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第三話 盗まれた勇気
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「どういうことですの? 師団長でいらっしゃる上、さきほども巨大な妖魔を倒したのに、勇気がないなんて信じられませんけど?」
私は目の前でしゅんとして下を向いているルースを見て、説明をうながした。
「そ、そのう……妖魔を倒したのは何というか……条件反射のようでして……。慣れちゃったからやっちゃった的な」
「はぁ……?」
「実は今、ベリル王国で変なことが起こっているんです」
「変なこと?」
「はい。……どうにも良く分からないのですが……端的に言うと、心の一部を盗まれる人が続出しているんです」
「心の一部を盗まれる? そんなことどうやって……」
「王は多分、魔術のひとつだろう、と。かくいう王も、勤勉さを盗まれて、祭事をサボるようになってしまったんです。それで最近各国にも妖魔があふれて来るようになって……」
「なんてこと! それでなんですね、さっきのトードも」
通常、妖魔は人のいる場所には出てこない。動物も人間に飼われるペット以外、人里に現れることがあまりないように、妖魔も己の居場所をわきまえている。
それは王が季節ごとの祭事を行い、日々祈っているためだと聞かされている。大国ベリルの王の祈りはこの辺の小国まで力を及ぼす。そのおかげで、私たちも妖魔に脅かされることなく生活できていたのに……。
「他にも何人も、心の一部を盗まれた者がいるんです。俺もそのひとりで……」
「ルース様は……」
「ルースでいいです。敬語も使わなくて結構です。こんな豚野郎に敬語なんてもったいない」
「──では、ルース。あなたは勇気を盗まれたというの?」
「そうです。ある日朝起きたら、今日もやってやるぞというイケイケな気持ちが一切なくなっていたんです。何をやっても上手くいかないとしか思えない。もうとにかく、毎日が怖くて怖くて」
「それは困りましたね……。師団長様がそれでは士気にも関わりますし」
「はい。それで王国の祈祷師が謎の解明のために祈りをささげたのですが、その日祈祷師の夢に天使が現れ、カリナン王国の灰泥姫に会いに行くよう、お告げがあったのです」
「私に、ですか?」
「祈祷師がいうには、この一連の出来事の犯人はひとりの魔法使いで、そいつに勝つための力を灰泥姫が持っていると。その力は身近にあるもの、なくてはならないもの、そして未だ謎が多く解明されていないもの、とのことでした」
「なんのこっちゃ、訳が分かりませんでした。それで取るものもとりあえず、あっしとルース様でカリナンまで来たのです」
カルが割って入る。この子、自分の事あっしって言うのね……。
「アリシア様、何か心当たりはありますでしょうか?」
しゃっちょこばった様子で、ルースが私に訊いてくる。私はひらひらと手を振った。
「私の事も呼び捨てでいいわ。敬語もなくて結構です。どう考えても私よりあなたの方が位が上でしょ?」
「俺は王のいとこですが、臣下についている者。例え小国とはいえあなたは王女です。位ならアリシア様の方がよっぽど上です」
「こんな占いだけで成り立ってるような貧乏王国の王女なんて、ベリルに行ったら良くても下働きくらいしかさせてもらえませんわ。気を遣わなくて結構」
「はぁ……では、アリシアと呼ばせて頂きます。でも敬語は直りません。今は特にこんな状態なので……」
そうか、勇気がどっかに行っちゃてるのね。それにしても不思議だわ。心の一部を取られるなんて。
「その祈祷師の問いかけについては、私もよく分からないわ。けれど、最近このあたりにも妖魔が出現するようになってしまって、民はみんな困っているの。それで何が原因なのか、先ほど占っていたところだったの」
「そうだったのですね! それで何か見えましたか?」
「公務員よ」
「公務員!?」
「ええ。ひとりの公務員の男が見えたわ。その人はベリル王国の公僕の服を着てた。首都ヘリオドールにある税務署の一職員てとこかしら。名はハーテ」
「なんと……すごいですね。そこまで視えるのですか」
「もうひとり……ひとり、と言えるのか分からないけど、小さな影のようなものがハーテの近くにいたわ」
「ほぉ。ではそのハーテとやらには仲間がいるのですね」
「仲間──なのかしら? 人間かどうか判別できなくて……。普通、人なら人の気配がするのよ。でもその小さな影は、人の気配がするようなしないような、半端な感じだったの」
「そうですか……。でもそこまで分かれば十分だ。急ぎベリルに戻ってそいつを捕まえればいいのですから」
「それはだめ。ハーテはもう、ベリル王国にいないの。拘束の危機を察して逃亡したわ」
「そんなっ……。ではベリルではなく、逃亡先を見つけて追いかけなければならないのですね」
「逃亡先は分かってる。ただ、追いかけるのは容易ではないかと」
「遠い異国でもどこでも行きます。国の存亡の危機だ。教えてください!」
「異国ではなく、異世界なの」
ルースはポカンとしている。気持ちはわかる。その宣託を受けた時、私も驚いたから。
私は目の前でしゅんとして下を向いているルースを見て、説明をうながした。
「そ、そのう……妖魔を倒したのは何というか……条件反射のようでして……。慣れちゃったからやっちゃった的な」
「はぁ……?」
「実は今、ベリル王国で変なことが起こっているんです」
「変なこと?」
「はい。……どうにも良く分からないのですが……端的に言うと、心の一部を盗まれる人が続出しているんです」
「心の一部を盗まれる? そんなことどうやって……」
「王は多分、魔術のひとつだろう、と。かくいう王も、勤勉さを盗まれて、祭事をサボるようになってしまったんです。それで最近各国にも妖魔があふれて来るようになって……」
「なんてこと! それでなんですね、さっきのトードも」
通常、妖魔は人のいる場所には出てこない。動物も人間に飼われるペット以外、人里に現れることがあまりないように、妖魔も己の居場所をわきまえている。
それは王が季節ごとの祭事を行い、日々祈っているためだと聞かされている。大国ベリルの王の祈りはこの辺の小国まで力を及ぼす。そのおかげで、私たちも妖魔に脅かされることなく生活できていたのに……。
「他にも何人も、心の一部を盗まれた者がいるんです。俺もそのひとりで……」
「ルース様は……」
「ルースでいいです。敬語も使わなくて結構です。こんな豚野郎に敬語なんてもったいない」
「──では、ルース。あなたは勇気を盗まれたというの?」
「そうです。ある日朝起きたら、今日もやってやるぞというイケイケな気持ちが一切なくなっていたんです。何をやっても上手くいかないとしか思えない。もうとにかく、毎日が怖くて怖くて」
「それは困りましたね……。師団長様がそれでは士気にも関わりますし」
「はい。それで王国の祈祷師が謎の解明のために祈りをささげたのですが、その日祈祷師の夢に天使が現れ、カリナン王国の灰泥姫に会いに行くよう、お告げがあったのです」
「私に、ですか?」
「祈祷師がいうには、この一連の出来事の犯人はひとりの魔法使いで、そいつに勝つための力を灰泥姫が持っていると。その力は身近にあるもの、なくてはならないもの、そして未だ謎が多く解明されていないもの、とのことでした」
「なんのこっちゃ、訳が分かりませんでした。それで取るものもとりあえず、あっしとルース様でカリナンまで来たのです」
カルが割って入る。この子、自分の事あっしって言うのね……。
「アリシア様、何か心当たりはありますでしょうか?」
しゃっちょこばった様子で、ルースが私に訊いてくる。私はひらひらと手を振った。
「私の事も呼び捨てでいいわ。敬語もなくて結構です。どう考えても私よりあなたの方が位が上でしょ?」
「俺は王のいとこですが、臣下についている者。例え小国とはいえあなたは王女です。位ならアリシア様の方がよっぽど上です」
「こんな占いだけで成り立ってるような貧乏王国の王女なんて、ベリルに行ったら良くても下働きくらいしかさせてもらえませんわ。気を遣わなくて結構」
「はぁ……では、アリシアと呼ばせて頂きます。でも敬語は直りません。今は特にこんな状態なので……」
そうか、勇気がどっかに行っちゃてるのね。それにしても不思議だわ。心の一部を取られるなんて。
「その祈祷師の問いかけについては、私もよく分からないわ。けれど、最近このあたりにも妖魔が出現するようになってしまって、民はみんな困っているの。それで何が原因なのか、先ほど占っていたところだったの」
「そうだったのですね! それで何か見えましたか?」
「公務員よ」
「公務員!?」
「ええ。ひとりの公務員の男が見えたわ。その人はベリル王国の公僕の服を着てた。首都ヘリオドールにある税務署の一職員てとこかしら。名はハーテ」
「なんと……すごいですね。そこまで視えるのですか」
「もうひとり……ひとり、と言えるのか分からないけど、小さな影のようなものがハーテの近くにいたわ」
「ほぉ。ではそのハーテとやらには仲間がいるのですね」
「仲間──なのかしら? 人間かどうか判別できなくて……。普通、人なら人の気配がするのよ。でもその小さな影は、人の気配がするようなしないような、半端な感じだったの」
「そうですか……。でもそこまで分かれば十分だ。急ぎベリルに戻ってそいつを捕まえればいいのですから」
「それはだめ。ハーテはもう、ベリル王国にいないの。拘束の危機を察して逃亡したわ」
「そんなっ……。ではベリルではなく、逃亡先を見つけて追いかけなければならないのですね」
「逃亡先は分かってる。ただ、追いかけるのは容易ではないかと」
「遠い異国でもどこでも行きます。国の存亡の危機だ。教えてください!」
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