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第九話 許しと反対
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「いや、カル。あれはアリシアに宣託をしてもらいなさい、という意味だったんじゃないのか?
もう、アリシアは今回のことに関して宣託を受けている。俺たちはアリシアのお陰で犯人の名前も居場所も分かった。それだけでも十分のはずだろ?」
「祈祷師のなぞかけをお忘れですか? 身近にあるもの、なくてはならないもの、そして未だ謎が多く解明されていないもの」
ルースはハッとした顔をした。
「魔法使いに勝つための力です。それを持っているのが灰泥姫だと言われましたね。灰泥姫がいないと、魔法使いには勝てません。
モッズの魔法使いを捕まえるためには、アリシア姫が不可欠なんです」
カルの強い後押しを受けて、私は父に頼み込んだ。
「お願い、お父さま。危ないってことはよく分かってるし、私が旅に慣れてないことも自覚してる。
でもルースをこのまま黙って送り出すなんてできないわ。もし一人で行かせて──」
もし──戻って来なかったら……。
そう思うと、心が張り裂けそうだった。戻らないルースを、ここでずっと待っているなんて想像もしたくない。
無意識のうちに、目に涙がたまっていた。
父は息をつめてそんな私を見ている。ルースは何か言いたそうに口を開けていたけど、言葉は出てこないままだった。
「あなた、行かせましょう」
女王フローレスの声が、しんと静まった応接間に響いた。
「アリーの気持ちももちろんですが、祈禱師の夢占も無視できません。私たちはお告げに重きを置く国の王族でしょう?
祈禱師がアリーを指名したのなら、それは神がお示しになったと同義ではありませんの?」
ううむ、と父が唸る。目を閉じ、しばらく苦悶の表情をしていたが、最後にはしぼりだすような声で言った。
「……よかろう。アリシア・カリナン。クリソベリル大将と共に〝弦〟へ向かいなさい」
「ありがとう、お父さま!」
私は喜びの声をあげた。ルースはポカンとした顔でそんな私を見ている。
「アリシア……。俺は……」
「ごめんなさい、勝手に決めて。私は旅もしたことはないし、戦うこともできません。迷惑をかけるかもしれない。でも一緒に行きたいの」
私はルースに向かって、手を合わせて拝んだ。父が許しても、当のルースから拒否されたらさすがに無理強いは出来ない。
でも引き下がる気もなかった。例えそれが危険な旅だと分かっていても。
「あなたの事は、俺が命に代えても守ります」
きっぱりと、ルースは言ってくれた。私は嬉しさと安堵のあまり目から涙がこぼれた。
「ぼくは嫌だ!」と叫んだのはアルレイだった。
「嫌だ、ダメだよ! 〝弦〟なんて危なすぎる。そんな今日会ったばかりの奴の誓いなんて信用できないよ。
それに死ななくても、大けがをするかもしれないじゃないか!」
「アルレイ、ごめんね。それでも姉さまはルースと一緒に行きたいの」
私が言うと、アルレイは涙をボロボロこぼしながら下唇を噛んで黙った。
しばしの間そうしていたが、くるりと後ろを向くと「姉さまのバカ!」と言って応接間を飛び出した。
すぐさま、従者のナディルが後を追う。「俺も行きます」とルースが言って、アルレイの後を追った。私もルースの後に続く。
アルレイは外庭にある大きな楡の木の下で泣いていた。膝を抱えて座り込み、嗚咽と共に肩を震わせている。
足元にはナディルがアルレイを守るように伏せて座っていた。
アルレイは怒られたり、悔しいことがあったりするとよくこの場所でこうして泣いていた。それを慰めるのがいつも私の役目だった。
「王太子殿下……。その……申し訳ございません」
「うるさい! お前なんか……お前なんか絶対に許さないからな!」
ルースに向かってアルレイが怒鳴る。私はアルレイの前にひざまずいた。
「ごめんなさい、アルレイ。姉さまを許して。そしてルースも。必ず、元気で帰って来るって約束するから」
アルレイは顔を伏せたまま、首を横に振った。私はアルレイの髪を撫でて、まだ小さいアルレイの身体を抱きしめた。
アルレイは最初膝を抱えたまま震えて泣いていたが、腕を伸ばして私を抱き返し、胸に顔を埋めた。
「……必ず、無事で戻ると約束して。もし姉さまに何かあったら、ぼくがそいつを殺してやる」
「アルレイ……」
「王太子殿下。約束します。決して、誰にもアリシア様を傷つけさせたりしません」
「──お前もだぞ」
「はい……へ? 俺?」
「そうだ。お前自身も、姉さまを絶対傷つけないと約束しろ。どこもかしこも。どんな場所もだ」
アルレイはますます強く私を抱きしめ、胸の谷間からルースを睨みつける。
「そんなっ……。当然です。なんで俺がアリシアを傷つけるんだ」
「よし。約束は取り付けたからな。もし姉さまのお身体に変化があったら、お前のアームストロング砲などぼくが根元から叩き斬ってやるっ」
「あっ……はひっ……〇!☆#X□$@△?*◇……っっっ」
ルースは言葉にならない声を発している。私もアルレイが何を言いたいのか何となく察して、思わず頬を赤らめてしまった。
もう、アリシアは今回のことに関して宣託を受けている。俺たちはアリシアのお陰で犯人の名前も居場所も分かった。それだけでも十分のはずだろ?」
「祈祷師のなぞかけをお忘れですか? 身近にあるもの、なくてはならないもの、そして未だ謎が多く解明されていないもの」
ルースはハッとした顔をした。
「魔法使いに勝つための力です。それを持っているのが灰泥姫だと言われましたね。灰泥姫がいないと、魔法使いには勝てません。
モッズの魔法使いを捕まえるためには、アリシア姫が不可欠なんです」
カルの強い後押しを受けて、私は父に頼み込んだ。
「お願い、お父さま。危ないってことはよく分かってるし、私が旅に慣れてないことも自覚してる。
でもルースをこのまま黙って送り出すなんてできないわ。もし一人で行かせて──」
もし──戻って来なかったら……。
そう思うと、心が張り裂けそうだった。戻らないルースを、ここでずっと待っているなんて想像もしたくない。
無意識のうちに、目に涙がたまっていた。
父は息をつめてそんな私を見ている。ルースは何か言いたそうに口を開けていたけど、言葉は出てこないままだった。
「あなた、行かせましょう」
女王フローレスの声が、しんと静まった応接間に響いた。
「アリーの気持ちももちろんですが、祈禱師の夢占も無視できません。私たちはお告げに重きを置く国の王族でしょう?
祈禱師がアリーを指名したのなら、それは神がお示しになったと同義ではありませんの?」
ううむ、と父が唸る。目を閉じ、しばらく苦悶の表情をしていたが、最後にはしぼりだすような声で言った。
「……よかろう。アリシア・カリナン。クリソベリル大将と共に〝弦〟へ向かいなさい」
「ありがとう、お父さま!」
私は喜びの声をあげた。ルースはポカンとした顔でそんな私を見ている。
「アリシア……。俺は……」
「ごめんなさい、勝手に決めて。私は旅もしたことはないし、戦うこともできません。迷惑をかけるかもしれない。でも一緒に行きたいの」
私はルースに向かって、手を合わせて拝んだ。父が許しても、当のルースから拒否されたらさすがに無理強いは出来ない。
でも引き下がる気もなかった。例えそれが危険な旅だと分かっていても。
「あなたの事は、俺が命に代えても守ります」
きっぱりと、ルースは言ってくれた。私は嬉しさと安堵のあまり目から涙がこぼれた。
「ぼくは嫌だ!」と叫んだのはアルレイだった。
「嫌だ、ダメだよ! 〝弦〟なんて危なすぎる。そんな今日会ったばかりの奴の誓いなんて信用できないよ。
それに死ななくても、大けがをするかもしれないじゃないか!」
「アルレイ、ごめんね。それでも姉さまはルースと一緒に行きたいの」
私が言うと、アルレイは涙をボロボロこぼしながら下唇を噛んで黙った。
しばしの間そうしていたが、くるりと後ろを向くと「姉さまのバカ!」と言って応接間を飛び出した。
すぐさま、従者のナディルが後を追う。「俺も行きます」とルースが言って、アルレイの後を追った。私もルースの後に続く。
アルレイは外庭にある大きな楡の木の下で泣いていた。膝を抱えて座り込み、嗚咽と共に肩を震わせている。
足元にはナディルがアルレイを守るように伏せて座っていた。
アルレイは怒られたり、悔しいことがあったりするとよくこの場所でこうして泣いていた。それを慰めるのがいつも私の役目だった。
「王太子殿下……。その……申し訳ございません」
「うるさい! お前なんか……お前なんか絶対に許さないからな!」
ルースに向かってアルレイが怒鳴る。私はアルレイの前にひざまずいた。
「ごめんなさい、アルレイ。姉さまを許して。そしてルースも。必ず、元気で帰って来るって約束するから」
アルレイは顔を伏せたまま、首を横に振った。私はアルレイの髪を撫でて、まだ小さいアルレイの身体を抱きしめた。
アルレイは最初膝を抱えたまま震えて泣いていたが、腕を伸ばして私を抱き返し、胸に顔を埋めた。
「……必ず、無事で戻ると約束して。もし姉さまに何かあったら、ぼくがそいつを殺してやる」
「アルレイ……」
「王太子殿下。約束します。決して、誰にもアリシア様を傷つけさせたりしません」
「──お前もだぞ」
「はい……へ? 俺?」
「そうだ。お前自身も、姉さまを絶対傷つけないと約束しろ。どこもかしこも。どんな場所もだ」
アルレイはますます強く私を抱きしめ、胸の谷間からルースを睨みつける。
「そんなっ……。当然です。なんで俺がアリシアを傷つけるんだ」
「よし。約束は取り付けたからな。もし姉さまのお身体に変化があったら、お前のアームストロング砲などぼくが根元から叩き斬ってやるっ」
「あっ……はひっ……〇!☆#X□$@△?*◇……っっっ」
ルースは言葉にならない声を発している。私もアルレイが何を言いたいのか何となく察して、思わず頬を赤らめてしまった。
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