ヘタレ勇者と灰泥姫

小風 裕

文字の大きさ
上 下
9 / 27

第九話 許しと反対

しおりを挟む
「いや、カル。あれはアリシアに宣託をしてもらいなさい、という意味だったんじゃないのか?

 もう、アリシアは今回のことに関して宣託を受けている。俺たちはアリシアのお陰で犯人の名前も居場所も分かった。それだけでも十分のはずだろ?」

「祈祷師のなぞかけをお忘れですか? 身近にあるもの、なくてはならないもの、そして未だ謎が多く解明されていないもの」

ルースはハッとした顔をした。

「魔法使いに勝つための力です。それを持っているのが灰泥姫だと言われましたね。灰泥姫がいないと、魔法使いには勝てません。

モッズの魔法使いを捕まえるためには、アリシア姫が不可欠なんです」

カルの強い後押しを受けて、私は父に頼み込んだ。

「お願い、お父さま。危ないってことはよく分かってるし、私が旅に慣れてないことも自覚してる。

でもルースをこのまま黙って送り出すなんてできないわ。もし一人で行かせて──」

もし──戻って来なかったら……。

そう思うと、心が張り裂けそうだった。戻らないルースを、ここでずっと待っているなんて想像もしたくない。

無意識のうちに、目に涙がたまっていた。

父は息をつめてそんな私を見ている。ルースは何か言いたそうに口を開けていたけど、言葉は出てこないままだった。

「あなた、行かせましょう」

女王フローレスの声が、しんと静まった応接間に響いた。

「アリーの気持ちももちろんですが、祈禱師の夢占も無視できません。私たちはお告げに重きを置く国の王族でしょう? 

祈禱師がアリーを指名したのなら、それは神がお示しになったと同義ではありませんの?」

ううむ、と父が唸る。目を閉じ、しばらく苦悶の表情をしていたが、最後にはしぼりだすような声で言った。

「……よかろう。アリシア・カリナン。クリソベリル大将と共に〝弦〟へ向かいなさい」

「ありがとう、お父さま!」

私は喜びの声をあげた。ルースはポカンとした顔でそんな私を見ている。

「アリシア……。俺は……」

「ごめんなさい、勝手に決めて。私は旅もしたことはないし、戦うこともできません。迷惑をかけるかもしれない。でも一緒に行きたいの」

私はルースに向かって、手を合わせて拝んだ。父が許しても、当のルースから拒否されたらさすがに無理強いは出来ない。

でも引き下がる気もなかった。例えそれが危険な旅だと分かっていても。

「あなたの事は、俺が命に代えても守ります」

きっぱりと、ルースは言ってくれた。私は嬉しさと安堵のあまり目から涙がこぼれた。

「ぼくは嫌だ!」と叫んだのはアルレイだった。

「嫌だ、ダメだよ! 〝弦〟なんて危なすぎる。そんな今日会ったばかりの奴の誓いなんて信用できないよ。

それに死ななくても、大けがをするかもしれないじゃないか!」

「アルレイ、ごめんね。それでも姉さまはルースと一緒に行きたいの」

私が言うと、アルレイは涙をボロボロこぼしながら下唇を噛んで黙った。

しばしの間そうしていたが、くるりと後ろを向くと「姉さまのバカ!」と言って応接間を飛び出した。

すぐさま、従者のナディルが後を追う。「俺も行きます」とルースが言って、アルレイの後を追った。私もルースの後に続く。

アルレイは外庭にある大きな楡の木の下で泣いていた。膝を抱えて座り込み、嗚咽と共に肩を震わせている。

足元にはナディルがアルレイを守るように伏せて座っていた。

アルレイは怒られたり、悔しいことがあったりするとよくこの場所でこうして泣いていた。それを慰めるのがいつも私の役目だった。

「王太子殿下……。その……申し訳ございません」

「うるさい! お前なんか……お前なんか絶対に許さないからな!」

ルースに向かってアルレイが怒鳴る。私はアルレイの前にひざまずいた。

「ごめんなさい、アルレイ。姉さまを許して。そしてルースも。必ず、元気で帰って来るって約束するから」

アルレイは顔を伏せたまま、首を横に振った。私はアルレイの髪を撫でて、まだ小さいアルレイの身体を抱きしめた。

アルレイは最初膝を抱えたまま震えて泣いていたが、腕を伸ばして私を抱き返し、胸に顔を埋めた。

「……必ず、無事で戻ると約束して。もし姉さまに何かあったら、ぼくがそいつを殺してやる」

「アルレイ……」

「王太子殿下。約束します。決して、誰にもアリシア様を傷つけさせたりしません」

「──お前もだぞ」

「はい……へ? 俺?」

「そうだ。お前自身も、姉さまを絶対傷つけないと約束しろ。どこもかしこも。どんな場所もだ」

アルレイはますます強く私を抱きしめ、胸の谷間からルースを睨みつける。

「そんなっ……。当然です。なんで俺がアリシアを傷つけるんだ」

「よし。約束は取り付けたからな。もし姉さまのお身体に変化があったら、お前のアームストロング砲などぼくが根元から叩き斬ってやるっ」

「あっ……はひっ……〇!☆#X□$@△?*◇……っっっ」

ルースは言葉にならない声を発している。私もアルレイが何を言いたいのか何となく察して、思わず頬を赤らめてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

処理中です...