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第3章 虚ろなる人形

第111話 別れの接吻

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「痛みを感じなくて、本当によかったわね、氷上さん」
 勅使河原の振り下ろされた右腕が合図となりー氷上の擬体破損率はついにー
「氷上亜美、擬体破損率100%」
 ジャッジの無情な声が響き渡り、勝敗は決した。氷上亜美は・・・負けたのだった。
「・・・敗北、か。いずれはこうなるとは思っていたけれど」
 そして、一度は人生を終えた身ではあったけれどー
「やはり、死ぬのが怖いかしら?氷上さん」
 ジャッジの敗北宣言を受け、その場で言葉も少なくうなだれる氷上に対し、勅使河原は相も変わらずの微笑を浮かべながら尋ねてきた。
 勅使河原の言葉を受け、氷上自身も自分の心境を不思議に思った。
 この大会参加者は、既に一度は死を経験しているー尤も、その死の瞬間の記憶自体は、大会運営側に曖昧化されているとはいえー
 それにもかかわらず、完全には死の恐怖を克服できなかった。
 氷上自身、自分が優勝まで勝ち進めるとは考えていなかったが、それでもこうして、敗北という現実がいざ降りかかってくると、自分の命を惜しく感じる自分もいる。
 もちろん、勝敗は決している以上、命乞い等といった見苦しい真似をするつもりなどなかった。敗者として、潔くその死を受け入れるーそれが彼女の残された矜持でもあるからだ。
 ー私自身、相坂さんの首を刎ねたわけだしねー
 別に、因果応報というものを信じているわけでもないが、今この敗北という現実をもって、それもありなのかなとさえ思えてくる。
「勅使河原さん・・・」
 意を決した氷上が顔を上げ、冷笑を浮かべたまま、自分を見下ろしてくる勅使河原に対し、
「勝敗は決したわ・・・私の首を、あなたに差し上げます」
 そのまま、勅使河原に対して、うなじを見せようと、髪をかき上げようとする氷上。
 だが、その手を止めたのは、ほかならぬ勝利者のはずの勅使河原自身だった。
「待って、氷上さん」
「・・・え?」
 氷上が勅使河原を見返す。すると・・・
「・・・うぷ」
 再び、勅使河原が氷上に接吻してきた。そして、勅使河原はそのまま、氷上の体を抱擁した。
「・・・んんん」
 氷上が目を閉じ、首を振りながら、何とか勅使河原から逃れようとする。だが、勅使河原は話すつもりはないらしい。
「勝利者、勅使河原マヤ・・・速やかに、敗北者の首を刎ねてください」
 ジャッジの、文字通り心なき音声が勅使河原に斬首を急かしてくるーが、当の勅使河原はお構いなしといった様子で、氷上を抱擁し、接吻を続けていた。
 ーなに、この女、勝敗はもう決したというのに、まだ私を嬲るつもりでいるの?ー
 もう、抵抗する力もない氷上は、その後しばらくの間、彼女の唇と抱擁を受け入れざるを得なかった。
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