたけど、夜の暗闇で見るといまだに恐怖を感じるもの。
「あ、あの……ありがとう、リアン。宣託を受けたなら、ちゃんとした場所で聞かなきゃね」
「……いえ、おねい……さま。求めて得た……お告げでは、ございませんので……この場所……でお伝え……します」
「そうなのね。じゃあ、ここで聞かせていただくわ」
リリアンがにゅるりと動いて、横に伸び始めた。ぬめりを帯びた黒い塊は徐々に四角い形になる。ルースは初めて見るリリアンの変形を、ビクつきながら観察していた。
「リリアンはね、リアンに文字や画像、映像を使って宣託を教えてくれるの。すごい能力なのよ」
私は怯えてしがみついてくるルースの髪をゆっくり撫でながら説明した。リリアンの奇妙な動きに視線が釘付けになりながらも、ルースはガクガクとうなずく。
「リアン。この宣託は映像?」
「……いえ……。文字です。まず……おねい……さま」
四角くなったリリアンに『アリシア』と出る。
「次に……その男……」
『ルース』と出た。その男、なんてこの子ったら。
「そして……夜」
『夜』と出る。リアンは一歩前に出た。ルースが小さく「ひっ」と声をもらす。リアンの両手は、ずっと胸元に重ねられていた。何か大切な物を大事に持っているように。
「穴」
あな?
「入れたり」
!?
「出したり」
!? !? !?
「入れたり、出したり」
リアンの声が段々大きくなる。
「入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したりっ! ふぁっ、ふぁあああああああああっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ──!! !! !!」とルース。
「きえぇぇぇえええええいっ!! !! !! 悪霊退散!」
バッとリアンが両手を前に突き出す。ものすごい勢いで何かが飛んで、ルースの額にベシッと当たった。たまらず「ギャ──ッ」とルースが叫ぶ。
ルースに当たった物が地面にバタッと落ちた。それはワラで出来た人型の人形だった。
「うわ──っ! うわぁぁぁぁぁぁっっっ」
あまりの恐怖に叫び声しかでないらしい。ルースは人形から少しでも離れようと、ますます私に身体を押し付けてくる。目からは涙がボロボロこぼれていた。
「バラ人形……です」
妹は、いつものように小さな声に戻って言った。
「バ、バラ人形? ワラ人形ではなく?」
「はい……。関節の部分を……ミサンガで縛ってあり……ます。おねい……さま……の願いを……叶え……、最後にバラバラにな……ります」
そう言ってリアンはニタリと笑った。ショールとフェイスベールのせいで顔は見えなかったけど、笑ったのは確信できた。
「お守り……です」
「そ、そう。ありがとう。とても効き目がありそうね」
私はリアンにお礼を伝えた。リアンはこくりとうなずく。ルースは今や目をつぶって、震えながら嗚咽をもらしていた。
無理もない、と思った。リアンとリリアンのコンビはホラーな雰囲気抜群だもの。私はリアンが産まれた時から見てきているけど、初めての人にはちょっと刺激が強すぎるわね。
外套は膝丈のスカート型のものにした。「姫さま、とてもお似合いですぅ」とプリンが褒めてくれる。
「少しでも可愛らしく見せたいものね」
母はそう言って、バチンとウインクしてきた。母は特にそれ以上の事は何も言わなかったけれど、私がルースに抱く、人生初めての甘い想いに気づいていたのかもしれない。
屋敷に戻ると、ルースが庭で研ぎ終わった剣を眺めていた。カルはナディルと一緒にボール遊びをしている。
私は部屋まで荷物を置きに行き、また庭に戻った。ルースはさっき着ていなかった外套を羽織っていた。
「お疲れ様。その外套すてきね」
ルースはうなずいてニコリと笑う。
「研ぎ終わった剣を取りに行った時、研師のナサックから頂きました。なんでもこの外套は妖魔の爪でも切り裂けないとか。嘘か本当か分かりませんが」
「まぁ、そうなの? 本当だったらすごいわね」
「はい。ほん……う、うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
突如ルースが叫び出した。目線は私の後ろを指している。振り向くと、私の頭の斜め上あたりに、フワフワと浮かぶものがあった。
それは黒くて丸い塊だった。ツヤツヤしていて、墨汁の中に油を浮かせたような七色がぬらぬらと光っているように見える。
何と言っても奇妙なのは、その丸に縦の線が入っていて目玉があることだった。例えるなら、猫の目がひとつだけ宙に浮いて漂っているような感じ。
「うわ、うわ、うわあぁぁあああ! 人魂!? 妖怪!? なにコレ!!!!」
ルースは叫びながら私にしがみつく。私はルースの腕の中にすっぽり入ってしまった。ルースはブルブル震えている。
怖がっているルースに対して不謹慎だと思うけど、その堅い筋肉の感触にドキドキしてしまった。
「……お告げを……お伝え……します」
「うひ──っ! しゃ、しゃべった……ひと……ひとだま……しゃべ」
ルースは急に黙ると、私を抱きしめたままズルリと下に下がって行った。ほとんど気絶した状態で、膝の力が抜けている。
重いルースを支えきれず、私もひざまずいた。ルースは半分白目で、私の胸元に頭を預けている。目じりには涙がたまっていた。よっぽど怖かったみたい。
「ルース。あのね、あれはひとだまじゃないの。リリアンよ」
ルースはすぐにピクリと反応し、恐る恐る後ろを見た。
「ひぃっ、見てる。こっち見てるぅ! 呪われる! え……え? リリアン?」
「お……ねい……さま。ごき……げんよ……う」
リリアンの後ろに、妹のリアンが立っていた。今日も黒づくめの服装だった。ふちにレースがついた長いショールを頭から被り、目元を隠している。
もちろん、フェイスベールもつけていた。日の光の下で見ても、顔はほとんど見えなかった。
「本日は……おねいさまの旅の……安全の為に……斎場で祈りを……捧げておりました。……そうしましたら……リリアンが宣託を……受けました……」
囁き声でリアンが話す。私はルースの肩をそっと叩いて「リリアンはリアンの従者なの」と伝えた。
「じゅ……従者? あれが従者……?」
ルースは頭では分かったみたいだけど、一向に震えは収まらなかった。ぬらりとリリアンが動くたび、さっきよりも強く私にしがみついてくる。
そりゃそうよね。リリアンは見た目がアレだし。私も大分慣れたけど、夜の暗闇で見るといまだに恐怖を感じるもの。
「あ、あの……ありがとう、リアン。宣託を受けたなら、ちゃんとした場所で聞かなきゃね」
「……いえ、おねい……さま。求めて得た……お告げでは、ございませんので……この場所……でお伝え……します」
「そうなのね。じゃあ、ここで聞かせていただくわ」
リリアンがにゅるりと動いて、横に伸び始めた。ぬめりを帯びた黒い塊は徐々に四角い形になる。ルースは初めて見るリリアンの変形を、ビクつきながら観察していた。
「リリアンはね、リアンに文字や画像、映像を使って宣託を教えてくれるの。すごい能力なのよ」
私は怯えてしがみついてくるルースの髪をゆっくり撫でながら説明した。リリアンの奇妙な動きに視線が釘付けになりながらも、ルースはガクガクとうなずく。
「リアン。この宣託は映像?」
「……いえ……。文字です。まず……おねい……さま」
四角くなったリリアンに『アリシア』と出る。
「次に……その男……」
『ルース』と出た。その男、なんてこの子ったら。
「そして……夜」
『夜』と出る。リアンは一歩前に出た。ルースが小さく「ひっ」と声をもらす。リアンの両手は、ずっと胸元に重ねられていた。何か大切な物を大事に持っているように。
「穴」
あな?
「入れたり」
!?
「出したり」
!? !? !?
「入れたり、出したり」
リアンの声が段々大きくなる。
「入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したりっ! ふぁっ、ふぁあああああああああっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ──!! !! !!」とルース。
「きえぇぇぇえええええいっ!! !! !! 悪霊退散!」
バッとリアンが両手を前に突き出す。ものすごい勢いで何かが飛んで、ルースの額にベシッと当たった。たまらず「ギャ──ッ」とルースが叫ぶ。
ルースに当たった物が地面にバタッと落ちた。それはワラで出来た人型の人形だった。
「うわ──っ! うわぁぁぁぁぁぁっっっ」
あまりの恐怖に叫び声しかでないらしい。ルースは人形から少しでも離れようと、ますます私に身体を押し付けてくる。目からは涙がボロボロこぼれていた。
「バラ人形……です」
妹は、いつものように小さな声に戻って言った。
「バ、バラ人形? ワラ人形ではなく?」
「はい……。関節の部分を……ミサンガで縛ってあり……ます。おねい……さま……の願いを……叶え……、最後にバラバラにな……ります」
そう言ってリアンはニタリと笑った。ショールとフェイスベールのせいで顔は見えなかったけど、笑ったのは確信できた。
「お守り……です」
「そ、そう。ありがとう。とても効き目がありそうね」
私はリアンにお礼を伝えた。リアンはこくりとうなずく。ルースは今や目をつぶって、震えながら嗚咽をもらしていた。
無理もない、と思った。リアンとリリアンのコンビはホラーな雰囲気抜群だもの。私はリアンが産まれた時から見てきているけど、初めての人にはちょっと刺激が強すぎるわね。
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