ヘタレ勇者と灰泥姫

小風 裕

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第十話 データ送信完了

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それにしてもこの子、まだ子供なのにそういう事をどこまで分かっているのかしら。実を言うと私もよく分かってないのだけれど……。

約束を取り付けて少しは気が収まったのか、アルレイは応接間に戻った。私とルースも後についていく。

「あの……アリシア。ほんとにいいんですか? 俺と一緒に〝弦〟に向かうこと」

どこか気まずい雰囲気を残しつつ、ルースが言った。私は赤くなってしまったのがバレませんように、と願いつつ、ルースに答えた。

「私の望みよ。あなたと行きたいの」

「──分かりました。感謝します。そして、俺はあなたを必ず守る。だから向こうに行ったら俺から離れないでください」

「……はい」

ドキドキする。明日になっても、その先も、ずっとルースと一緒にいられる……。そう思うだけで嬉しくて胸の鼓動が早くなる。

プリンがぽよぽよと飛び上がり、私の頭の上に乗った。ひんやりとした感触が気持ちよかった。

応接間の出入り口から中に入るとすぐ、リアンが立っていた。

アルレイは既にさっき座っていた場所に戻り、眼のふちを赤くしたまま頬を膨らませて前方を睨みつけている。

両親は心配そうに戻って来た私とルースを見ていた。

「リアン、騒がしくしてしまってごめんね」

リアンは首を横に振ると、黙ったままルースの方に顔を向ける。

相変わらず、深く被ったフードのせいで表情はわからない。

「……カ……」

囁くようなリアンの声に「はい?」とルースが返した。

「カレーシュウがします……」

「ひっ……加齢臭⁉ 俺? 俺からですか? 俺まだ十九歳なんですけど、もう加齢? え、カメムシ臭いだけじゃなく、加齢臭もするの⁉」

ルースは青くなって自分を抱きしめた。

あら、ルースってまだ十代だったの? 私より一つ上なだけなのね。てっきりもっと年上かと思ってた。

最初見た時は二十五、六……いえ、二十七、八……ううん、ハッキリ言うわ。三十くらいだと思ってた。

「ジャガイモのカレー粉炒めが出来上がりました。まだお腹に入りそうですか?」

執事のオルロフが新たな料理を乗せたカートを押しながら、応接間に入って来た。

「カレーシュウってこれ⁉」とルースが声をあげる。リアンはそんなルースをスルーして、静々と自分の席に戻った。



「明日の日中に、旅の支度を整えなさい。私は〝弦〟に行ったことはないが、町の年寄りから話を聞いて、文献も調べてみようと思う。

儀式は夜じゃないとできないから、儀式終了後にすぐ出発となるぞ」

父がジャガイモのカレー粉炒めを食べながら言った。カレーの香辛料は、どんなにお腹いっぱいでも更に食欲をそそる魅力がある。

「ありがとうございます、国王様。それと、良い研ぎ師がいたら教えて頂けますか?

 私も出来ますが、できればプロにやってもらいたくて」

「おお、町に良い研ぎ手がおるぞ。明日朝一でオルロフに剣を運ばせよう。大将は何かと準備があるだろうから」

「はい、よろしくお願いします!」

ルースが父に頭を下げる。その後食事も終わり、それぞれが寝る準備についた。

ルースはもちろん、迎賓館の客室に泊まることになっている。

私はルースを迎賓館へ続く廊下まで見送りに行った。カルは疲れたのか、ルースの腕の中でグゥグゥ寝息を立てている。

「それではアリシア。今宵はゆっくり休んで下さい。今日は突然の訪問だったのに、こんなに心を尽くした歓迎をありがとうございました」

「いいえ、とんでもないわ。ジャガイモばかりでごめんなさい。もっと豪華なお食事を用意できれば良かったのだけど」

急に田舎の料理が恥ずかしくなった。

いつもはベリル王国の王宮で、それこそ目を見張るようなご馳走を食べているはずのルースに、ジャガイモのフルコースを食べさせるなんて……。

「ジャガイモは大好きですから、とても美味しかったです。ではアリシア。おやすみなさい」

そう言うとルースは私の手を取り、甲に口づけをした。

一瞬で自分の手が心臓になったかのように、熱く脈打つ。

「チッ」という舌打ちが聴こえた。横を見るとアルレイがいる。弟は腕を組み、ルースに視線で凄みを利かせていた。

「姉さま。今のを見たでしょう? この野良大将は姉さまの柔肌に触れて今夜のオカズにしようとしてるんだ。まったく油断のならない奴です」

「そっ……そんなことは……あり、ません……っ」

微妙に目を泳がせながら、途切れがちにルースが言う。オカズって何かしら。

もうお夕飯は食べたし……。オカズというか、ほとんどがジャガイモだったけど。

「ハッキリ否定しないな? 今だって姉さまをジロジロ見て、何を想像してたんだ?」

「想像なんて失礼なことは……。大体俺にはデータがあ」

バシッとルースは自分の手を自分の口に当てた。「そ……それではおやすみなさいっ」と言ってルースは後ろに下がっていく。

カルが「データソウシンカンリョウデスゥ……」とむにゃむにゃしながらつぶやいていた。

ルースが去ったあと、弟は「やっぱりあいつと行くのは反対だ!」と言い出したが、何とかなだめて部屋まで送り、寝かしつけた。

私は明日から始まるルースとの冒険が上手くいくよう、祈りながら眠りについた。

とても眠れない、と思っていたのに、気が付いたら朝になっていた。
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