ヘタレ勇者と灰泥姫

小風 裕

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第六話 美形勇者

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カルが何度も何度もタマなしと言うせいで、言われるたびにルースの顔に青味が増す。

ルースは「俺はタマなしか……。カメムシくさい上、タマなし野郎になったのか……」とブツブツつぶやく始末。正にプライドはズタズタ。自信は喪失して立ち直れなくなってそう。

「あなたたち、もうやめてあげて。お父さま、ルース様は長旅で装いが汚れておられますし、みんなも農作業で泥だらけです。

お互いの挨拶は後にして、まずは湯浴みをして身を清めましょう。私もお父さまに託宣をしなければなりませんし」

「おお、そうか。何か視えたんだね。では急ぎ風呂の準備をさせよう。旅のお方、ご挨拶は後にして頂いてもよろしいか?」

父王の促しに、ルースは首をガクガク振ってうなずいた。ショックが収まってないみたい。

「ルース様のタマはあっしが風呂場できちんと確認してきますからね!」

カルがみんなに向かって宣言する。まさか出た後にタマの証明する気じゃないでしょうね。

その後ルースは迎賓館の湯殿に案内され、私たちカリナン一家は屋敷の風呂へ行った。

屋敷にはもちろん、それぞれ自分たちの部屋があり、全部に浴室が付いている。

何しろ王家は重要な宣託の儀式をすることが多く、その都度身を清める必要があるため浴室は重要な場所なのだ。

私もさっきは泉で身体を洗っただけだったので、きちんとお風呂に入りなおした。

出た後は王への託宣のために、白のドレスを着て白のローブを羽織る。

長い髪も結い上げ、主にパールを基調とした白系の宝石を使った髪飾りをつけた。

例え自分の父へ占いの結果を報告するだけとしても、占い立国にとって託宣は手を抜けない儀式だから。

プリンはお昼寝から目覚めて、一緒にお風呂に入った後、髪飾りをさすのを手伝ってくれた。

着替えが済み、私とプリンは迎賓館へ向かった。一つだけ残された宮殿である迎賓館はエンタシスの柱が並ぶ美しい造りをしている。

歩いて行くと、王の待つ謁見の間の手前で佇む人が見える。

一瞬、誰だか分からなかった。

赤と白、そして金を基調とした軍服を着たその人物は、私に気が付きこちらを見た。少し目を見開くと、頬を染めて破顔する。

「アリシア! 美しいです。良くお似合いだ」

「……ありがとう、ルース。その……あなたもとても素敵よ」

それだけ言うのがやっとだった。

さっきまでマントに隠れていた体形が、ピッタリした軍服に沿ってあらわになっている。思ったより細身で、脚がスラリと長い。

風呂に入って汚れを落としたルースは、例えるなら埃をかぶってくすんでしまった宝石が、ピカピカに磨かれて輝きを取り戻したようだった。

青灰色の髪は濃さを増したように見え、肌も張りがあって艶々している。最初見た時思ったよりも、もしかしたらずっと若いのかもしれない。

「軍服を持ってきてたのね」

ルースの美しさをもっと褒めたいのに、どうでも良さそうなことを言ってしまった。私の頬もルースのように赤く染まっているのかしら……。

「はい。斎の姫巫女にお会いするのに、普段着では失礼だと言って母が持たせてくれました。でも旅の間袋に入れっぱなしだったので、少しシワになってしまった。それに……ちょっとにおうかもしれません……」

ルースの顔はこわばっていた。ほら、やっぱり気にしちゃったじゃない。アルレイを後で叱っておかなくちゃ。

「いいえ。変なにおいなんかしないわ。それよりもとてもいい匂いがする。少し甘い香り」

「ああ……そうですね。母が白檀の匂い袋を入れてくれたんです。防虫にもなるからって」

「優しくて良いお母さまね」

「ええ、とても。でも怒ると怖いですが」

ふふ、と笑ったルースを見て、胸のあたりがギュウッと詰まったような感じになった。

今まで一度も味わったことのない感覚に、どうしたらいいのか分からなくなって混乱する。手の中のプリンが不思議そうに私を見上げた。

「そういえば、カルはどうしたの?」

あのうるさい鳥がいない。カルはいるとうるさいのに、いないと寂しく感じる不思議な従者だ。

「先に謁見の間に入っています。俺の肩に乗ったまま王に会うのも失礼かと思ったので」

ルースが答えた時、謁見の間の大きな扉が開き始めた。

私とルースは並んで前を向いた。開かれた扉の先には玉座が鎮座している。

そこに座るのはこの国の王アダマス。先ほどの農作業の格好とは打って変わって、宝石の散りばめられた王冠をいただき、大綬をかけている。

その姿はどこからどうみても立派な王だった。その横には女王フローレスが同じ形の玉座に腰かけている。

このカリナン王国の王と女王に上下はない。占い師には女性が多いし、その才能に顕著な男女差はなかったからだ。

「──っっっ!」

隣から息がつかえたような音がした。ルースが悲鳴を押し殺したと分かった。なぜなら、王アダマスの後ろには、巨大な熊が立っていたから。

「大丈夫。あれは父の従者よ」

私は小声でルースに教えてあげた。ルースは小刻みに震えていたけど、なんとか声も上げず視線もそらさず、真っすぐ前を向いたまま、少しだけ頷いた。
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